寿春郊外に駐屯して、十日が過ぎた。櫓の上に立つ慎思の頬を撫でていく風も、徐々に冷たさを帯びてきた。兵は皆新兵だが、よくここまで厳しい調練に耐え、進軍してきたと思う。士気も悪くない。
眼下を、哨戒する一隊が談笑しながら歩いていく。慎思はその隊に向かって怒鳴り声を上げた。驚いた隊が直立し、慎思に向かって敬礼し、駆け去っていく。
海陵王から十万の契丹兵を徴兵し、訓練せよとの達しが来たときは、さすがに憤りを感じた。軍というもの知っている者の、要求とは思えなかった。海陵王の愚かさを、自らそのまま吐きだしたと言っていい。
これまでの海陵王と梁山泊の戦は、徹底的に調べてあった。
海陵王は太子の頃から、一軍を率いて梁山泊軍と戦闘しているが、どの戦も散々に打ち砕かれ、そのたびに多くの兵を失っている。
なかでも、暗黙の禁を破り、子午山を二万の兵で包囲した時は、史進の逆鱗に触れ、僅か三千の遊撃隊で嬲られ続け、壊滅した。海陵王の首を容易に打てる状況にありながら、嬲られ続けたのだ。これは海陵王を生かしておいた方が、梁山泊にとって今後も有益である、と判断されたことを意味する。
武人としてこのような扱いを受けたのなら、自分なら自裁する。しかし海陵王は軍を率いることに拘り続けた。
兵の命を軽んじる将は、慎思にとって忌むべき存在だが、帝になった海陵王は兵の指揮権を、他の将軍に預けるようになった。息子の阿列も、禁軍総帥に抜擢されたことを、ただ光栄の極みだと言った。そのこともあり、今回の遠征を受け入れた。
しかし慎思は、海陵王の治世が長く続くとは思っていなかった。限度を超えた増税と、徴兵、同族の粛清、大義のない戦。
そのどれをとっても、国を滅ぼす要因になり得る。
海陵王の自滅に、いかに耶律家が巻き込まれずに生き残るか、慎思はそのことに腐心してきた。
海陵王が暴走した時は斬れと、息子に言った。それは決して戯れで言ったわけではない。
国は滅びるときは滅びる。帝もしかり。金国には今、民の怨嗟の声が渦巻いている。滅びるべきものが滅びるのは、自然の摂理と同じだ。
阿列にその断をさせるのは酷ではあるが、これも禁軍総帥を受けた、阿列の試練なのかもしれない。阿列は海陵王に忠誠を誓っている。それが阿列を、苦しめることになるだろう。
息子がこの試練を乗り越え、真の統治者に成長することを、慎思は願っていた。
「やはり、きたか」
慎思は呟いた。
南西の方角に、気が集まりつつある。
梁山泊軍に間違いない。
斥候の報告はまだだが、梁山泊は、荘軍という民の生活に兵を潜ませるという方法で、軍を管理している。必要に応じて決められた地に個々に集結するので、斥候が事前に察知するのは困難である。気付いたときには、二十里先に数万の兵が現れる、という事もあり得た。
集結する梁山泊軍が、その精強さを維持していたとして、二万までなら、慎思は互角以上に闘う自信があった。三万を超えると、苦戦するかもしれない。五万以上なら防御に徹し、梁山泊軍を釘付けにする。ただ、どれほどの兵が集まるかは、まったく予想することができない。
なぜ領土なき梁山泊に、それほどの軍を維持、運用できるのか分からなかった。鷹羽衆(おううしゅう)を使っていくら調べても、何も出てこないのだ。そもそも調査しようにも調査する対象が見えてこない。
しかし、梁山泊の狙いはある程度推察することができる。梁山泊はまず、契丹兵十万をなんとかせねば、金禁軍を攻撃できない。常に背後を狙われるからだ。
新兵の初めての実戦が梁山泊軍とは、苛酷ではあるが、あらかじめそのことも想定し、対策と調練をしてきた。その成果が十分に発揮されれば、互角以上には戦えるはずである。自分の武人としての器量が試される。それは、むしろ胸が躍ることでもあった。
慎思は右手で、腰に佩いた大刀に手をやった。齢七十を過ぎて、再びこれを振るう日が来るとは考えていなかったが、人生最大の強敵が、今現れることに、運命のようなものも感じていた。