胡の地より   作:遼心

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胡土児の周りに今起きていること、その整理がつかず胡土児は困惑する。ただ目の前の危機、敵を目の前にしむしろ心は落ち着いていった。胡土児の武人としての血が、胡土児を戦いへと導いていく。


第十一話 武人の行く先

 胡土児(コトジ)は周囲の気配に集中した。眼前の大地にはなだらかな起伏があり、彼方まで見渡せるわけではない。馬のわずかな蹄の振動や空気の流れを読み取る。しばらくし、胡土児はゆっくり馬を歩ませた。最も多く、そして邪悪な気の感じる方へ。蕭尤(しょうゆう)と耶律哥(やりつか)は言葉も発せずぴたりと後方をついてくる。

 自分に何が起きているのか。岩山、狩り、候真、吹毛剣、襲撃、海陵王、梁山泊、業、志。何一つ整理がついていない。分かっているのは今自分が危機的な状況に置かれていること。この周りを取り囲む気配のすべては敵であり、切り抜けられねば死。俺だけでなく二人も死ぬことになる。

 人でないものにされる。候真の言葉。以前父にも同じことを言われたことがある。吹毛剣で梁山泊の兵を斬ればお前は人でないものになる、と。この剣を渡されたことを知った父は、迷うことなく俺を梁山泊戦から外し、北に転属させた。人でなくなる、果たしてそんなことがあるのか。たかが一振の剣。確かに初めて見た時は、その鈍く光る白い刃に心が縛られた。だが今はこうして普通に佩いている。剣は剣だ。

 前方の気配に、左右から小さな気配が集まってゆく。ぽつりぽつりと騎馬が見え隠れし去ってゆく。俺たちはとうに補足されているだろう。あと丘陵二つか三つというところか。胡土児は並足のままゆっくり進んだ。

 海陵王の野望、中華の混迷。あまり関心が持てなかった。軍での出世もそうだ。ただ軍の暮らしや父について戦をすることが楽しかった。いや充実していた。少年の頃、森のけものを相手に育った。胡土児は周りの少年と比べると身体が大きく、相手ができなかったのだ。敬遠されていたという感じもある。それが軍営にはたくましい兵士がたくさんいて、取っ組み合いの鍛錬が楽しくて仕方がなかった。その鍛錬で、胡土児に敵う者はいなかった。そうして胡土児は軍の中でも一目置おかれる存在になった。新たに部下ができるたび、胡土児は一人一人と向かい合い、取っ組み合いをし、語り合い、そして戦で死んでいった。

 さらに気配が濃くなっていく。騎馬隊がまとまって合流する様子がはっきりと目に浮かぶ。そこに間違いなく海陵王がいる。半年前に脱柵した将校ひとりに、ずいぶん大げさな真似をする。胡土児は逆に落ち着いていった。敵を目の前にした方がむしろ冷静になれる。騎馬が二千程か。

 梁山泊、表向きは消滅したが、候真のように裏では活動を続けているようだ。岳飛も梁山泊と長年対立しながらも、晩年は連携して南宋、金国に侵攻した。その梁山泊がなぜ俺に肩入れするのか。ただの候真の気まぐれなのか、何か梁山泊の意思が働いているのか。沙谷津(さこくしん)に何があるというのか。   

 そして候真は俺が志を理解していないと言った。志とは己の心の中にあるものではないのか。梁山泊ではそれを武人が共有し、戦っていたとでもいうのか。そして海陵王。二度までも俺の命を狙った。俺はお前の命に関心はないが、ここまでしてくれた礼として、そして男として、お前との決着はつける。

  そして、胡土児はそのすべての思考を拭い去った。

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