阿里白。どんな男かは、頭から追い払った。この男を倒さねば、先は無い。その事実だけに気を傾けた。
「いこう、候真」
羅辰がそう言った瞬間、二人が同時に地面を蹴った。間合いにして三歩、死地に飛び込む。
一歩。阿里白が右足を前にすり出し、刀が阿里白の気を纏まとう。
二歩。刀の軌道がはっきり感じられた。確実に二人の胴が二つになる。恐れるな、もう一歩、前に踏み出せ。
時の流れが、ひどくゆっくりに感じられた。それとは裏腹に、候真の躰はどこまでも自由に動く感覚があった。躱せる。
その時、激しい爆風が阿里白の躰を打った。羅辰と候真が地に伏せる。すぐ上を刀が掠めた。
三歩目、足を羅辰の背中に着けた。羅辰の力を受け、高く跳躍した。
空に舞い上がる刹那、阿里白と目が合った。その眼が見開く。阿里白の鳩尾には、鉄球がめり込んでいる。
次の瞬間、阿里白の肌が波打った。羅辰の右手が、阿里白の腹に添えられていた。
候真は気を込めた。身体を左に捻り、一回転しながら渾身の力を込め、右脚を放った。
候真は受け身が取れず、そのまま地面に落ちた。
倒れたまま阿里白を見上げると、その首が‘くの字‘に曲がっている。刀は地に落ち、眼にはすでに、生気はない。ただ、立っていた。
「立てるか、羅辰」
四つ這いで息を荒げている羅辰に、候真が声をかけた。
「なんて奴だ。全力で打った気を、弾き返してきやがった。俺の腸(はらわた)も、いくらかやられた」
「ああ、とんでもない男だった。しかし、もう終わった」
候真が起き上がろうとした時、阿里白の眼が、光を放った。
曲がった首のまま、頭上で拳を重ね、羅辰の背中に叩き込んだ。羅辰が地面に叩きつけられる。驚いた候真は咄嗟に、拳を阿里白に向けて放った。阿里白はその拳を捌き、腕をつかんだ。ものすごい力で、候真の躰が引き込まれる。
候真は、死を覚悟した。
しかし、候真を支配していた力は不意に消え、宙に放り出された候真は一回転し、地面に着地した。
そして阿里白の躰は、頽れた。
しばし茫然としていた候真は、ふと我に返り、羅辰に駆け寄った。
息は、ある。しかし背骨がやられているようで、身じろぎひとつしない。候真は、そっと羅辰を背に背負った。羅辰の腰から下が、伸びてぶら下がった。
「いこう、羅辰」
そう小さく声をかけると、候真はゆっくり歩きだした。ここも、もうじき炎に包まれる。
「候真殿、羅辰殿」
後ろか声をかけられた。そっと振り返ると、阿里白の兵士がひとり、直立していた。兵士は候真と目が合うと、深く頭を下げた。他の兵士たちも、こちらを見つめている。
声をかけた兵士は振り返り、阿里白の遺体の前でうずくまると、阿里白に覆いかぶさった。ほかの兵士も、一人ずつ、うずくまり、覆いかぶさっていった。
ここで殉ずるのだろう。候真は何も言わず、前を向き、歩き出した。炎がすぐ後ろに、迫っていた。