「今得ている情報を勘案しますと、金の南進は、疑いようはないでしょう」
翌日、卓を囲んで皆が座ると、宣凱が開口一番に言った。卓には中華の地図が広げられている。
「時期と兵力は?」
呼延凌が腕を組みながら問いかけた。
「まず兵力は女真族の禁軍五万、これが主力です。この軍は先の大戦の生き残りで、相当精強と言えます。そして昨年から漢族と契丹族に、徴兵が掛けられています。詳しい数は不明ですが、おそらく最大二十万は動員できるでしょう。時期については今年の秋、収穫が終わったころとみています」
「なぜそこまで金国は急ぐ。戦を仕掛けるにしても、通常三年は国力を蓄えるのが定石だろう」
「一つは、南宋の岳家軍が、まだまとまっていない事でしょう。岳家軍は戦後、地方軍をまとめるため各地に散っていきました。時機を逸すると南宋軍がまとまり、攻めにくくなります。もう一つは、金国の水軍の存在です」
「金国に水軍だと?」
呼延凌が色を成した。
「梁山湖に浮かぶ、海鰍船(かいしゅうせん)級の大型船二十隻に中型船二百隻、間違いのない情報です」
「なんと」
「水軍建設の経緯は不明ですが、すでにこれだけの水軍がある以上、その意図は南進以外考えられません」
「胡土児(コトジ)、金に水軍建設の技術はあるのか」
「俺も初耳です。父もついに水軍建設の発議はしませんでしたし」
「水軍の目的はおそらく、長江と海上両面から南宋を攻めることでしょう。兵の渡渉だけなら、河に小舟を連ねればよいわけですから」
「南宋の首都、臨安府も海からほど近いしな。水軍への対応はどうする」
「すでに張朔には書簡を送りました。梁山湖の船団が動き出せば、速やかに元梁山泊水軍を派遣できるでしょう」
「張朔の水軍は未だ無敗で経験も豊富だ。金水軍も太刀打ちできまい」
呼延凌は椅子に深く腰掛け、腕を組んで息をついた。
「分からないのは陸だ。いくら徴兵したとしても、新兵含めた二十五万ではいささか兵力としては少ない気がする。金の主だった将軍や将校は去年の大戦でおおかた戦死したはずだ。明らかに指揮官不足だ」
「私も気になって候真に調べてもらいました。すると先日、金の禁軍総帥に耶律阿列という契丹族の将が任命されたという事です」
「耶律阿列(あれつ)ですと」
突然、耶律哥が声を上げた。
「耶律哥、知っているのか。そういえばお前も耶律家の出身だが」
「耶律阿列は遠い親戚で、名を知っている程度ですが、その父親の耶律慎思(しんし)は契丹族の中でも伝説になってるほどの武人です」
武人と聞いて、秦容が目を見開いた。
「耶律慎思は太祖(阿骨打アクダ)が、遼に対し反旗を翻した際、早期に降伏し、翌年遼の天祚帝の大軍を破った際の軍功が認められ、完顔姓を賜たまわりました」
「なんだ、阿骨打に恐れをなした腰抜けではないか」
秦容があきれたような声を出した。
「いきさつはわかりませんが、耶律慎思の造反に怒った遼の武将が、慎思を千騎で攻めました。慎思の手勢は歩兵五百程でしたが、攻めた千騎は瞬時に壊滅したそうです。そしてその将は馬ごと身体を両断されたとか」
「ばかな、そんな話は大抵、尾ひれがついて面白おかしく語られるものだ。それにそんな将が金国にいたなんて聞いたことがない。宣凱もそうだろう」
「確かに私も知りませんが、海陵王、というか金の帝室は耶律家の力が増すことを恐れていましたので、あまり重用しなかったのでは。戦は女真族がするものと、暗黙の掟があったくらいですから」
「だとしても阿骨打の世代の将じゃ、もう今じゃ爺さんだろう?戦の役には立たん」
「秦容殿、同じことを史進殿にも言えますかな」
宣凱が微笑みながら言った。秦容が思わず口を噤つぐんだ。
「史進殿のようなお人が他にいてたまるか。分かった。俺がその耶律慎思とやらの化けの皮を剥いでやる」
「耶律慎思が出てくるかは分かりませんが、阿列の実力もよくわかりません。油断しないほうが良いでしょう」
「俺が包頭の東で襲われた時、「阿」の旗を見た。もしやその将が阿列だろうか。騎馬隊の指揮には目を見張るものがあった」
胡土児が腕を組んで言った。
「そこです。どうも今回、胡土児殿の動きが読まれすぎています。地方軍の動きも迅速ですし、阿列が禁軍の総帥ならこの地にいること自体、おかしなことです。私は致死軍のような闇の組織の存在を感じます」
「で、こちらの兵力は今ここにいる玄旗隊と五千騎だけか。歩兵は?」
呼延凌が話題を変えた。