父が史進に討たれたと聞いて、胡土児(コトジ)は意外と冷静にその報を受けた。史進のような英傑に討たれ、さぞ見事であっただろうと感じた程だ。
しかし、胡土児は言葉を発する事ができなくなっていた。
その後、胡土児は幕舎から出ることはできず、食事はおろか水さえも取ることを忘れた。一切の光を断ち、何度も史進が父を討つ瞬間を想像し、湧き上がってこようとする感情と向き合った。史進は赤く塗った鉄の棒と、日本の刀を得物としていた。鉄の棒で父の頭を砕いたのか、身体をへし折ったのか、日本の刀で首を飛ばしたのか、頭蓋から両断したのか。暗闇の中で何度も何度も思い返した。その刹那、自分がそこにいたらどうなったであろう。怒りか、憎しみか、惧れか、闘志か。いずれかの感情かわからぬまま、激情が胡土児に襲い掛かる。何刻も激情と向かい合い、知らぬ間に胡土児は気絶し、目が覚める。そして同じことを繰り返した。
ある時、胡土児はおもむろに立ち上がり幕舎を出た。今は払暁のようで、柔らかい陽の光さえも眩しく感じ、しばらく手で光を遮さえぎっていた。幕舎の外には蕭尤(しょうゆう)と耶律哥(やりつか)が重なりあって眠っていて、冷めた兵糧と水が置いてあった。胡土児はそれらを一瞥し、馬に飛び乗り駆け出した。衛兵が胡土児に気づき、慌てて声をかけたが胡土児は無視して軍営を飛び出した。
無心で駆け続けた。馬は三日駆けさせなければ駆けられなくなるが、胡土児の馬は誰かがしっかり駆けさせていたのか、胡土児の思うさま駆けて行った。
やがて馬が限界に近づき、胡土児も息を弾はずませる。汗など一滴も出ない。
馬が脚を止めた時、胡土児は天に向かって咆哮を上げた。喉は枯れ果て、声など出るはずもないが、胡土児は咆哮を上げ続けた。静寂が胡土児を包み、中天に差し掛かった陽が胡土児を照り付ける。
胡土児はゆっくり軍営に戻った。
すっかり陽が落ち、さわやかな風が吹いている。幕舎の前で蕭尤と耶律哥が直立し、じっとこちらをみつめる。
「心配かけたな。俺はすっかり腹が減ったぞ。ありったけの肉と水を持ってきてくれ」
胡土児はそう言うと、微笑んだ。すると蕭尤と耶律哥は、嬉々として駆け出していった。
史進。また必ず相見える。初見は戦場だった。敵として赤騎兵駆る史進は、畏怖そのものだった。そして父の命を狩るためにかけていた。胡土児は命を投げ打って赤騎兵に突撃し、父を救うことができたが、胡土児も瀕死の重症を負った。
その史進が、吹毛剣を携えて胡土児を訪れた。吹毛剣は胡土児が受け継ぐべきだと。言葉が出なかった。敵である史進。だが、胡土児は史進に敬愛の念を抱いていた。なぜか。それは、今一度史進と向き合うことでしか理解できないだろう。
史進は、父の仇でもある。