宣凱の頬には、大きな傷跡が刻まれていた。襲ってきた熊は、張朔という水軍の将と二人で撃退したらしいが、恐ろしい思いをしたとは思えないくらい、宣凱は快闊になったと、胡土児も感じていた。
「胡土児(コトジ)殿、今日は梁山泊名物、焼き饅頭をご馳走しますぞ」
宣凱は手際よく火を興すと、腰にぶら下げた袋から小麦粉を練ったものを取り出して卓の上に乗せ、棒で叩き始めた。
「宣凱、饅頭なら蒸籠が必要だな。用意しよう」
「あ、待ってください胡土児殿、その前にそこの鉄板で、牛の肉を細かく刻んで焼いてください。香料で味付けします」
「いつから宣凱は料理人になったのだ。今まで引き籠って、書類ばかり睨んでいたのにな」
呼延凌が、笑いながら言った。
「呼延凌殿、こうやって他の事に夢中になると、意外に仕事もはかどるのですよ」
胡土児は言われた通り、牛の肉を焼いた。脂の弾ける、いい音と匂いが立ち込めてくる。
「胡土児殿、肉が焼けたら最後にこれをかけてください」
宣凱が、小さな壺を差し出した。胡土児がその壺の栓を抜いて匂いを嗅いでみると、強い刺激臭が、胡土児の鼻を突いた。
「これは」
宣凱がにこりと笑った。
「それは梁山泊に伝わる、秘伝のたれです」
「秘伝の、たれ?」
「昔、猟師から梁山泊へ入山した、解珍という方が使っていたたれで、薄く削いだ生肉にそのたれをつけて食べると、それは旨かったといいます。量が少なかったので、解珍殿は限られた人にしか振舞わなかったようですが」
「そんな貴重なものを」
「いえ、その解珍殿のたれを受け継いだものがいるのです。工作部隊の陶宗旺(とうそうおう)殿と交易担当をしている孫二娘(そんじじょう)殿です。陶宗旺殿は亡くなられましたが、孫二娘殿は物流の中からたれの材料を集め、量産を試みていました。そして完成したのが、そのたれです」
胡土児はしげしげと、壺を眺めた。
「胡土児、肉が焦げるぞ」
秦容が声を上げた。胡土児は慌てて肉をかき混ぜた。そしてそこに壺のたれを垂らした。とろりとした黒い液体が、焼けた肉に吸い込まれていく。少し間をおいて、じゅう、という音と共に、白い煙が立ち込めた。たれの刺激的な匂いと、肉の脂の匂いが合わさり、なんとも言えない匂いがあたりを包んだ。胡土児は、そのまま肉に齧り付きそうになる衝動を、何とか抑えた。
「胡土児殿、できましたね」
宣凱が焼いた肉を皿に移し、それを捏ねあがった生地で包んでいく。
「なるほど、饅頭に焼いた肉を入れるのか。これは旨そうだ」
呼延凌が言った。
「胡土児殿、どんどん肉を焼いてくだされ。秦容殿、蒸籠をお願いします」
胡土児が、ああ、と返事をする間もなく、使用人たちが肉を運んでくる。
宣凱は焼けた肉をどんどん生地で包み、卓に置いていく。
「おい、呼延凌、お前も何か手伝え」
「俺は食う専門なのだがな。まあいい、なら俺は焚火の火を見てやろう」
呼延凌は小枝で焚火をつつき始めた。苛々する秦容を見て、胡土児は微笑んだ。
遠くでは使用人たちが同じやり方で、たくさんの饅頭を作っている。
「では、これが蒸しあがるまで少し待ちましょう」
饅頭を蒸籠に入れ、沸騰した鍋に掛けた宣凱が言った。皆が一息入れて腰を落とした。