胡の地より   作:遼心

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無聊をかこっていた秦容のもとに、呼延凌が早影を駆り書簡を届けに来た。書簡は宣凱からで、金国の南宋侵攻を止めるため出頭すべしとの知らせだった。その書簡を読んで、、秦容の心に火がついた。


第二十話 狼牙と七星

 秦容が椰子の葉の椅子にもたれかかって微睡んでいると、遠くから馬蹄の響きが近づいてきた。この響きは呼延凌の早影か。やけに慌てているな。蒲甘が大軍を率いてきたとか、秦輝が転んで泣いているとか。勘弁してくれ、いま俺は眠いんだ。梯子を上る呼延凌の慌てぶりはむしろ滑稽でもあった。

「おい、秦容起きろ。宣凱から書簡が届いているぞ」

「宣凱だと」

 秦容は思わず上体を起こした。

「なんでも金が大軍を率いて南宋を攻める気だ。俺たちに出頭してほしいそうだ」

「書簡を見せろ」

 秦容は書簡を受け取ると、ざっと目を通した。

「呼延凌、金はまだ去年の大戦の傷はまだ癒いえていまい。女真族の兵も大半を失ったはずだ」

「確かに女真の兵は減った。だが契丹族と漢族から徴兵し、調練を繰り返しているらしい」

「海陵王め、正気を失ったか。戦をするのは女真族という掟を破るつもりか」

「宣凱は沙谷津に来るように言っている。そこであの胡土児(コトジ)と合流するらしい」

「なに、胡土児だと。どういうことだ」

「詳しい話は俺も知らん。書簡とは別に飛脚が言伝に伝えてきたことだ。で、どうするんだ秦容。小梁山の守りがあるなら俺だけでも行ってくるが」

「馬鹿を言え、小梁山は朱利と藩寛で十分だ」

「ならすぐ支度しろ。状況は恐らく急を要するぞ」

「おい、呼延凌、俺に命令するな。北に行くなら総大将はもちろん俺だろう」

「何を言う。書簡は俺に届いたのだ。それに梁山泊軍の総帥は俺だった。なら総大将は当然俺だろう」

「あれだけ肩を落としていたお前を連れてきたのは俺だ。お前に総大将は務まらん」

「お前だって沙歇の罠にはまって突撃したろう。あれで多くの犠牲が出た。冷静さでは俺が総大将に相応しい」

「なにお」

 二人がしばらく睨みあう。

「勝負だ」

 二人が同時に言うと突き出しから飛び降り、広場の練兵場に向かって走った。

「蒼翼、狼牙棍と弓を持ってこい」

 秦容は大声で言った。騒ぎを聞きつけ、周りの兵やら商賈の者が飛び出してきた。

「何事ですか、秦容殿」

 朱利が慌てて声をかけた。

「黙ってみていろ、朱利。訳は後で話す」

 蒼翼が秦容に弓を渡した。練兵場にはすでに人だかりができている。

 秦容が矢をつがえる。弓がいっぱいまで撓り、ぎりりと音を立てる。ふっという息とともに放たれた矢は、きれいな放物線を描き、練兵場の向こう側にかすかに見える椰子の実にあたり、落ちた。歓声が上がる。

「くだらんな、秦容」

 呼延凌も矢をつがえ、脇にある大岩に狙いを定めた。呼延凌の弓は、特別に強化が施されていて、矢も通常の一・五倍ほどの太さがあった。呼延凌の弓を引く腕の筋が、はち切れんばかりに盛り上がる。気合と共に放たれた矢は、大岩の真ん中に突き刺さり、しばらくして大岩は二つに割れた。どよめきが起こる。

「なかなかやるではないか、呼延凌。蒼翼、飛刀を投げろ」

 蒼翼は、真ん中で‘くの字’に曲がった飛刀を二つ同時に投げた。飛刀は弧円を描き、蒼翼の手元に戻ろうとしたところで、秦容と呼延凌がそれぞれ放った二本の矢が、飛刀を弾いた。

「ふん、こんなことで勝負がつくわけがなかったか」

 弓を投げ捨てた二人の表情が一段険しくなる。睨みあったままゆっくり間合いを取った。

「蒼翼、狼牙棍」

 蒼翼が狼牙棍を放った。秦容は呼延凌に目を向けたまま狼牙棍を掴んだ。秦容が狼牙棍を振ると轟音が鳴り響き、ひとしきり唸りをあげると脇に構えた。

 呼延凌もまた、七星鞭(しちせいべん)を抜き放ち、振った。七星鞭はひゅうひゅうと、どこか哀かなしげな音を鳴らした。睨み合う二人を見て声を発する者はなく、あたりは静寂に包まれた。

 

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