胡の地より   作:遼心

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海陵王の追撃を逃れ、胡土児と玄旗隊は轟交館で久しぶりにゆっくり食事をすることができた。溶けてゆく緊張と共に、胡土児は志について考え始めるようになった。


第四十話 志と炎

 方々で焚火が焚かれ、玄旗隊は思い思い車座になって飲んでいる。思えばこんなにゆったりと食事をするのも久しぶりだ。皆の緊張がほぐれていくのが、見ていてよく分かった。

 胡土児(コトジ)は初め宣凱、呼延凌、秦容と屋敷で乾杯したが、雑談もほどほどに呼延凌と秦容が玄旗隊と飲みたい、と言って席を立った。胡土児と宣凱も後に続いた。

 牧の端にある丸太に腰かけ、宣凱の献杯を受け、胡土児も宣凱の椀に酒を注いだ。あちこちで笑い声が聞こえる。どうやら魏悠の、俺の覚悟を返せ、というのが笑い話になっているようだ。誰かがそう叫ぶたび、笑いが起きる。

「本当によく来てくださいました。胡土児殿」

「俺もなぜここまで来たのか、実はよくわかっていないのですよ。海陵王に追われてきた、という見方もできますが」

「胡土児殿は、自らの強い意思でここに来た。私はそう思います」

 胡土児はしばらく黙り込んだ。

「どうでしょう、胡土児殿とは年も近いようですので、今後は堅苦しい言葉遣いは無しにしませんか?」

 胡土児も宣凱の奥ゆかしさや、優しさに好感を抱き始めていた。

「そうだな、そうしよう。宣凱」

 宣凱がにっこりと微笑んだ。

「俺は自分の行動に、ここまで曖昧な思いを抱いたのは初めてなんだ。今まではもっと割り切って行動し、悩むこともなかった気がする」

「行動の結末がどうなるかわからない。それでも何かに突き動かされる。そういう時も、きっとあるのだと思うよ。胡土児」

 ふと見ると、宋万がぐったりして転がっていた。そばにいた者に聞くと、なんでも隊長の次に俺が強い、と手あたり次第組み付いていったとか。そしてその全員に投げ飛ばされると、そのうちぐったりして動かなくなったという。焚火の近くに転がされているところを見ると、どうやら宋万も玄旗隊の皆に受け入れられた、という事だろう。

「あいつはここに来る途中、邑を襲っていた賊の頭だった男だ。賊は討ち果たしたが、捕らえたあいつを、何故か連れてきてしまった。生き直す、という意味で宋万と俺が名付けたんだ。あいつの放った矢が、あの子の母親ごと、貫いた」

「宋万殿もあの子も、生き残った意味を考えながら、生きていくことだろう。辛いことも多いだろうが、それは決して、無駄なことではないはずだ」

「轟交賈は、その辛さを少しでも和らげる。そのための組織に見える」

「かつての梁山泊も、そうであったと思う」

「それが宣凱の志、か?」

「それが志かどうかは、私にはよくわからない。だが、誰かのために懸命になる。それでいいのだ、という気がしているよ」

 焚火がいつの間にか二つに集まり、その灯りの中、秦容と魏悠が組み合っていた。声援が上がっている。なかなかいい勝負のようだ。

「俺は梁山泊に、また、楊令に興味が湧いてきたよ」

 宣凱がにこりと微笑んだ。

「無理に知る必要はないと思うが、私でよければ、いくらでも語ることはできる」

 魏悠が力を込めた。秦容がそれをいなすと魏悠の身体が宙に舞い、背中から地面に落ちた。歓声が上がる。

「楽しみにしているよ」

 隊長、と誰かが叫んだ。秦容が笑いながら、腕を大きく振って胡土児を手招いている。胡土児は椀の酒を一気に飲み干すと、ひとつ気を入れて、立ち上がった。

 焚火の炎が、勢いよく夜空に舞い上がった。

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