鄆城の食堂、宣凱とそこで落ち合った。
「風玄殿はやはり」
一人で食堂へ入ってきた候真を見て、宣凱は言った。候真はうつむきながら首を横に振った。食堂の客はまばらで、宣凱は肉と野菜、酒を注文した。
「風玄殿が放った鳩が戻っていました。梁山湖に海鰍船(かいしゅうせん)級の大型船二十隻に、舷側の高い中型船がおよそ二百隻、という内容です」
「そんなもののために」
候真はうつむいたまま言った。
「轟交賈(ごうこうこ)は、軍事機密に関わる情報収集は行いません。風玄殿は一人で動かざるを得なかったのでしょう」
「風玄殿は、一人きりが最も力を発揮するのだ」
簫炫材(しょうけんざい)が金の闇の組織、虎坊党に拉致監禁されたとき、風玄は命を賭して簫炫材を救い出した。その後、追手に阻まれ、進退窮まった所で候真率いる致死軍が到着し、簫炫材は命を拾ったのだ。その出来事から、候真は風玄を敬愛するようになった。
「あの湖寨に単身乗り込んで、船団を確認して北の湖岸まで戻ってきたのですね」
「そんな事、俺にだってできはしないさ。おそらく数千の兵で警備しているはずだからな。しかも片脚が不自由だというのに」
「まさに命懸けだったのですね」
料理が運ばれてきたが、それにはあまり心が籠っていないように見えた。羊の肉に塩をまぶして焼いただけのようだ。皿に申し訳程度に野菜が乗っている。酒は麦の酒で、味は悪くはなかった。
「風玄殿には私念がない。己よりも、信じた何かに命が懸けられる人だった」
「梁山泊の志にも通じますね」
「似ているがどこか違う。風玄殿は、言ってみれば致死軍の頭領たる人、だったと思う。功名心とも無縁で、誰の記憶にも残らず、名もなく死ぬことを肯じ得る。そんな人だった」
「候真殿よりも?」
「ああ。俺は私念の大きな人間だ。公孫勝殿はそんな俺の性格を見抜いていて、あえて俺に致死軍の頭領に指名したのさ」
「私念、ですか」
候真は、自分と宣凱の椀に酒を注いだ。
「俺の親父は、旧宋の高俅という高官に殺された。親父は間者として、高俅の仕立てをしていたが、梁山泊の間者であることが発覚し、すぐさま捕縛され処刑された。しかも二頭の馬に足を牽かせ、股を裂かれて」
宣凱が息をのんだ。
「それから俺は楊令殿を探しに、武松、燕青殿と北へ旅したが、高俅だけはいつかこの手で殺したいと心の底で思っていた。この暗い思いが、二人の厳しい鍛錬を受け入れたのだと思う」
「死、すれすれの鍛錬だったと聞いています」
「二人とも、俺が死んだらそれまで、と思って鍛錬したらしい。それでもぎりぎり死なない、力の加減ができる二人だったからか、俺は死ななかった」
「強くなっていつか高俅を葬りたい。それが候真殿の私念、ですか。その後、高俅はどうなったのですか」
「その後、高俅は政争に敗れ、病で言葉と身体の自由を失い、開封府で襤褸になっていた。そして政争に勝った王黼が三日に一度、肉の塊を高俅に放り、喰らいつく姿をみて楽しんでいた。燕青殿にその姿を見せられ、殺したければ殺せばいいと言われたが、手にかける気すら起きなかったよ。手が穢れる、と思ってしまった」
「思ってしまった?」
「致死軍の命のやり取りに、感情は無用なのだ。任務の途中で仲間が動けなくなれば、その仲間に止めを刺してでも、先に進まなければならない」
「当時の梁山泊にはそういった組織が、必要だったのですね。梁山泊の記録を見ていると、いかに致死軍が重要な組織だったかがよくわかります」
「要人の救出、暗殺、情報収集にその伝達、闇の塩の守備、どれも死と隣り合わせだ」
「個人の想いなど、無用というわけですか」
「しかし、俺はそれを変えたかった。新しい致死軍は、僅かでも人間らしい思いを残そうと考えた。武器もそれぞれ得意なものを持たせていたしな」
「公孫勝殿もそうあるべきだと、思っていたのでしょうか」
「それはわからん。が、お前の好きな致死軍を作ってみろ、とだけ言われた。そして俺は、人は、誰でも誇りや矜持を持つべきだと考えた」
「誇りと矜持、ですか」