胡の地より   作:遼心

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梁山泊、南宋連合軍と金国の大戦の後、金国の将校だった胡土児は軍を抜け、不毛な岩山に居を構えて、従者と共に平穏な日々を送っていた。


第一話 岩山と風

 岩山は不毛だった。草木も生えず、時折強い風が吹き抜けていく。

 今は冬、目に見える景色はすべて白。もうすぐ春が訪れ、眼下の白もその下で草が芽吹き、雪解けとともに緑がかってくるのだろうか。

 岩山が不毛が故、蒙古の民も自分たちには関心を示さず、敵対することなく拠ることができた。蒙古の民は、草を求め移動する。

 拠る、といっても何かを成すために拠ったわけではなく、ただ安全に暮らせる地が欲しかっただけだ。もっと流れて、どこかの城郭まちに紛れて暮らすこともできたが、それはしなかった。何もないところで生計を立てていくのも、何となく面白そうだったからかもしれない。

 胡土児は岩山の山頂にある、突き出した岩の上に立ち、強い風に身を晒さらしていた。岩山の複雑な地形から吹き上げる風は、一様ではなく常に変化している。

 ただ踏ん張っているだけでは風に負ける。身体に受ける風の強さや方向を感じ取り、わずかに身体を切り返しながら風を受け流す。

 するとあまり力を入れずとも、安定して立っていられるのだ。それは武術の立ち合いにも似ていた。

 風は冷たいが、厚い套衣を着て二刻(一時間)ほど続けると、汗ばむほどだ。風の音や身体の動きに集中すると、考えも冴えわたっていく。そんな時間が、胡土児は好きだった。

 この岩山に居を構えて半年になる。草原を見渡せる山頂に家を建てようと、北の森林から木を切り出してきて、苦労して建てた家だったが、建てて三日目に吹いた颶風に、あっけなく吹き飛ばされた。そこで風よけの木の塀を斜めに二重に設置し、ようやく家は吹き飛ばされなくなった。

 岩山の麓からも塀は見えるので、下から見るとちょっとした砦に見えるかもしれない。その時設置した塀が、馬抗柵(騎馬の攻撃を防ぐ柵)に見えて、よく苦笑したものだ。俺はもう軍人ではない。と何度も自分に言い聞かせて、脳裏に浮かぶ想いを拭ってきた。

「胡土児様、戻りましたよ」

 蕭尤(しょうゆう)が声をかけてきた。

 胡土児は、いささかげんなりしながら振り返った。

「その胡土児様ってのはいい加減やめてくれないか」

「できませんね。胡土児様は胡土児様です」

「もうここは軍ではないんだぞ」

「わかってますよ。でも、無理です」

蕭尤は、憎たらしい笑顔を向けて言った。

「耶律哥(やりつか)はどうしている?」

「耶律哥殿は麓ふもとに鹿肉を取りに行って、夕餉の支度をしています」

 蕭尤と耶律哥は、胡土児が将校だった頃の従者で、岩山の家には三人で暮らしている。冬の間の食糧は、狩った鹿の肉を焚火の煙に当てて干し、箱に入れて雪に埋めて隠しておいた。そうすれば腐ることはないし、方々の集落にそれを持っていけば、穀物や日用品に交換することができたのだ。

「耶律哥殿はそろそろ鹿肉が尽きかけていると言っていました。私は北の森林で鹿の糞を見つけたので、そろそろ狩りができるかもしれませんね」

「では明日あたり狩りに出かけるか。麓の集落もそろそろ帰ってくるころだし、族長にまた鹿肉を持って行ってやろう」

「今度は、私達も伴っていただけますか?」

 蕭尤がうつむきながら言った。

 胡土児はしばらく考えた。狩りは一人で行くのがいい。人を伴うと獣けものは気配を感じ、逃げやすくなるからだ。秋の終わりに二人を伴わなかったのもその為だった。冬の食糧の確保にどうしても確実に狩る必要があったのだ。

「分かったよ。先に行って明日の支度でもしておけ」

 蕭尤は弾かれたように顔を上げ、言葉にならないのか、何度も大きく頷き駆け去っていった。胡土児は蕭尤が見えなくなるまで見送ると、ひとつため息をついて振り返り、岩に腰かけた。とりあえず冬は飢えることなく越すことができそうだ。 軍を抜けて半年。これからのことは何も考えていないが、あの二人はようやく十七になったところだ。今後のことも考えて狩りに伴う事にしたが、それ以上、これからのことに関して、胡土児には何も頭に浮かんでこなかった。

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