「阿里白(ありはく)だと?阿里白といえば金水軍の指揮官だろう?本隊はとっくに出港しているではないか」
羅辰が言うと、阿里白はまた大声で笑った。
「俺は軍だの指揮官だのとか、どうでもいい。やりたくねえことをさせられるのが大嫌いなのでな。だが目の前の炎はどうだ、見事ではないか。それをお前ら二人でやったというのも、面白いではないか。俺は愉快だ」
阿里白は炎に向け、両手を広げて笑った。羅辰が呆れた顔をしている。
「お前、自分とこの拠点が燃やされても、何とも思わんのか?」
「羅辰、関わるな。行こう」
候真は唇を動かさずに、羅辰の耳元でささやいた。致死軍独特の喋り方である。
「いや、こいつは金水軍の指揮官らしい。ここで排除すれば後の戦も楽になるはずだ」
羅辰も同様に、唇を動かさずに喋った。声は、阿里白には聞こえない。
「しかしこいつ、相当できるぞ。酒に溺れてもいない。二人掛かりでやっと倒せるかどうかだと、俺は踏んでいる」
羅辰が言った。候真も同感だった。身のこなしだけでも力量はわかる。不意を打っても倒せはしないだろう。やるなら全力で立ち向かう必要がある。
「よし、俺が挑発して隙を作る。お前は鉄球に急所に打ち込め」
それで倒せはしないだろうが、少しでも有利な状況は作れるかもしれない。
「分かった」
候真が、阿里白に歩み寄った。
「お前みたいな奴でも、水軍の指揮官になれるのだな。相当賂(まいない)を積み上げたのだろう?」
阿里白が、候真の方へ振り返った。その眼差しが、急に鋭いものなった。
「おい、候真とやら、あまり自分を貶めるようなことはするな。お前を育てた師が泣くぞ」
候真は何を言われているのか、よくわからなかった。その眼差しの隙のなさからか、羅辰も鉄球を打つことができない。
「俺の刀を持ってこい」
阿里白が後ろの建物に向かって、吠えた。中にいるであろう人間が、慌ただしく動く気配が伝わってくる。
「俺たちの思惑は、お見通しってわけだ」
羅辰が言った。
兵士が刀を一振り、担いで持ってきた。二人がかりで抱えているそれは、柄も刀身も通常の三倍の長さはありそうだった。
兵士が阿里白に刀を差し出すと、阿里白は両手で柄を掴んで、鞘から刀を抜いた。
禍々しい刃がゆっくりと姿を現す。刀身だけでも一尋(百八十㎝)はありそうだった。その刀を低く構えた阿里白から、とてつもない気が発せられた。
「今のうちなら、見逃してやってもいいぞ。俺は、争いが好きではない」
阿里白が、肚の底から声を発した。眼に、光が宿っている。
「ふん、こんな出鱈目な武器を使う奴が、良く言う」
羅辰が言った。
「お前たち、丸腰のようだが俺は容赦しない。それが戦いという奴だ」
刀を構えた阿里白は、さっきまでの軽快さは消え、冷静さと猛々しさが混ざり合った見事な気を放っていた。このような純粋で充実した気を、候真は今まで感じたことはなかった。
阿里白と正対した候真の肌から、粟が立つのを感じた。と同時に、心の底から闘志が沸きあがってくる。
候真が突如、地面を蹴った。