候真は昔から遠目が効いた。楊令率いる幻王軍に加わったころ、自分が他人より目がいいことに気づいて、上官の赫謹(かくきん)に斥候を志願したが、一蹴された。斥候ぐらいが自分の仕事として相応しいと思っていたが、すぐに百騎の隊長に任じられた。
若き日の自分の稚拙さと滑稽さを、何となく思い出して、候真は苦笑した。
すぐに候真は櫓から飛び降りた。
「すぐに門を開けろ。武器を持った奴はまとまって、武器を門の外に向かって突き出して構えろ」
「なに、すぐに戦うのか」
馬来が慌てたように声を上げた。
「落ち着け馬来。こんな門、火をかけられたらそれまでだ。対峙するだけでいい。あとは任せろ」
すぐに門が開けられた。外の兵が慌てて駆け寄ってくる。
武器を突き出して、兵としばらく対峙していると、一騎が坂を駆けあがってきた。
どうやら指揮官のようだ。
「お前たち、なんてことをしてくれた。俺が留守を預かっている時に、こんなことしやがって。俺の出世が水の泡だ」
指揮官らしき男は、馬上で青筋を立てている。
「どうせお前らは、もうじき処断される事になっている。もう少し兵が集まったら全員皆殺しだ、いいな」
この地形、この状況に騎馬で現れて、言わなくてもいいことを喚き散らす。候真は全身から力が抜けていくのを感じた。今まで真剣に策を練って準備したのが、馬鹿らしく思えてきた。
「おい、槍を貸せ」
候真は一人から槍を受け取ると、おもむろに放った。槍は指揮官の身体を貫き、指揮官は憤怒の表情を浮かべたまま、馬から落ちた。兵たちが動揺した。
「お前たち、後ろを見ろ。この造船所は跡形もなく燃えるぞ」
こんなことまで、自分が言わなくてはならない。敵ながら情けない連中だった。兵たちは遠くに見える火を見つけ、騒ぎ始めた。
梁山泊は志の旗の元、集まった集団だった。戦う目的、意味を理解、共有していた。梁山泊の同志には、志よりも友や家族のために戦うものもいたが、皆、絆によって繋がっていた。だから常に寡兵でも、戦ってこれたのだ。
しかしここにいる連中のように、権力によって徴発され、無理やり武器を執らされる人間にとって、まず大事なことは己の命であり、利益だった。だからさっきの指揮官のような考えは、ある意味真っ当ともいえる。
しかし、そこに人としての輝きはない。そんな生き方は、候真には理解できないものだった。
候真は、馬来の肩を叩いた。
「馬来、あとはお前でもできるはずだ。俺は、俺の成すべきことを成す」
「分かった。また会おう、候真」
馬来が微笑んで頷いた。候真は再び櫓に登り、遠くを見た。火はかなり大きくなり、もう兵が駆けつけても消火は無理だろう。羅辰はさらに西の、牧のあった地域へ走ったのか、もうここからは見えなかった。
「野郎ども、突撃だ」
下から馬来の叫び声が聞こえてきた。鬨の声と共に、罪人たちが兵に襲い掛かる。もう武器を持っていなくても気にする者はいない。兵たちは潰走を始めたが、どこに向かっていいのか分からず、ただ、逃げ惑うだけだった。
闘え、駆けろ、そして泳げ。候真はそう小さく呟いた。