胡の地より   作:遼心

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地方軍二万で玄旗隊を囲んだのは、阿列だった。大軍でありながら胡土児を取り逃がしたのは、武人の恥として、厳しい行軍を自ら課しながら、故郷を目指した。


第四十四話 兵と共に

原野を、整然と騎馬隊が駆けている。直属の麾下、二千騎のみの移動である。

 包頭市より故郷である臨潢府(りんこうふ)までおよそ九百里(四百五十㎞)を、二日で駆け抜ける。調練もかねての、戦時の移動速度だ。

 駆けながら隊形の調練も行う。二千騎が千騎の二隊に分かれ、それが五百騎に分かれ、最終的に百騎二十隊まで分かれて駆け回る。それが合図一つで二千騎にまとまる。騎馬隊は歩兵とは違い、まとまれば勢いを失い、止まってしまえば歩兵の戟の餌食になりかねない。駆け回ることで騎馬の力を十分に生かすことができるのだ。駆けながら隊を集散させる調練を、反吐が出るほど繰り返してきた。

 そして日に一度は千騎ずつに分かれ、遭遇戦の調練も行った。ここまで過酷な調練を課しても、部下は顔色ひとつ変えずについてくる。精強、と言っていい段階まで鍛え上げてきた。

 夜も更けたころ、野営に入った。馬は秣まぐさを与え、一晩十分に休ませれば、元気を取り戻す。兵はまず馬の手入れを行うと、兵糧の準備を始めた。

 兵糧は麦の粉に塩をまぶし、水を加えて拳ほどの大きさに練ったものを鍋で煮た、湯餅(とうへい)と呼ばれるものを二つ、一日に二度食す。日に一度、干し肉が一欠片付く。阿列は将と言えど幕舎は張らず、兵糧も兵と同じものを口にし、兵と焚火を囲み、眠る。

 将は兵と共に在あれ。

 これは父、慎思が阿列に教えた、将としての最初の言葉である。これは生涯変わることはないだろう。

 しかしどんなに厳しい調練をして馬を責めても、阿列の心の澱が消えることはなかった。たった二百騎の玄旗隊を、二万もの兵で取り囲みながら、逃してしまったのだ。一軍の将として、それは敗北以上の、屈辱以外の何物でもなかった。

 玄旗隊の所在は、父が組織している闇の組織、鷹羽衆(おううしゅう)が逐次もたらしてきた。玄旗隊が九長城の賊を掃討し、包頭市東の原野へ向かっているとの情報を得て、即座に地方軍を招集したのだ。万一山に逃げられた時に備え、密かに五千の兵を背後に回し、山狩りの準備もさせていた。

 しかし、あり得ないことが起きた。突如東の原野に、地から湧き出たかのように二千騎が現れ、あっという間に右翼が突破された。もちろん斥候は四方に放ってあったし、鷹羽衆からの報告に、その軍の存在はなかった。二千騎はその斥候の目の、内側に現れたのだ。

 二千騎はそのまま玄旗隊を引き連れて左翼を突破し、西へ駆け去っていった。正直なす術がなかったといっていい。その騎馬隊の駆け方は思わず見惚れるほどで、何とか数だけは揃えた、という程度の地方軍の騎馬隊では、戦うどころか追撃することもできないことは一目瞭然であった。

 そして直属の部下二千騎で追ったとしても、激烈な反撃に遭うことは容易に想像できた。阿列は臍を噛む思いで、二千騎が駆け去るのを見ているしかなかったのだ。

 旗は「呼」と「秦」だった。まさか梁山泊軍総帥だった呼延凌と、小梁山の秦容か。それが玄旗隊を救うなど、およそ考えられないことだが、もしそれが事実なら、阿列の知らないところで何かが起きている。それを確かめる意味でも、いまは早く父のもとへ急ぐことだ。

 胡土児(コトジ)捕縛の密命は、海陵王から直々に言い渡された。禁軍総帥を拝命した日の夜、密かに呼び出しがあったのだ。理由は国家に対する反逆罪。胡土児は兀朮(ウジュ)の養子で、密かに海陵王暗殺を画策したという。阿列にとって、その真偽はどうでもよかった。与えられた命令は、疑わず遂行するのが軍人としての使命である。

 この敗北はいずれ必ず雪ぐ。しかし阿列はその想いより、あの二千騎の峻烈さに、微かな胸の高鳴りを覚えたのだった。

 

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