胡の地より   作:遼心

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胡土児は昨年の戦を振り返る。伝説とも言える武人に思いを寄せるが、その心が、わかるようで分からなかった。


第二話 戦人(いくさびと)の流儀

翌朝、三人で岩山がんざんを馬で駆け下りた。麓に下りる径みちは三本あるが、馬が通れるのは一本だけだ。それでも急峻な個所が何か所もあるので、日々駆け抜けるうちに、二人の乗馬の技術は相当なものになっていた。駆けながら、胡土児(コトジ)は考えた。

 やがて二人は軍に戻りたい、と思うのだろうか。この地に拠ってからも剣の鍛錬は欠かしていない。二人ともどこかの軍に入ることができれば一角の将になれる素質は持っている。ここまで自分を慕ってついてきた二人に、胡土児は恩返しのつもりで武術を教えてきた。いままで彼らの気持ちを問いただしたことはないが、折を見て話をするのも必要かもしれない。

 たとえ軍に入るにしても、金軍にはもう戻れない。ならば先年、岳飛によって平定された南宋か。岳飛は南宋を平定した後、梁山泊と連携して金国に攻め込んできた。岳飛の志は「盡忠ち報国」という、金国こくに支配された漢族の開放を志に掲かかげていた。

 丁度その頃、金国と梁山泊の間で国家の存亡をかけた戦の最中だった。胡土児の養父である金軍総帥の兀朮(ウジュ)は、その激戦の中、梁山泊の史進(ししん)に討たれた。岳飛は、そのあとを継いだ沙歇(さけつ)との戦闘で腹に矢を受け、その矢傷がもとで、戦のあと南方に帰還した日に、力尽きるようにそっと死んだという。

 戦はその後、沙歇が梁山泊軍総帥の呼延凌(こえんりょう)に突撃し、討たれることで終息しゅうそくした。

 父が討たれた後の金軍は常軌を逸いっしていた。死兵ともいえる強引な用兵で、とにかく梁山泊軍の兵士を殺しにかかり、突撃して生き残った金軍の兵は、捕らえられ処断さえされたという。

 沙歇という将軍は、精強な騎馬隊を冷静に指揮し、梁山泊軍を長年苦しめた。その沙歇の最後のあの戦い方は、沙歇が兀朮という支えを失い、心を壊したのか、その戦術でしか金国が生き残ることができないと判断したのかはわからない。

 しかし胡土児は、戦には流儀があると思っている。

 沙歇はその流儀を失った。その流儀から外れれば、戦は単なる殺し合いに過ぎず、たとえ勝利してもその将は永遠に蔑まれるだろう。父も岳飛も呼延凌も、間違いなくその流儀に従したがって戦をしていた。軍学書には記されてはいないが、戦人(いくさびと)と言われる将軍はすべからく、その心をわきまえていた。

 沙歇を失った金軍は戦を続けることができなくなった。後方の兵站が乱され、兵糧が尽きかけたこともあるが、沙歇が討たれた事を知った金軍の兵は、次々と膝を折って立てなくなったという。兵達もまた、心を殺して戦い続けていたのだ。

 梁山泊軍はその後、金軍を追撃することなく撤収、ほどなく軍を解体し、梁山泊は消滅した。呼延凌も南へ去っていったという。なぜ金国を攻めず消滅させたのか。その時だけではなく、昔から謎の多い国だった。

 梁山泊は旧宋に対し反乱を起こし、幾度となく壊滅の危機に陥るも乗り越えて、ようやく旧宋の元帥、童貫を討ち果たしたが、宋全域を攻略することなく河北に国を建てた。領地を求めたのではなく、物流を力とした国を目指したのだ。しかし、梁山泊のそのあまりに短い歴史の中で築き上げられた軍は、常に精強無比で、伝説ともいえる武人を多く輩出した。なぜそのようなことができたのか。

 旧宋はとにかく役人が腐敗し、賄賂と汚職が蔓延し、善良な民が理不尽に虐げられた時代だ。そんな時代だからこそ、死をも辞じさない、志を持った若者が多く立ち上がり、強い軍になったのか。

 胡土児の思考はいつもそこで止まる。以前、軍にあった資料を読み漁り、歴史の考察はいくらでもできたが、とかく武人や志について考えると、途端とたんに思考が行き詰づまる。 胡土児自身も父の近衛兵として転戦し、史進率いる赤騎兵に突撃し、父を間一髪救ったこともある。

 しかし自分には父や史進、岳飛といった武人の心が、未だ見えていないのではないか。いま父が生きていれば離れていても飛んで行って、語り合うこともできたであろうが、梁山泊との戦の前に、父は自分を北方へ転属させたまま再会することなく、いなくなってしまった。

 胡土児が戦の意味を考えるようになったころ、父はもう、いなかったのだ。

 

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