候真は駆けに駆けた。
沙谷津(さこくしん)へ向かう途中の宿で、宣凱と食事をしていると、一人の男が宣凱に耳打ちした。それを聞いた宣凱が目を見開き候真に、風玄殿が梁山湖の北の湖岸に一人で、と言ったのだ。候真はそれを聞くと、すぐ宿を飛び出し馬に乗って駆けた。宣凱も慌ててついてくる。
梁山湖、という言葉で全てが繋がった。風玄は板の行方を追っていて、梁山湖の湖寨に造船所が築かれていることを掴んだのだ。そして造船所を探る為、単身乗り込んでいったに違いない。最後の風玄殿の、あの目が忘れられなかった。おそらく死をも厭わない覚悟だったのだろう。
梁山湖の湖寨は、かつて梁山泊が反宋の旗を掲げた場所だ。それ自体が天然の要塞になっている。いくら風玄殿でも無事ではすむまい。候真は嫌な予感を振り払うように駆けた。
「候真殿、私は鄆城へ行きます。あそこなら情報も集まってくるでしょう」
「わかった。風玄殿を救い出したら鄆城へ向かう」
宣凱は馬を返し駆け去っていった。宣凱は脚が不自由だが、見事に万里風を乗りこなしていた。戦うことはないが、毎日剣を振って鍛錬しているという。
それにしても轟交賈(ごうこうこ)の情報網はどうなっているのだ。梁山泊もかつて、飛脚や鳩の通信を駆使して情報戦を展開した。小さな反乱軍でしかなかった梁山泊にとって、情報はまさに命綱であった。
しかし轟交賈は湖岸に一人いる風玄を確認し、誰にも居場所を伝えていない宣凱の宿を突き止め、必要と思われる情報を伝える。そんなことが果たしてできるのか。いや、実際に実現している。確かに、そここに物資を運ぶ荷車や商隊は目にするが、それがすべて轟交賈、簫炫材(しょうけんざい)の目となっていると思うと、不気味さすら感じる。それとも独自の情報部隊でも組織しているのだろうか。
候真は間道を使って北の湖岸の街道に出た。街道はやたら軍の気配を濃く感じる。並足で進む。微かな闘争の匂い。候真は五感を研ぎ澄ませた。
候真はおもむろに馬を降り、森に入っていった。確かにここだ。まだ闘争があって一刻(三十分)も経たっていないだろう。しばらく進むと複数の兵士の死体を発見した。
候真は胸を衝かれた。木にもたれ掛る風玄の姿。その表情は穏やかだった。
死力を尽くしたに違いない。刃傷を一つも負っていないところを見ると、死域に入り、兵士を倒したところで力尽きたのだろう。兵士の傷はどれも、見事に急所を切り裂かれている。
いや、不自然な死体が二体。
風玄の傍の二体は、それぞれ首と身体が折れ曲がっている。
「これは、まさか」
候真は死体のそばに落ちていたものを拾い、しばらくそれを見ていた。