胡の地より   作:遼心

125 / 133
阿里白の力量は想像をはるかに超えていた。羅辰と候真が二人がかりでも、互することができない。候真はその強さ以上に、阿里白の人としての在りように、関心が湧いてきた。


第百二十四話 生き方

「阿里白(ありはく)、お前に志はあるか?」

 候真は不意に声を発した。

「なに、志だと?さてはお前たちは、梁山泊の間者だな」

 阿里白の声が低く、沈んでいった。

「俺たちの事はいい、俺の問いに答えろ」

 候真は阿里白を見つめた。阿里白が口元だけで、にやりと笑った。

「志がどうのだと、声高にいう奴を俺は好かん。男が一度想いを抱いたのなら、黙ってそれを成せ。志とは言葉にした瞬間、必ず別のものになっている」

「しかし『替天行道』が人の心を打ち、同志を集わせた」

 候真はもう、自分が梁山泊の者であることを、隠そうとはしなかった。

「人を集める方便としては、役に立っただろう。しかしそれは一人の男の生き方とは、無縁のものだ。お前たちの頭領は志がどうとかを、ことあるごとに言っていたか?もしそうなら、そいつは平凡な頭領だ」

 確かに楊令が梁山泊の頭領を宣言した時、宋を倒すために成すべきことを、ただ示しただけだった。そして宋を倒した後は、国造りと戦の日々で、その生涯を終えた。

「そして、仮に想いが潰えることに事になったとしても、それを一人で受け入れ死んでいく。ただ、それだけでいい」

 昔、梁山泊に李逵(りき)という男がいた。純真無垢な男で宋江を父、武松を兄と思い定め、板斧を手に、戦場において宋江の危機を幾度となく救った。志とは無縁な自由奔放な性格で、軍人気質な人間とは馬が合わず、軍人とはよく反目したが、家族思いで優しく、料理も得意で憎めない男だった。

 阿里白は李逵に似ているのかもしれない。しかしこの阿里白には志に対して、しっかりとした考えを持っている。

 こんな男が梁山泊に一人いたら、どうなっていただろうか。志を抱き続けると、心が疲弊する。

 候真は黒騎兵の頃から、楊令が心から笑った姿を見たことがなかった。こんな無垢な男が傍にいたら、少しは癒しになっただろうか。

「お前の想いとはなんだ、なぜ戦う。お前は争いが好きではない、と言った」

 背後の火が、さらに大きくなっていった。あたりの熱気が、徐々に狂暴なものになっていく。

「兄者のためだ」

 阿里白の声がさらに低く、野太くなった。いつの間にか兵が五人、直立してこちらを見つめている。阿里白の部下だろう。動こうとする気配はない。

「兄者とは、檀徒(だんと)の事か」

「兄者は王になるべき人間だ。兄者のおかげで、俺は生きてこられた。そして兄者は戦うと決意した。その敵である梁山泊や南宋の人間は、斬らねばならん」

「海陵王は、直系以外は認めない。傍流であるお前たちは、利用されているだけだ」

「たとえ海陵王が俺たちを裏切って処断したとしても、俺の生き方に、瑕はつかない」

「お前の生き方とは、なんだ?」

「心のままに、生きる」

 阿里白が腰を落とし、両手で刀を低く構えた。阿里白の気がさらに澄んだものになっていく。

「こい。俺は渾身の力で、刀を横に薙ぐ。二人で俺を倒してみろ」

「いいのか、相手に動きを伝えて」

 羅辰が言った。

「俺の刀は、動きが分かっていても、躱せない」

 その言葉に偽りはない。候真は思った。今までで、最も鋭い一撃になるだろう。

「候真、俺の背中を使え」

 羅辰が小声で言った。

「奴に投げられた時に閃いた。一度きりだ」

 候真は頷いた。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。