山道を抜け、原野に出た。そこには仲間たちがすでに魚鱗を組んで待っていた。森に潜んでいた五百も合流している。
はるか向こうに、官軍も陣を敷いて待ち構えている。おそらく森に入っていったのは華州軍千五百だろう。ならば前方の軍は京けい兆府の軍三千五百。この軍を抜けば、華州まで遮る軍はいないはずだ。
孔最の狙いは、華州を占拠することにあった。一時的にしろ、州を一つ占拠し全国に檄を飛ばせば、それに呼応する者が必ず現れる。金国の圧政に苦しむ民は多い。自分と同じ考えを持つものも少なからずいるはずだ。全土に叛乱が、燎原の火のごとくが広がれば、国を揺るがすことができると、孔最は信じていた。
「隊長、もう一息ですな」
山道に駆け込んだ時の仲間が、微笑みながら声をかけてきた。一人で行動している。
「お前、他の魚鱗は?」
「ほかの四人は死んだ。俺は自分の意思で、隊長のそばにいると決めた」
魚鱗の仲間が欠けた時、他の魚鱗と合流することは禁じた。残ったものは、死んだ者の命を背負い、生き抜くことを考えて行動する。
「まだ、身体は動くか?」
孔最が問いかけた。
「正直厳しい。だが目の前の敵を倒さない限り、今までの調練も無駄になる。やるしかない、と思っている」
孔最も同じ気持ちだった。
厳しい調練を経て気付いたことだが、人は体力の限界だと感じたその先にも、まだ力を残している。
疲労で身体が重たくなり、どうしようもなかったものが不意に軽くなり、思い通りに動くのだ。自分がこのような状態になることもあれば、傍にいる仲間がなることもあった。
しかしこの状態を客観的に見て、孔最は危険なものを感じていた。その動きがどこか狂気じみたものに見えたからだ。
仲間がそんな状態になったとき、孔最は殴り倒して気絶させることにしている。そうしなければきっと、死ぬまで動き続けるかもしれない、と思えたからだ。あとから正気に戻ったとき、何も覚えていない者も多かった。
「ああ、そうだ。やるしかない」
しかし例えそんな危険な状態に陥っても、この戦に勝たなければならない。あと一歩なのだ。
「全軍前進。進みながら三段に構える」
孔最が叫ぶ。前を向いて進む仲間たちの姿に、闘志が漲みなぎっている。この仲間たちを、孔最は信じていた。
彼我の距離が詰まる。およそ二里。官軍の兵の表情が見て取れる。その顔が、明らかに動揺しているのが分かった。数では圧倒しているが、背後で燃え盛る少華山、大軍にもひるまず向かってくる我々に、戸惑っているのだ。
ある程度接近したところで、一斉に矢が射かけられてきた。しかし仲間たちは冷静に矢を払ったり、避けたりしている。一定の角度から降ってくる矢は、集中していれば躱すことは難しくない。そのための調練も積んだ。矢を避けながら少しずつ距離を詰めていく。
矢が止み、再び激突が始まった。最初こそ押し込み気味だったが、数で勝る官軍が踏ん張り、徐々に押し返してくる。
「二段目、いけ」
二段目がすかさず一段目と入れ替わり、突っ込んでいく。戦力で劣る我々が勝つには、とにかく攻め続ける事だった。一段目は三段目の後ろに退がりながら息を整える。
「隊長、敵さん、なかなか硬いぜ。指揮もしっかりしている」
敵は一枚の魚鱗に対して十人以上で突っ込んできて、一人、二人と仲間を倒して退いていく、という事を繰り返していた。大軍の利を十分に生かした戦法だった。
「くそ、みていろ」
三段目にいた孔最は、二段目と入れ替わりながら、勢いをつけ突っ込んだ。跳躍して敵の中に躍り込み、竜巻のごとく剣を振るう。敵がひるんだところを仲間が突っ込む。
しかし敵はあまり乱れることなく、孔最に無数の戟を向けてきた。仲間たちがその戟を払い、孔最を自陣に引き戻す。戦いは、少しずつ官軍に押され始めた。
「よし、今だ」
孔最は、剣を頭上で振るった。
百人の仲間が、一斉に丘の陰から戦場へ躍り出てきた。先頭は巨骨である。率いている百人は千人の仲間の中でも、最も腕の立つものを選んであった。この百名で敵陣を横から分断し、全軍で突撃すれば、敵を潰走させられるはずだ。孔最は気を溜めた。
しかし敵陣の後方より、騎馬隊が即応に出てきた。百騎ほどか。騎馬隊は巨骨の隊に突撃していく。巨骨が翻弄され、動きが止まった。孔最は拳を握り締め、唇を噛んだ。
「隊長、まずい、仲間が押され始めた」
官軍が少しずつ勢いづき、仲間が攻撃を弾くので手いっぱいで押されている。
「ここは一旦退がろう。隊長、このままじゃ全滅だ」
仲間が叫んだ。孔最はそいつの頭をはたいた。
「馬鹿野郎、退がるったってもう少華山は焼けたのだぞ。俺たちに帰る場所はない。気を入れろ。前に進むんだ」
孔最はこの事態を想定していなかったことを悔いた。信じて進むことだけを考えていた。このまま力ずくで進むか、一旦隊を散らせて再起を図るか、判断できずにいた。
孔最の心が、わなないた。