少華山は今、活気に満ちていた。
胡土児(コトジ)が去った後、孔最はまず山のいたるところに、罠を張り巡らせた。麓から砦に続く道を複雑にし、罠を仕掛ける。官軍の攻撃を想定したものの他に、けものを獲るための罠も仕掛けた。そこには猪や鹿、時には熊もかかることがあった。
巨骨は作業中に兎など見つけては、飛礫を器用に当てて獲った。やはり、猟師出身なのかもしれない。けものの捌き方も実に鮮やかだった。相変わらず喋ることはないが、少し表情が変わったような気がする。鹿を見つけて狩ったときは、嬉しそうに飛び跳ねた。
次に大量の矢を作った。鏃はないので、蔓を干したものを、先を尖らせた矢の先に巻き付けた粗末なもので、飛距離もあまり出ないが、それで十分だった。
千人の仲間もよく働いた。兵とは呼ばない。皆同じ想いで集まった仲間だ。あの後、孔最はひとりひとりと話をし、今の決意を語った。半分ほどは去っていくかと思ったが、去る者はなく、むしろ泪する者がいたくらいだ。
調練も一からやり直した。千人を三隊に分け、一日中少華山を駆け回る隊、武器の鍛錬をする隊、罠を仕掛け矢を作成し、食事の用意をする隊。それを日ごとに交替した。過酷な鍛錬だったが、皆、音を上げなかった。孔最も体力の限界まで動き、夜は泥のように眠った。
たまに、けものがよく獲れる日がある。そんな日は調練と作業を休んで、鍋にしたり焼いたりして、みんなでたらふく食った。酒はないがみんなの表情は明るかった。余った肉は密かに街に売りに行き、穀物や雑貨を贖った。
こういう事なんだ、と孔最は思った。替天行道を読んで孔最が感動したのは、ひとりの人間としての生き方、想いだけだった。父が生きていたころ、孔最に替天行道を見せなかったのは、きっとこれを読んだ自分が暴走し、破滅へ奔ることを分かっていたからなのだ。胡土児はきっと、そのことを見抜いたのだ。
孔最は今、志は皆のためにある、と確信している。己ひとりの想いや、生き方に満足したところで、それは志とは言えない。ただの独りよがりと言ってもいい。
以前は、世直しの声を上げ官軍に突撃し死ぬことで、名を残そうとした。そこに千人もの若者を巻き込もうとしたのだ。そう考えるだけで孔最の背筋には冷たいものが走る。
だが今は違う。
皆が理不尽な目に遭わず、働いた分だけ幸せになれる世の中にすること。これが今の自分の志だ。世の中、というのは大きすぎるにしても、邑ひとつ、街ひとつでもいい。そういうものを築きたい。そのために今、少華山の砦を再建しようとしているのだ。
自分がやろうとしていることが、賊ではなく、叛乱だという事がはっきり理解できた。その分冷静に策を練り、実行する道が見えてきたのだ。感情だけで動いたのでは、命を無駄にするだけである。
少華山の整備が終わると、まず少華山の麓にある、華州の軍営を襲った。目的は武器の調達である。
仲間を三百人ほど街に潜ませ、深夜を待って、軍営に一斉に火矢を打ち込んだ。方々で火の手が上がり、軍営はすぐに混乱した。その隙に武器蔵を襲って戟や剣など奪えるだけ奪って逃げた。
巨骨と腕の立つ仲間百人に護衛させることで、追手もことごとく打ち払った。
この奇襲は見事にはまり、犠牲を出すことなく全員撤退させることができた。武器も全員に行き渡らせることができた。
次の日も同じように夜襲をかけた。流石に備えも硬く、大した混乱は起きなかったが、軍営の建物を幾つか破壊し、犠牲を出さないように退いた。
そのような夜襲を三日続けた。それで華州軍には、少華山討伐の機運が高まった。華州の街もにわかに騒然となった。