胡の地より   作:遼心

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北から戻った候真を迎えたのは、2人の男だった。国や世から隔絶された闇の中で、蠢く思惑があった。


第十三話 闇が望む光

 候真は丘の上から、胡土児(コトジ)が海陵王の軍に突撃するのを見届けると、南へ駆けた。やはり胡土児には天賦の才がある。何せあの楊令殿の子なのだ。仕草ひとつひとつに面影がある。

 胡土児が楊令の子ではないかと、最初に疑ったのは候真だった。兀朮(ウジュ)が北の村へ行き、胡土児を養子にした。ほどなく胡土児は将校として兀朮の傍に仕えるようになり、瞬く間に騎馬隊長に抜擢された。

 兀朮には実子はなく、たまたま寄った村にいた精悍な若者に惚れ、養子にしたとも考えられるが、そもそも辺鄙な村を訪れる必然性がない。

 気になって周辺の集落を含め調べたが、胡土児の出自について何も分からなかったことが、かえって疑いを濃くしていった。

 胡土児は吹毛剣の運命を背負うことができるのか。吹毛剣が今まで吸ってきた血や想いを、魂で感じることができるのか。それを伝えられるのは、あの人しかいないのだが、事態は恐らく一刻を争う。

 候真は森のけもの道を急いでいたが、馬を降り何もない茂みへ入っていく。しばらく進むと突如森が開け、館が姿をあらわした。周囲の森とは明らかに異質なその館は、人の手が十分いきわたっていて、厩には秣が蓄わえられており、倉庫には十分な食べ物が保管されていて、玄関先は掃き清められていた。しかし森から館に続く径は一本もない。候真は馬を繋ぐと館に入っていった。部屋には老人と若者がくつろいでいた。

「候真殿、戻られましたか。刻限通り、さすがですね」

 若者が候真に声をかけた。

「ああ宣凱(せんがい)、およそ睨んだ通りにいきそうだ」

「胡土児殿はいかがであったかな」

 老人が言う。老人は瞼が垂れさがり、一見眠っているのか起きているのか分からないが、言葉には胆力があった。

「風玄殿、お久しぶりです。胡土児については今からゆっくり話そう。お身体の加減はいかがですかな」

「簫炫材(しょうけんざい)様襲撃の一件で深手を負いましたが、何とか常人並みには動けるようになりましたわい。死にぞこないが亡霊のように現世を漂っておりますぞ」

宣凱は梁山泊の統括だった男で、風玄はかつての金国の丞相撻懶(ダラン)に仕えた闇の組織の長である。簫炫材が金国の裏切りを受け暗殺されそうになったところを、候真が救ったのだ。それ以降風玄は簫炫材に心酔し轟交賈(ごうこうこ)に仕えている。簫炫材は轟交賈という、中華を席巻する大物流組織の頭領で、この館は轟交館といい、轟交賈が管理する建物で中華のいたるところに存在し、秘密裏に行う会合に使われる。決して国の役人や軍に捕捉されないように工夫されている。

 轟交賈は梁山泊の交易をそのまま引き継ぎ、今では完全に闇の世界に埋没している。かつての梁山泊の様に領土や軍を持たない轟交賈は、国家の追及から身を守る為、そうせざるを得ないのだ。一部日本との交易船や、西方の商隊を守る最低限の軍は存在するが、表向きは別組織の傭兵に偽装している。また全国の物流を支える輸送隊も同様に、規模の小さな商人に扮して行われている。

 宣凱は梁山泊消滅後、轟交賈の一員として荷を管理している様だが、その管轄や役職などは一切わからない。

「して、胡土児殿は」

 宣凱が待ちきれない様子で身を乗り出して言った。候真はゆっくり座敷に腰を下ろしながら瓢の酒を一度呷った。候真の前に、干し肉と椀が差し出された。

「あいつは必ず来る。そう感じた」

 二人が息をつき、居直した。

「まず風玄殿が仰る、木の板についてだが、俺の部下に確認させたところ、同じような目撃が相次いでいる。間違いない事実だろう」

 すべての始まりは、風玄が宣凱に宛てた一通の書簡から始まった。河水(黄河)の物流を差配していた風玄が、気になる報告を受けていた。掌握している物流以外で、何かを運ぶ船が頻繁に目撃されるというものだった。風玄が気になって調べたところ、運ばれているのは木の板で、しかもその量が夥しいものであることが分かったのだ。その船は、開封府以東には目撃されていない。

「やはり船、ですか」

宣凱が呟いた。

 

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