南方はとにかく暑かった。しかしその暑さが、かえって良かったのかもしれない。快適な環境にいるよりも、苛酷さに身を晒した方が、自分というものを忘れさせてくれるだろうと、呼延凌は思った。
呼延凌は小梁山のひとりの民として、あらゆる仕事に従事した。
上半身裸で甘蔗畑を耕し、甘蔗を刈り取り、絞る。搾り汁から甘蔗糖や酒、搾りかすからは紙を作った。
また、壊れた鍬の刃を窯で溶かし、新たな農具に打ち直す。房芋(バナナ)を油で揚げて売る仕事や、破れた服を繕う仕立ての仕事もこなした。昼間は汗を流して働き、夜は仲間と語り合い、酒を飲んで、眠る。
そうやって人としての営みに没頭するうちに、度重なる戦で荒廃していた呼延凌の心は、少しずつ人間らしいものに戻っていった。
そして、初めは何もなかったこの南方の地で、秦容はあらゆる生きるための営みを、一から築き上げてきたのだ、とつくづく思った。
ある日呼延凌は、秦容に兵士となることを志願した。秦容はしばらく黙って呼延凌を見つめ、そして頷いた。
訓練の初日、調練用の棒を握ったとき、呼延凌は不思議な感覚に陥った。これで人を打つなど、想像することができなかったのだ。
甘蔗は長い時間をかけて、少しずつ成長する。日々その成長を眺めていると、愛おしい気持ちにもなった。
人の命も同じである。今握るこの棒は、一振りでその命を奪い去る。その成長を愛でてきた人々の心を踏みにじる。そう思うと、とても恐ろしい気持ちになった。
かつて七星鞭を振るい、兵や将を薙ぎ払ってきた自分が、悪魔のようにも思えてきた。呼延凌はしばらく棒を握りしめたまま、震えて動くことができなかった。
秦容はそんな呼延凌を、容赦なく打ち据えた。呼延凌は何度も、地面を転がった。
自分が望まなくとも、営みを奪い破壊しようとするものは必ず現れる。梁山泊はそんな人の営みを、理不尽に奪う者から守り、救うことを志としたはずだ。呼延凌を打ち据える秦容は、無言でそう言っているように思えた。
その時、呼延凌の心が弾けた。
秦容が打ち付けてきた棒を躱し、打ち返した。秦容がそれを棒で防ぐ。
その顔が、微笑んでいた。
その微笑みを見て、呼延凌の心の底から、みるみる力が湧いてくるのを感じた。打ち合いでお互いの棒が砕け、呼延凌は咄嗟に七星鞭を手に取った。秦容は狼牙棍を脇に構える。
その刹那、呼延凌が構える七星鞭が、見事なまでの気を、放っていた。
「そういえば、胡土児(コトジ)はどうしている?」
ひとしきり狼牙棍を振った秦容が、汗を拭いながら言った。
「胡土児は今、必死になって玄旗隊の調練をしている。梁山泊騎馬隊の動きを叩き込んでいる最中だ」
「玄旗隊の連中は地がいいからな。相当な騎馬隊になるぞ」
「二百騎という規模がまたいい。これが千騎となると、どうしても動きに制限がかかる。騎馬隊を手足のように動かし、戦場を思い通りに駆け抜けるには、二百がちょうどいい。赤騎兵も規模は二千だったが、史進殿自身は、常に麾下二百騎と共に駆けていた」
「胡土児も本能的にその規模がいいと、理解しているのだな」
「ああ、胡土児は生粋の騎兵隊長だ。今夢中で馬で駆けているだろうよ。だから今回の作戦には入れなかった」
「まあ、盗賊が官品をくすねるような作戦だからな。史進殿に聞かれたら尻を思いっきり蹴り上げられそうだ」
「しかしうまくいけば、犠牲なく契丹兵十万を無力化できる。ここは恥を忍ぼう。梁山泊騎馬隊の力は、阿列と海陵王の禁軍に注ぐとしよう」
「仕方ねぇ。ここは我慢するか」
呼延凌と秦容は、最後の斥候の報告を待つことにした。