金水軍二百余艘の位置は、致死軍が毎日報告を入れてくる。今は開封府を出て、汴河を南下している。流れに乗っているので、急げば揚州までの航行は数日だが、金水軍はあえてゆっくり進軍している。陸軍と歩調を合わせているのか、調練を行いながらなのかはわからない。
調練と言えば、梁山泊水軍の調練は苛烈なものだった。
赤手隊の生き残りが、水軍兵に徹底的に白兵戦の調練を行った。舷側の高い船に乗り移るために、鉤縄はすべて鎖に替え、鉤がかからない構造だった場合に備え、梯子も用意した。これも鉄板で補強されている。
張朔も調練の最後に検分したが、その動きは強靭かつ俊敏なものだった。走らせた船に速度を合わせ、重い鉤縄と梯子を巧みに操って乗り移る、という事も難なくこなしていた。
櫓手の力量も群を抜いている。もともと外洋へ航海を繰り返していた櫓手をあつめてあり、甘蔗糖を十粒ずつ持たせてあるので、一昼夜漕ぎ続けても力を落とすことはないだろう。
勝つために、あらゆる準備を整えてきたつもりだった。相手が新設の水軍だったとしても、戦では何が起こるか分からない。
兵の命を預かる張朔は、いつも考え得るすべての準備を徹底して戦に臨んできた。戦は時の運と言うが、その運を引き寄せるのが、その徹底した準備だと張朔は考えていた。
あとは開戦の機を掴むこと。
地図を見る張朔の眼に、ひとつの場所が留まった。
洪沢湖。揚州の北西二百五十里にある、広大な湖だ。無数の情報の中で、ここだけ気を放っている。この時期の気候は、寒冷、多雨。
「誰か」
張朔は呟いた。影が、音もなく降り立ってきた。
「洪沢湖の漁師に、洪沢湖の数日中の天気の予報を聞いてきてくれ。漁師なら詳しいはずだ。情報は鳩に乗せろ。至急頼む」
張朔は影にむかって声をかけると、その気配はすぐに消えた。
張朔は椅子に深く腰掛けると、また眼を閉じた。
広大な湖に雨が降り、夜に冷え込む。明け方、濃い霧が立ちこみ、辺りは白一色に染まる。
かつて南宋水軍が、小梁山を襲った事があった。南宋は岳都を攻略するのに、水陸から攻撃する作戦を取った。まず小梁山を攻略し、甘蔗園を奪った後、岳都を襲おうとした。
張朔は南宋水軍を追って、象の河を溯った。その時偶然霧が立ち込め、その霧に紛れて卜統(ぼくとう)を上流に回り込ませ、挟撃の形で南宋水軍を撃破することができた。卜統が旗艦に向かって叫ぶ。降伏しろ、これ以上兵を死なせるな、と。
すると船尾楼から、南宋水軍総帥の夏悦(かえつ)が出てきて、自らの首筋を断ち切り、死んだ。
戦闘はそこで終息した。張朔は小梁山を守り抜いたが、勝利の高揚は無かった。
それよりも、自ら首を斬った最後の夏悦の表情が、いつまでも忘れられなかった。無念とも憤慨とも取れない歪んだ表情をしていた。何一つ納得しないまま、ただ自ら死ぬしかなくなった。そんな顔だった。
戦だから人は死ぬ。当たり前のことだが、死が、決して当たり前であってはならない。と、張朔は思っていた。