梁山泊軍と言えば、狼牙秦容。
調練を終えた契丹兵を開封府へ移送中、五百程の兵と共に、山の隘路で奇襲を仕掛けてきた。
秦容は、梁山泊軍の次期総帥に最も近い存在だと思っていたが、突然退役し、南方へ行った。
調べさせたところ、甘蔗糖を交易品とするために、甘蔗畑を拓くためだという事が判明した。
それを、秦容ほどの将軍を放出してまでやることなのかと疑問に思ったが、後に秦容は甘蔗畑を小梁山という、都市にまで発展させた。
小梁山では法が整備され、あらゆる日用品が生産され、学校があり、酒蔵があり、妓楼まであった。現地の人間も続々と移民していった。
小梁山が単なる生産拠点ではなく、人々の営みを生み出し、生活を守り、育む都市に発展させた、秦容の施政者としての手腕に、慎思はある種の羨望を抱いていた。
息子の阿列が、胡土児を追い詰めた時、胡土児(コトジ)を救った部隊の旗が「秦」と「呼」であったことから、秦容と呼延凌が梁山泊軍として、胡土児を支援していることが分かっていた。
梁山泊の狙いはおそらく、海陵王の南進を阻止し、南宋と連携し金禁軍の力を削ぐ。その上で、楊令の遺児である胡土児を担ぎ上げ、梁山泊を再興させることだろう。
それならば秦容、呼延凌という、かつて軍の中枢を担っていた将軍を出してきたことにも頷ける。
その秦容が、野盗のように慎思を襲ってきたときは、秦容も落ちぶれたものだと思ったが、秦容の狼牙棍の一撃で、目が覚めた。
今でもあの一撃を思い出すと、肌に粟が立つ。久しく忘れていた、武人としての血が沸き立ってくる。
もう一度、正面より立ち向かってこい。
そう心に願い、狼牙棍を断った。
麾下の五百は、その慎思の気持ちを感じ取り、秦容の部下を一人も殺さなかった。慎思のその想いを汲み取れるほど、五百の麾下とは長い年月を共にし、武の鍛錬に励んできたのだ。
陽が落ち、冷気と共に、辺りが暗くなってゆく。
「もう一度、立ち向かってこい」
慎思はそう、呟いた。
慎思は楼台から南に気を向けていた。徐々に兵の気が集結している。しかも夥しい数だ。兵の気。それは隠そうとして隠せるものでもない。梁山泊軍が今取っている戦法、荘軍。民の生活に兵を潜ませ、軍が必要な時に日時を指定して参集する。領土を持たぬ梁山泊が、軍を維持するために編み出した方法だ。
梁山泊は確かに存在する。しかしその目的が、慎思にはわからなかった。初めは呼延凌や秦容などの将軍が、梁山泊の消滅を受け入れることができずに、兵だけでも残そうとしたのかと考えたが、胡土児を救出したことから、もっと深い意味があると思っていた。
胡土児を担いで梁山泊を再興させることも考えたが、南の気を感じるうちに、それも誤りだと思い始めた。もし梁山泊を再興することが目的だとしたら、そもそも梁山泊を消滅させる理由がないのだ。金国と戦で、仮に疲弊したとしても、梁山泊の領土と交易の道があれば、いくらでも力を蓄えることはできるからだ。
しかし梁山泊を、あえて消滅させた。呼延凌と秦容の軍の裏に、その真相を知る存在が必ずいるはずだ。慎思の一番の関心はそこにあるのだが、まずは目の前の梁山泊軍をなんとかしなければならない。
緒戦は明日だろう。今集結中の梁山泊軍は、明日の払暁と共に攻撃を仕掛けてくるはずだ。でなければ荘軍の意味もないからだ。
その前に一度、梁山泊軍の士気を掻き乱すことにした。
慎思は楼台から飛び降りると、麾下五百に出撃の合図を出した。