「ご老人、俺は胡土児(コトジ)と言います。耶律哥(やりつか)は俺の部下ですが、何の用ですかな?」
「お主が胡土児か。儂は毛定という。なるほどいい気を放っておるな。耶律哥にこれを持ってきてやったぞ」
老人が従者に合図すると、重そうに袋から、鉄細工を取り出した。袋にはまだいくつか入っている様だ。
「おお、これが宣凱の言っていた義手ですか。さっそく耶律哥を呼びましょう」
胡土児が声を上げると、耶律哥がすぐに駆け寄ってきた。毛定は耶律哥を見るなり、その左腕に飛びついて撫でまわした。耶律哥がどうしたらいいか分からず困った顔をしている。
「思った通りの腕じゃ。お主の腕、生えてくるぞい」
「耶律哥、この方は毛定殿といい、お前の義手を作って届けてくれたのだ」
耶律哥が破顔し、毛定の手を取り、頭を下げた。
「毛定殿、耶律哥と申します。このご恩、一生忘れません」
「おうおう、岳飛と違って礼儀正しいのう。奴は会うたびに義手の悪態をつきおった。その上こともあろうに、この義手に砲を仕込めなどと言いおった」
毛定が、大声で笑った。
「毛定の爺さん、義手に砲を仕込むとどうなるのだ?おもしろそうだな」
秦容が言った。
「砲をぶっ放した瞬間、腕ごと吹っ飛ぶぞ。秦容、お前が腕を失くしたなら、その義手を作ってやるぞ」
笑い転げる秦容をよそに、毛定は耶律哥の腕に義手をはめ込んだ。
「それにしても見事な斬り口じゃ。剣の切れ味と技が渾然一体となっておる。岳飛の腕とまるで一緒じゃ」
毛定が、驚嘆の声で呟いた。
「毛定殿、耶律哥の左腕は私が誤って斬りおとしたのです。その時のことはあまり、覚えておりませんが」
胡土児が言った。いくら怒りで我を失っていたとはいえ、部下の腕を斬り落とすなど、およそ将としての資質はない、と思ってきた。しかしその悔悟を受け入れ、耶律哥の危機には自分が命に代えてでも、耶律哥を救おうと心に誓っていた。義手をはめた耶律哥の姿を見て、胡土児は一層その想いを強くした。
「なんと、胡土児殿には剣技に天賦の才がおありの様じゃの。きっとその才は人の役に立つ。わしが言うのもなんじゃが、一度の過ち、あまり気になさらんことじゃ」
毛定はまっすぐ胡土児の眼を見て言った。胡土児も毛定の眼を見つめ返した。
「毛定殿、お心遣い感謝いたします。しかし自分に天賦の才があるとは思っていません。秦容殿と武の鍛錬において、そのことがはっきりとわかりました」
「ふむ、謙遜も行き過ぎると、己の才を曇らすものだと思うがの」
「いえ、謙遜などではなく、俺が言いたいのは天賦の才など、人である限り誰にでも備わっているものだ、という事です」
秦容が腕を組んで頷いている。毛定が大声で笑った。
「よいよい。もう何も言うまい。胡土児殿、心のままに大事に臨まれよ。もし四肢を失くしたなら真っ先に儂に言うのじゃぞ。儂は岳都で無聊をかこっておったが、久しぶりに義手を作って、わしの人生にもう一度灯がともったようじゃった。礼を言わせてもらう」
毛定はそう言うと馬に乗り、厩の方へ去っていった。毛定は医者のようだが、馬の乗り方は見事だった。
「耶律哥」
「は」
耶律哥が胡土児に正対し、直立した。
「その義手で、俺を殴れ」
耶律哥が、困惑した表情を浮かべた。
「できません」
「これは命令だ。殴れ」
耶律哥はしばらく黙っていたが、観念したような表情を浮かべた。
「では、腹に」
「よし、こい」
胡土児は腰を落として、肚に気を込めた。耶律哥は少し腕を動かし、義手の感覚を確かめてから、胡土児の腹に鉄の拳を放った。
衝撃が腹から背中に突き抜け、胡土児は立っていられず、うずくまった。しばらく息ができずに、地面を転がった。耶律哥が背中を叩くと、ようやく息が肺に入ってきた。
「おい耶律哥、俺にもやれ。宣凱、お前もやられろ」
秦容が興奮していった。宣凱が両手と首を振って、全力で拒絶している。
「秦容殿、勘弁してください」
「いいから、命令だ。さあ」
秦容が両腕を開いて、耶律哥を煽った。耶律哥は、もうどうにでもなれ、と言わんばかりに拳を放った。
「うお」
秦容も胡土児を同じように、悶絶して地面を転がった。転がりながら、笑っている。
なかなか消えない腹の痛みを感じながら、地面を転がる胡土児の眼に、涙がにじみ出てきた。