二枚の地図は、日本から中華、西域まで描かれた広大な地図で、そこには交易路や輸送路がびっしりと記されていた。
「こちらの地図には、梁山泊が健在だったころの、主な交易路が記されています。梁山泊と敵対する以前は、金国内を通って交易をおこなっていました。従ってその物の流れも、我が国は把握しております。梁山泊はまず日本の十三湊で金と昆布を入手し、沙門島へ運びます。そこから昆布は長江流域へ運び、金は陸路で西域へ運ばれ、それぞれ銀とその土地の物産に替わります。その銀を使って、中華の物産を日本や西域に運び莫大な利を上げていたのです」
析律が地図の上を、東西に沿って指でなぞった。
「それは俺も把握している。梁山泊の物資が金国内を通過することを、認めてもいた」
「梁山泊の交易隊は、我が国や西域の途上にある西夏を通過する際、通行料を支払っておりました。西夏に至っては、その通行料で国家の財政の多くを賄うほどの額でした。この事でも、梁山泊がどれほどの経済力があったかが窺えます」
「それを梁山泊は、いともたやすく消滅させたというのか」
「いえ、消えてはおりません。こちらの地図には、ここ半年の金国内の物資の流れが記されています。国外の情報はありませんが、国内を金、香料などの物資が、東から西に流れているのが分かります」
地図には金や香料、青磁器と言った交易品の名が多く書き込まれている。
「たしかに。しかしこちらの地図の交易路の線が、小間切れに書かれているのはなんだ?」
「よく気付かれました、陛下。この線の長さは一人の商人が運んだ距離を表しております。つまり金や香料などの交易品は、多くの商人の手によって東から西に運ばれているのです。逆に西域で手に入れたであろう銀や物産は、東に流れています」
海陵王が地図に見入った。確かに大きな流れとして、梁山泊が健在だったころと、物資の流れに大きな変化はないように思える。
「これらの物資の流れは比較的規模の大きいものです。これらはさらに細分化され、各地に消えていくのでしょう。これは莫大な利が、中華のどこかへ消えて行っている、という事を意味します」
「その利の行きつく場所が、消えたはずの轟交賈、と言いたいのか、丞相。それに何故、このような多くの商人を介して荷を運ばせる必要がある?運ぶ商人が多ければその分利が削られるのではないか?」
「それはおそらく、轟交賈の存在を隠す為でしょう。商人の何割かは轟交賈が関わっているでしょうが、おそらく轟交賈という名すら知らずに、荷を運んでいる商人も多いはずです。ですから我々も国として、今までその存在に気づくことができなかったのです」
「そうまでして、簫炫材は何をしようとしているのだ?」
「それはわかりません。ですが国家を運営するほどの経済力を持った者が、この中華に潜んでいるという事実は見過ごせません。気づいたら何万もの兵が目の前に現れても、おかしくはないのです」
海陵王の表情が、だんだん険しくなっていく。
「梁山泊の残党がこそこそと軍を動かしているというのも、轟交賈の力がその背景にある、というのだな」
「はい、そしてわれらの南進を妨害しようとしていると思われます」
海陵王が、突然卓を叩いて立ち上がった。
「許せん。直ちに簫炫材の所在を掴み、捕らえて処断しろ。梁山泊の残党どもも、大軍を差し向け潰すのだ」
「陛下、それは容易ではありません。五年も前からこのような思想を持っていたとしたら、そう簡単に所在が割れるような隠れ方はしないでしょう。この中華は広いのです。身を隠す場所はいくらでもあり、人の海に紛れれば城郭にだって容易に入ることもできるでしょう」
「では、では何か策を示せ、丞相」
海陵王の口ぶりが、荒々しいものになっていった。
「はい、こちらはあえて行軍路を明らかにし、まるで巡遊の如く煌びやかに行軍します。梁山泊が南進の妨害を企んでいるなら、どこかで必ず襲ってきます。そこを叩くのです」
「ふん、策とも呼べぬものだが、それでよかろう。丞相の考えで行けば、胡土児(コトジ)も姿を現すのであろう。今度こそ奴の首を獲る」
海陵王は胡土児の名を自ら出した途端、落ち着きがなくなり、視線を泳がせた。胡土児の存在をそれほどに恐れているのだろうか。
「陛下はやはり、胡土児が帝位を簒奪することを恐れておいでですか?」
析律は意を決して言った。海陵王がこれほど胡土児の首にこだわる理由、析律にはそれしか考えつかなかった。