胡の地より   作:遼心

144 / 144
張朔の読み通り、洪沢湖は前日の雨と寒冷で濃い霧に包まれていた。その白の世界を、梁山泊水軍の中型船百艘が隠密に航行していた。目標は洪沢湖に停泊する、南宋水軍二百余艘である。



第百四十三話 霧に見る

 すべてが白い。張朔の吐く息も、白に溶けていく。船を打つ水の音だけが、船尾楼に立つ張朔に、微かに聞こえてくるだけだった。

 想像していた通りの光景だった。

「進発」

 張朔は小声で言った。そばに控えていた致死軍の一人が頭を下げ、音もなく船尾楼を下りていく。

 致死軍の兵の名は一人も知らない。知ってはならない、という気がしている。

 この霧の中、洪沢湖の中央に百艘の中型船。各船がぎりぎり視認できる距離で縦列に、しかも隠密に集結した。その事実だけでも、梁山泊水軍の力が、少しも落ちていないことを物語っていた。この時のために、張朔はできうる限り、梁山泊水軍で戦ってきた水夫を集めた。

 十二挺櫓の中型船。水夫一人一人の力量が揃わないと、本来の船の性能を引き出すことはできない。従って水戦では、まず水夫の損耗を少なくすることが、第一に考えられる。船は失ってもまた建造すればいいが、一人の水夫を育てるには、長い年月を要する。

 張朔の乗る旗艦を先頭に、船隊がゆっくり南下を始めた。

 金水軍二百余艘は、洪沢湖の東岸に停泊していることが、昨夜の時点で確認されている。おそらく陽が高くなり、霧が晴れてから出港するはずだ。この洪沢湖を南に下れば、すぐに揚州である。

 梁山泊水軍は、洪沢湖南端から船を返し、霧に紛れながら百艘をそれぞれ敵船に横付けさせる。そして一斉に赤手隊により制圧、船底に油を撒き火を放ち、離脱する。霧が晴れた後、残りの百艘を水戦で殲滅させる。

 作戦に、まず遺漏は無いはずだ。

 宣凱からの報告で、金水軍になんと、あの陳武の姿があったという。

その報告を聞いて、張朔はすべての合点がいった。何故金国がこれほどまでに早く、水軍を建設することができ、開戦に至ったのか。

 陳武は、旧南宋水軍の造船所の責任者だった男だ。先年の戦の後、行方が分からなくなっていた。その陳式が何らかの形で金国に赴き、旧南宋の造船技術を提供したのだろう。南宋水軍は今、再建の途中である。

 梁山泊が事実上消滅し、岳飛亡き南宋は与しやすい。海陵王はそう考えたのだろう。短気で執念深い海陵王なら、水軍新設のめどが立った段階で、開戦に踏み切ったと考えられる。

 しかし梁山泊そのものが、消えたわけではなかったのだ。

 宣凱は簫炫材(しょうけんざい)と画策し、轟交賈(ごうこうこ)として梁山泊を残すことにした。これは一部の幹部にしか伝えられなかったことだが、宣凱と簫炫材は梁山泊の志を、違う形で実現しようとしている。

 それが、どのようなものかは分からないが、宣凱の頭の中には、しっかりとした構想があるようだ。

 今海陵王に南宋を併呑されると、轟交賈にとっては相当都合が悪いはずだ。海陵王はおそらく南宋の富を喰らい尽くし、抑圧し、民の生産性は著しく落ちる。中華全土の物流はかつてないほど停滞するであろう。張朔が目指す交易の姿にも、大きな影響をもたらす。ここは何としてでも、海陵王の南進を阻止する必要があった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
点
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

読者層が似ている作品 総合 二次 オリ

【急募】高育のAクラスで快適に過ごす方法(作者:人生谷あり罠あり)(原作:ようこそ実力至上主義の教室へ)

転生したオリ主くんがなんとか目立たずに美味しい空気が吸えるように頑張る話


総合評価:7325/評価:8.08/連載:23話/更新日時:2026年11月01日(日) 01:18 小説情報


小説検索で他の候補を表示>>