「それにしても梁山泊騎馬隊の強さと速さには、いつも舌を巻きます。赤騎兵も、俺は恐怖を押し殺して突撃していました」
「梁山泊騎馬隊は林冲殿が作り上げた伝統だ。林冲殿は三万の官軍を、たった五百騎で潰走させた伝説もある」
「三万を五百騎で」
「林冲殿が今の俺たちを見たら、きっとどやされるだろうな」
秦容が笑いながら言った。
「いつも思うのですが梁山泊とは、不思議な存在です」
「今や梁山泊は無くなっちまったが、俺や呼延凌、宣凱など多くの男たちの心の中には、言葉にはできない想いが、今も鮮明に焼き付いているものなのだ」
胡土児コトジにはその言葉の意味が、何となく分かるような気がした。
「胡土児、さっき宣凱から轟交館に来るよう知らせが来た。お前も来い。何か動きがあったのかもしれん」
胡土児は頷くと、馬を駆けさせた。もう一度腿で締め上げる感覚を、鍛錬したくなって来たのだ。
轟交館にはすでに皆到着していた。轟交館には、毎回場所を変えて集まるが、直前までその場所はわからない。直前に符牒が渡されて、それを解読すると刻限と場所が明らかになる。
玄旗隊の滞在する牧は固定だが、人の出入りは厳重で旅人などが迷い込んでくると、さりげなく人が近づき城郭への道案内をする。間者の疑いのある者も下手に排除はせず、自然に街道へ誘導する。そうやって轟交館の存在は隠されている様だ。
宣凱の要求は、耶律慎思率いる契丹兵十万への奇襲というものだった。耶律慎思は大同市で契丹兵の調練を終えると、全軍を率いて開封府へ進軍中だという。
おそらく禁軍との合流だろう、という宣凱の見立てだ。ここで耶律慎思を排除できれば、契丹兵は無力化できる、という考えのようだ。
こちらの兵力は五千騎、軍学でいえば無謀ともいえる作戦だが、呼延凌は涼やかな顔色で承諾した。
幾つかの確認事項を話し合うと、軍議、とも言えない会議はあっけなく終わった。
秦容は退屈そうに欠伸をしながら部屋を後にした。胡土児も後を追う。宣凱は他にやることがあるのか、早々に館を後にした。
「おい胡土児、少し付き合えよ」
秦容が椀を傾ける仕草をしながら言った。胡土児は頷き、呼延凌も少し遅れて部屋から出てきた。
「いよいよ実戦ですね」
「宣凱の奴の呼び出しだ。何かと思えば、爺の騙し討ちをしろだと。呑まなきゃやってられん」
「相手は十万の契丹兵です」
「胡土児、十万と言っても新兵だろう。怖るるに足らん」
「十万をまともに相手するわけにもいかないのでしょう。そのための奇襲です」
胡土児は館を出ると適当な場所を見つけ、焚火を起こした。夏も盛りに近づいているが、日が暮れると、あたりは爽やかな風と美麗な月明りに包まれた。呼延凌も焚火を囲み、腰を下ろした。胡土児は二人に椀を渡し、酒を注いだ。
「胡土児、玄旗隊はどうしている」
「耶律哥と蕭尤がうまくやっています。もう三つほど賊を解散させたようです」
「二人とも若いのに、よくやっている」
「あまり賊徒を傷つけず、よく語り合っているようです」
胡土児は銀号鎮の賊徒のことを思い出した。なぜあの時三百もの賊徒を殺してしまったのか、あまりよく覚えていない。きっかけがあの母子だったのはわかる。思えば村の入り口で爺さんと話したあたりから、少し心がおかしかったような気がする。