胡の地より   作:遼心

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厳しい行軍調練でも、麾下の兵たちは見事についてきた。その精強な兵たちは、長きにわたり故郷の臨潢府の治安を守ってきた。それは父慎思が抱く唯一の想いでもあった。


第四十五話 父の志

 予定通り二日で、臨潢府(りんこうふ)に到着した。兵たちは疲労の色すら見せていない。むしろ気力が充実している。街道をゆく民は皆、阿列を見るなり笑顔になり平伏した。耶律家は歴代、軍を率いてこの地の治安維持に努めてきた。賊徒はもちろん、外敵の侵入も許してはこなかった。

 いや、例外が一つ。太祖(阿骨打アクダ)と幻王の侵攻である。

 当時臨潢府の軍を統括していた父慎思(しんし)は、幻王軍の黒騎兵を見るなり、即座に降伏を決断したという。幻王軍は遼に対し従順な熟女真(じゅくじょしん)の街を、徹底的に滅ぼしていった。逆らう者は容赦なく殺し、若い女を攫い、略奪の限りを尽くしていったという。

 元は同じ民族を、かくも踏みにじる幻王は、青鶻鬼(せいこつき)として怖れられた。

 幻王は当初、阿骨打の弟の呉乞買(ウキマイ)だとされていたが、実は幻王の正体は、後に梁山泊の頭領になる、楊令であることが分かった。

 楊令は童貫によって湖寨が陥落すると北に逃れ、そこで阿骨打と出会い盟友となったようだ。楊令が熟女真を一掃することで、阿骨打の金建国は速やかに進むことになった。そして阿骨打が金を建国し、遼に攻め入ってきたとき、父が何故戦わずして降伏したのか、今の阿列にはよくわかった。

 父は故郷、臨潢府を守ったのだ。

 当時遼は燕雲十六州(現在の北京、大同市周辺)を領し、その武力を背景に、毎年宋から莫大な銀、絹を送らせていた。

 しかし遼の貴族は奢侈に走り、軍を軽んじ、遼禁軍は弱体の一途を辿っていった。父は臨潢府でその姿を苦々しく思っていたのだ。

 遼はさらに女真族に対する搾取を強め、貴族が遊びの狩りで使用する鷹を、毎年一定数納めるよう強要した。鷹を捕獲するには危険な断崖絶壁を行き来する必要があり、女真族は大きな犠牲を出した。そして鷹が集まらない場合は女真の若い女を、替わりに税として納めなければならなかった。

 この辛酸を忘れないために、女真族は海東青鶻旗(かいとうせいこつき)にその想いを託し、遼に対して反乱を起こした。

 父は声高に、遼禁軍の改革を叫んだが受け入れられず、貴族たちより疎んじられるようになった。そして幻王楊令の黒騎兵の精強さと、阿骨打の覚悟を感じ取った父は、遼の滅亡を予見し、阿骨打に降ることにしたという。

 阿骨打は父の軍を見るなり、その精悍さに感銘を受け、その領土の安堵を約束し、父と息子の阿列には完顔姓を下賜したのだった。 阿骨打が遼を滅ぼした後、耶律家は大きな戦に招集されることはなく、もっぱら街の治安維持と、北の国境の警備の任についた。

 しかし父はそれで慊焉とせぬ様子だった。外征の野心はなく、常に故郷の民の安寧を願っていた。

 かつて耶律大石が燕建国に挫折し、西に私兵を引き連れ落ちていく際、密かに臨潢府の父の元を訪れた。盟友となり共に西進し、西に大国を築こうと誘ったのだ。

 しかし父は、祖国を去る者に用はない、と一言で突っぱねた。

 その後大石は西遼を建国し、皇帝になったが、父は大石に一切の関心を抱かなかった。

 そのような父が、南宋攻略に簡単に腰を上げるとも思えないが、綸言とあらば説得を試みないわけにはいかない。望郷の念と、難題に対する気後れにも似た感情が、綯交ぜになったまま、阿列は家路を急いだ。

 

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