「胡土児(コトジ)はこれから沙谷津(さこくしん)に向かうだろう。金の侵攻に抗うには経験豊富な旧梁山泊の兵と指揮官が必要だ。先の大戦の後、梁山泊兵は西域の交易の商隊の警護、南宋の岳家軍、故郷の冀州に帰ったものと散らばっているが、すぐ招集できそうなのは商隊の警護に当たっている五千程で、軍での生活を望んだ精兵たちだ。当初は胡土児に率いてもらうつもりだったが、胡土児には玄旗隊という、絆で結ばれた二百騎がいた。胡土児は玄旗隊以外の軍の指揮は受けまい。その前に、出撃を説得せねばならないが」
「胡土児殿の玄旗隊ですか。よほど精強なのでしょうね。それに海陵王に命を狙われているなら、戦う動機にもなるでしょう」
「玄旗隊の突撃は見事だった。俺はまるで史進殿の赤騎兵を見ているようだったよ。そしてあいつは命を狙われることなど、毛ほども気にしてはいない。戦う理由があればいいのだと思う」
「それが志に結びついてくれればよいのですが」
「今のところ志、というより友や仲間のために戦う、という方が強いようだな。二人の従者も決して離れようとしなかった」
「では胡土児殿を率いる将軍が必要ですが」
「呼延凌(こえんりょう)か秦容しかおるまい。しかし呼延凌も大戦の無理がたたったのか、秦容と南へ行ったきりだ。最後、俺も呼延凌を見送ったが、後ろ姿はとても総帥とは思えぬほど肩の力を落としていたぞ」
「それだけ死力を尽つくしたということでしょう」
秦容は梁山泊の元将軍で、象の河(エーヤワディー河)下流に小梁山という都市を築き、甘蔗糖という交易品を生産している。大戦時、秦容は岳飛と連携し金国に攻め込んだ。その後は小梁山に戻り、呼延凌に軍を率いさせている。
「あの二人は期待薄だな。小梁山の管理だけでも半端なものではないだろうし、目下蒲甘(ぱがん現ミャンマー)と事を構えているというしな」
「呼延凌将軍と張朔(ちょうさく)には一応書簡は出しておきます。あとは当人に任せましょう」
「最悪俺が、五千を率いるしかないか」
「候真殿が騎馬隊を?それはいい」
宣凱が膝を叩いた。
「おい、馬鹿にするなよ。こう見えて昔は楊令殿の黒騎兵を指揮していたこともあるんだ。胡土児の玄旗隊など軽くひねってやるさ」
「候真殿が昔話をすると、途端に爺臭くさくなりますね」
候真は指先で箸を弾き、宣凱の眉間に放った。宣凱は軽く頭を落とし、干し肉をつまむと、候真の箸は宣凱の頭の上を過ぎ、壁に当たって落ちた。宣凱は片脚が不自由だが、毎日欠かさず剣を振っているという。
「梁山泊の好漢未だ衰えず、羨ましい限りじゃのう」
風玄が肩を揺すって笑っている。その姿は本当に、どこにでもいる爺さんそのものだ。 しかし候真の見る限り、その所作に一分の隙もない。
「風玄殿、我々は沙谷津に向かう。板の調査、お任せするがくれぐれもご無理なさいますな」
「任せておれ」
風玄の目に一瞬、光が宿った。