胡の地より   作:遼心

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かつて梁山泊軍の頂点にいた、秦容と呼延凌。その二人が放つ気に、誰もが息を呑んだ。その静寂が、ついに破られる。


第二十一話 龍虎の喧嘩

 秦容がゆっくりと狼牙棍を振り始めた。

 狼牙棍とは、狼の牙に譬えられる突起物が無数に取り付けられた頭を、棍の先に取り付けた形状をしている。狼牙棍は一対多数の場合に、最も効果を発揮する武器だ。呼延ほどの武人が大人しくその餌食になるわけがない。

 狼牙棍は少しずつ速度を上げ、練兵場の砂を巻き上げ始めた。砂塵はあたり一帯と呼延凌を包み、その姿がゆらゆらと見え隠れした。

 並みの武人なら、一撃に合わせ間合いを取り、飛び道具か得物を投げつけることだろう。しかし呼延凌は違う。必ず踏み込んできて七星鞭を振るうはずだ。その機に合わせてこちらも身体を寄せ、地面に組み伏せる。それでこの勝負は終わりだ。

「いくぞ、呼延凌」

 秦容が渾身の一撃を放つ。狼牙棍の軌道から呼延凌が消える。秦容はすかさず狼牙棍を放し、間合いを詰める。が、呼延凌は七星鞭を振るうのではなく、鞭の先を掴つかみ、袈裟に構え体当たりしてきた。秦容は避けきれず、二人がぶつかり合う。まともに喰らえば身体が潰れる、そう感じた秦容は後ろに飛び退き、体当たりの勢いを殺しながら、後ろに一回転、二回転と転がり、砂塵を突き破った。呼延凌は七星鞭を弾き飛ばされながらも体勢を整え、秦容に向かって突進してきた。尋常ではない踏み込みの速さだ。

 呼延凌は、ようやく立ち上がろうとする秦容に向かって掌底を放つ。秦容は咆哮を上げ両足を踏ん張り、呼延凌の掌底に頭で受け止めた。呼延凌が秦容の額を掴み、力比べのような形になった。

 二人は歯を食いしばり、しばらく膠着した。周りから大歓声が上がる。

「何やってんだい。やめな」

 その大音声に弾かれて、二人は尻餅を着いた。声を上げたのは于姜(うきょう)だった。

 于姜は岳飛を陰から支えた商人、梁興の妻だ。ふくよかな体躯で胆力があり、今は小梁山の内政や交易を視ている。

「なんだい、この様は。小梁山の頭二人がみっともない。喧嘩なら森の奥でやりな。皆の仕事の邪魔だよ」

「喧嘩ではない、勝負だ」

 秦容が言った。

「こういうのを喧嘩というのさ。話があるなら宣示庁で聞こうじゃないか」

 呼延凌がやれやれ、といった面持ちで立ち上がる。朱利は終始、狼狽えていた。

「さあ、見世物は終わりだよ。持ち場に戻りな」

 于姜の一喝で、周りの人だかりは蜘蛛の子を散らすように駆け去っていった。

「見世物ではない」

 呼延凌が、ぼそりと呟いた。

 秦容は立ちあがろうとするが、呼延凌に打ち込まれた気が躰の中で暴れ回り、なかなか立ち上がることができなかった。

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