「おい、候真。折角だ、俺の仕事を手伝っていけよ」
「仕事だと?何をするつもりだ」
候真を見つめる、羅辰の目の奥が燃えている。
「梁山湖の造船所を、焼く」
「なんだと?正気か」
候真は思わず身体を起こそうとしたが、痛みでできなかった。
「ああ、俺は本気だ」
「無謀だ。折角拾った命、無駄にする気か」
「拾った命ならなおさらだ。俺はやりたいことをやる。だが心配するな。もうあんな無茶はしようとは思わん」
羅辰がにやりとした。羅辰が笑ったのを、初めて見たような気がする。
「なら、一体どうするつもりだ」
「その前に候真、今の金に、何故あれほどの水軍が建設できたか、わかるか?」
「あれほどのって、お前は梁山湖の水軍を見たのか?」
「ああ、風玄が梁山湖の湖寨を探っていたのなら何かあると思うだろう。俺は実際見に行って驚いたよ」
「風玄殿の最後を看取ったのは、やはりお前か」
「風玄の最期の死域、見届けた」
「さぞ、勇敢だったことだろう」
二人はしばし沈黙した。
「話を戻すぞ。金は去年の大戦でかなりの国庫を費やしたはずだ。しかも今年も徴兵などで莫大な銀を使った」
「その分民から搾り取ったのではないか?」
「それだけでは説明できん。額も大きいが、もともと北の民は極限まで搾り取られていた。これは俺の考えだが、おそらく船の建造には罪人が充てられている」
「なるほど、かつての南宋も同じような手口を使っていた。労働力は確保できるだろう」
「南宋は罪人が板一枚作るのに対し、十日の刑期が減免されたが、金はおそらくただの労役だろう」
「海陵王が刑期減免の恩赦などするわけがない。となると罪人は用がなくなり次第、処断されるだろうな」
「規模からすると、造船所で作業する罪人の数は、二、三千はいるだろう。今おかれている立場を分からせれば、いくらかこちらに靡かせることもできるだろう」
「反乱を起こさせるのか?」
「火災の騒ぎに乗じて、湖寨を脱出させる。そうそそのかせば乗ってくると思う」
「しかし囚人に放火させることなど、できないだろう。火の管理は徹底されているはずだ。道具もないだろうしな」
羅辰はおもむろに立ち上がると、小屋から何か持ってきて候真の前に投げてきた。丸く束ねられた、紐ようだ。
「なんだ、これは?」
羅辰はその紐をひと尋程、刃物で切り取り、地面に伸ばした。その一端に油を垂らし、もう一端に焚火の薪の火を近づけた。すると紐の端が激しく燃え上がり、火花を散らしながら燃え進む。候真は目を丸くして火の行方を追った。火花はもう一端まで燃え進み、垂らした油に火が移り、小さな炎が燃え上がった。
「なんだ、これは?」
候真は、同じことを言った。
「さあな。俺が勝手に作ったやつだ。硝石なんかを潰して、その粉を紙に糊で張り付けて巻いて紐にする。そしたらこんな物ができた。すでにあの小屋に山と積まれているさ」
「よくこんなものを思いついたな」
「きっかけは風玄だ。あんな死域を見せられた。俺はこんな風体になって、半分命を投げ出していた。その命を、もう一度何かに使ってみようと思った。梁山湖の湖寨は、俺たちの心の故郷だ。あんな造船所など認めん、燃やしてやる」
羅辰が、焚火の火を見つめながら言った。
「それにしても、よくあの湖寨に忍び込めたものだ。俺でもやろうとは思わん」
「忍び込む必要などないさ。兵のほとんどは漢族で、無理やり徴兵された連中だ。金に対する忠誠心など微塵もない。鼻薬一つでいくらでも言うことを聞くさ。すでに眺めのいいところに、別荘を建ててやったぞ」
羅辰は笑いながら言った。羅辰はこんな垢抜けた男だっただろうか、候真はぼんやりそんなことを思った。