胡の地より   作:遼心

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羅辰と共に、阿里白を倒した。しかし勝利の感覚はなく、何か心にわだかまりを残したままだった。阿里白の常軌を逸した最期の拳を受け、重傷を負った羅辰を担ぎ、候真は梁山泊を降りる。


第百二十六話 誇りと共に

 なるべく起伏の少ない斜面を選んで、下りていった。羅辰の意識ははっきりしていて、候真の身体を掴む腕の力もしっかりしていた。この調子で行けば、梁山湖を泳ぎ、近くの街まで辿り着けるかもしれない。

「阿里白、すごい奴だった」

 羅辰が呟いた。

「ああ、あの時、爆風が吹かなければ、俺たちの胴は二つになっていた」

「梁山泊に、救われたのかな」

「そう、思おう」

 羅辰の声には力があった。

「しかし、勝った、という実感がない」

 それは候真も同じ感覚だった。

「むしろ、とんでもないことをしてしまった、という想いもある」

 候真が言った。しかしそう言葉にしてしまうと、少し想いと違うという気もするが、今の想いをどう表現したらいいのか、候真には分からなかった。

「阿里白がこのまま水軍を指揮していれば、大きな脅威になっていた。造船所も焼いて、これ以上、金水軍の戦艦が増えることもない。致死軍としての仕事は、完遂したといっていい」

 候真は、わだかまった想いを払拭するために、そんなことを言ってみた。

「俺は」

 羅辰が言った。

「どうした?」

「俺は、生き方を間違ったのだろうか」

「突然、何を言う」

「どうも、生き切った気がしない」

 候真はなるべく揺れないように、坂を下りていったが、北の斜面は崖に近い地形で、どうしても揺れてしまう。そのたびに羅辰の言葉が、途切れ途切れになる。

「羅辰、お前は二度も造船所を焼き、生き残った。致死軍の指揮官の中でも、実績で右に出る者はいない。任務のために、死を厭わない致死軍において」

「もうよせよ」

 羅辰が言葉を遮った。

「もう、致死軍は、いいんだ」

 羅辰の心の何かが変わった。候真はそう感じた。

「わかったよ、羅辰。もう、休め。話はあとでじっくり、聞いてやるから」

 あまり羅辰を、喋らせたくはなかった。

「ああ、少し休もう」

 そう言った羅辰の力が、少し抜けた。

 ようやく湖岸に辿り着いた。候真は迷わず、梁山湖に足を踏み入れた。脱出用の小舟でも用意しておけばよかったと思ったが、対岸まで泳ぐことなどあまりに容易いので、あえて準備はしなかった。

 羅辰を担いで泳いでも、夜明け前には泳ぎ着ける。だが羅辰の体力が持つかどうか、微妙なところだ。

 炎と戦闘で冒された身体の熱気を、梁山湖の水が冷ましていく。それは心地よくもあり、命の灯を奪うもののようでもあった。羅辰の身体の重みだけが、はっきりと感覚として感じられる。

 時折、羅辰の身体が痙攣した。そのたびに候真が羅辰の頬を手で叩くと、気付いたように大きく息を吸った。

「もう少しだ。頑張れ」

 島の炎は、闇夜でも対岸をはっきり照らしている。すでに半分以上は来ているだろう。

「候真」

 羅辰が、突然声を上げた。

「なんだ、羅辰」

「新しい致死軍を、作ろう」

「ほう、どんな致死軍だ?」

「もっと」

 言葉は途中から、聞き取れなくなった。

「ああ、きっと、できるさ」

 候真は、はっきりと答えた。羅辰の身体から、少しずつ、何かが漏れ出している。

 候真は羅辰の腕を、しっかりと掴み直した。

「た」

 羅辰の言葉はもう、ほとんど聞こえない。

「おい、しっかりしろ。羅辰」

 候真は声を張った。それを聞いた羅辰が、微笑んだように、感じた。

「火は、もう、たくさんだな」

 羅辰がそう呟くと、候真にしがみついていた羅辰の腕の力が、ふっと抜けた。候真はさらに羅辰の腕を強く掴んだ。

 羅辰が、羅辰でないものになった。

 そして候真は、泳ぐのをやめた。

 羅辰の身体の重みで、二人は梁山湖に沈んでいく。

 これでいい。このまま。

 懸命に闘い抜いた。造船所を焼くことで、致死軍としての、梁山泊としての誇りは、守り抜いた。友と共に。

 静かに、ゆっくりと、二人の身体は梁山湖に沈んでいった。

 闇が、深くなっていく。

 

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