なるべく起伏の少ない斜面を選んで、下りていった。羅辰の意識ははっきりしていて、候真の身体を掴む腕の力もしっかりしていた。この調子で行けば、梁山湖を泳ぎ、近くの街まで辿り着けるかもしれない。
「阿里白、すごい奴だった」
羅辰が呟いた。
「ああ、あの時、爆風が吹かなければ、俺たちの胴は二つになっていた」
「梁山泊に、救われたのかな」
「そう、思おう」
羅辰の声には力があった。
「しかし、勝った、という実感がない」
それは候真も同じ感覚だった。
「むしろ、とんでもないことをしてしまった、という想いもある」
候真が言った。しかしそう言葉にしてしまうと、少し想いと違うという気もするが、今の想いをどう表現したらいいのか、候真には分からなかった。
「阿里白がこのまま水軍を指揮していれば、大きな脅威になっていた。造船所も焼いて、これ以上、金水軍の戦艦が増えることもない。致死軍としての仕事は、完遂したといっていい」
候真は、わだかまった想いを払拭するために、そんなことを言ってみた。
「俺は」
羅辰が言った。
「どうした?」
「俺は、生き方を間違ったのだろうか」
「突然、何を言う」
「どうも、生き切った気がしない」
候真はなるべく揺れないように、坂を下りていったが、北の斜面は崖に近い地形で、どうしても揺れてしまう。そのたびに羅辰の言葉が、途切れ途切れになる。
「羅辰、お前は二度も造船所を焼き、生き残った。致死軍の指揮官の中でも、実績で右に出る者はいない。任務のために、死を厭わない致死軍において」
「もうよせよ」
羅辰が言葉を遮った。
「もう、致死軍は、いいんだ」
羅辰の心の何かが変わった。候真はそう感じた。
「わかったよ、羅辰。もう、休め。話はあとでじっくり、聞いてやるから」
あまり羅辰を、喋らせたくはなかった。
「ああ、少し休もう」
そう言った羅辰の力が、少し抜けた。
ようやく湖岸に辿り着いた。候真は迷わず、梁山湖に足を踏み入れた。脱出用の小舟でも用意しておけばよかったと思ったが、対岸まで泳ぐことなどあまりに容易いので、あえて準備はしなかった。
羅辰を担いで泳いでも、夜明け前には泳ぎ着ける。だが羅辰の体力が持つかどうか、微妙なところだ。
炎と戦闘で冒された身体の熱気を、梁山湖の水が冷ましていく。それは心地よくもあり、命の灯を奪うもののようでもあった。羅辰の身体の重みだけが、はっきりと感覚として感じられる。
時折、羅辰の身体が痙攣した。そのたびに候真が羅辰の頬を手で叩くと、気付いたように大きく息を吸った。
「もう少しだ。頑張れ」
島の炎は、闇夜でも対岸をはっきり照らしている。すでに半分以上は来ているだろう。
「候真」
羅辰が、突然声を上げた。
「なんだ、羅辰」
「新しい致死軍を、作ろう」
「ほう、どんな致死軍だ?」
「もっと」
言葉は途中から、聞き取れなくなった。
「ああ、きっと、できるさ」
候真は、はっきりと答えた。羅辰の身体から、少しずつ、何かが漏れ出している。
候真は羅辰の腕を、しっかりと掴み直した。
「た」
羅辰の言葉はもう、ほとんど聞こえない。
「おい、しっかりしろ。羅辰」
候真は声を張った。それを聞いた羅辰が、微笑んだように、感じた。
「火は、もう、たくさんだな」
羅辰がそう呟くと、候真にしがみついていた羅辰の腕の力が、ふっと抜けた。候真はさらに羅辰の腕を強く掴んだ。
羅辰が、羅辰でないものになった。
そして候真は、泳ぐのをやめた。
羅辰の身体の重みで、二人は梁山湖に沈んでいく。
これでいい。このまま。
懸命に闘い抜いた。造船所を焼くことで、致死軍としての、梁山泊としての誇りは、守り抜いた。友と共に。
静かに、ゆっくりと、二人の身体は梁山湖に沈んでいった。
闇が、深くなっていく。