「阿里白(ありはく)、お前に志はあるか?」
候真は不意に声を発した。
「なに、志だと?さてはお前たちは、梁山泊の間者だな」
阿里白の声が低く、沈んでいった。
「俺たちの事はいい、俺の問いに答えろ」
候真は阿里白を見つめた。阿里白が口元だけで、にやりと笑った。
「志がどうのだと、声高にいう奴を俺は好かん。男が一度想いを抱いたのなら、黙ってそれを成せ。志とは言葉にした瞬間、必ず別のものになっている」
「しかし『替天行道』が人の心を打ち、同志を集わせた」
候真はもう、自分が梁山泊の者であることを、隠そうとはしなかった。
「人を集める方便としては、役に立っただろう。しかしそれは一人の男の生き方とは、無縁のものだ。お前たちの頭領は志がどうとかを、ことあるごとに言っていたか?もしそうなら、そいつは平凡な頭領だ」
確かに楊令が梁山泊の頭領を宣言した時、宋を倒すために成すべきことを、ただ示しただけだった。そして宋を倒した後は、国造りと戦の日々で、その生涯を終えた。
「そして、仮に想いが潰えることに事になったとしても、それを一人で受け入れ死んでいく。ただ、それだけでいい」
昔、梁山泊に李逵(りき)という男がいた。純真無垢な男で宋江を父、武松を兄と思い定め、板斧を手に、戦場において宋江の危機を幾度となく救った。志とは無縁な自由奔放な性格で、軍人気質な人間とは馬が合わず、軍人とはよく反目したが、家族思いで優しく、料理も得意で憎めない男だった。
阿里白は李逵に似ているのかもしれない。しかしこの阿里白には志に対して、しっかりとした考えを持っている。
こんな男が梁山泊に一人いたら、どうなっていただろうか。志を抱き続けると、心が疲弊する。
候真は黒騎兵の頃から、楊令が心から笑った姿を見たことがなかった。こんな無垢な男が傍にいたら、少しは癒しになっただろうか。
「お前の想いとはなんだ、なぜ戦う。お前は争いが好きではない、と言った」
背後の火が、さらに大きくなっていった。あたりの熱気が、徐々に狂暴なものになっていく。
「兄者のためだ」
阿里白の声がさらに低く、野太くなった。いつの間にか兵が五人、直立してこちらを見つめている。阿里白の部下だろう。動こうとする気配はない。
「兄者とは、檀徒(だんと)の事か」
「兄者は王になるべき人間だ。兄者のおかげで、俺は生きてこられた。そして兄者は戦うと決意した。その敵である梁山泊や南宋の人間は、斬らねばならん」
「海陵王は、直系以外は認めない。傍流であるお前たちは、利用されているだけだ」
「たとえ海陵王が俺たちを裏切って処断したとしても、俺の生き方に、瑕はつかない」
「お前の生き方とは、なんだ?」
「心のままに、生きる」
阿里白が腰を落とし、両手で刀を低く構えた。阿里白の気がさらに澄んだものになっていく。
「こい。俺は渾身の力で、刀を横に薙ぐ。二人で俺を倒してみろ」
「いいのか、相手に動きを伝えて」
羅辰が言った。
「俺の刀は、動きが分かっていても、躱せない」
その言葉に偽りはない。候真は思った。今までで、最も鋭い一撃になるだろう。
「候真、俺の背中を使え」
羅辰が小声で言った。
「奴に投げられた時に閃いた。一度きりだ」
候真は頷いた。