羅辰の睨んだ通りだった。造船所の作業には罪人が充てられていた。
その数はおよそ千人。罪人は簡易的に建てられた獄舎で寝泊まりし、夜明けから日没まで作業する。常に戟を持った兵士の監視が着き、獄舎に戻る際には一人一人身体検査も行っていた。
湖岸と造船所の往来は頻繁にあり、主に兵が乗っていた。おそらく一定の期間で水軍の調練する部隊が入れ替わっている様だ。島には常に五千程の兵がいて、連日梁山湖で操船の調練を行っている。
候真は羅辰と共に造船所に潜伏し、内情をつぶさに偵察していた。
梁山湖に浮かぶこの島はかつて、梁山泊が湖賽を築き、長きにわたり宋と戦ってきた拠点だった。
島の北と東は絶壁に囲まれ、西と南は比較的なだらかな丘陵地帯が広がる。
島の頂上一帯は森が広がっており、湧き水も豊富にある。
西側には平地もあり、かつては牧や畑があったが、今は造船のための板が山と積まれている。板は他に南側、東側の山の上にも積まれている。造船の作業場は南側にいくつも建設され、今も船が建造されている。
兵舎は南の桟橋から頂上に向かって建ち並び、獄舎は東側の岩場に粗末な小屋が所狭しと建ち、周囲を柵で囲われている。島から対岸までは、一晩泳げば辿り着くことができるため、夜中も哨戒の兵が警備している。
候真は致死軍の頭領として各地を渡り歩いたため、この湖寨にいた期間は短いが、それでもこの島の地形は熟知していた。梁山湖に対する警備体制を知れば、潜入すること自体はさほど困難なことではなかった。頂上周辺の森の中に小屋を建て、最低限の生活物資と、例の燃える綱も大量に運び込んである。この辺りには兵も立ち入ってはこない
この造船所を、焼く。
羅辰の言葉を、初め候真は真に受けなかった。確かにこの燃える綱があれば、離れたところからでも火はつけられるだろうが、燃え広がる前に発見され消火されるだろう。それに縄を張り巡らせるにも、警備兵の哨戒の眼をかいくぐらなければならない。
かつて致死軍が、宋の造船所を焼き討ちしたことが幾度かあったが、その時は百から百五十名もの決死隊が油を持ち込み潜入、走りながら次々と油を撒き火を着ける、という事をして、初めて火は消し止められないほどに大きくなった。
造船所は燃え尽きたが、それで生き残った者は二割にも満たなかった。指揮官も大概は死んだ。羅辰は前回、その指揮を執って、その危険を十分理解しているはずだ。
それが今回は、たった二人なのだ。
「おい候真、見えるか、あいつだ」
森の陰から作業場を窺っていた羅辰が、遠くで作業をしている男を指さして言った。候真が背後から目を細めてのぞき込む。
「あの浅黒い大男か」
「そうだ。あいつがおそらく罪人の兄貴分だろう。あいつに近づくんだ」
羅辰は、罪人の反乱を画策していた。罪人が騒ぎを起こし、その隙に火を着けるという。羅辰は熱心に罪人を観察し続け、めぼしい人間を探していた。
「なぜあいつが兄貴分だと分かる?」
候真は半ば呆れながら、このところ羅辰のやっていることを見ていた。
「牢獄というものは、必ず牢内を仕切りたがる奴がいるものだ。人の上に立ちたがるのは、人間の性というものだ。それが牢獄という狭い世界ならばなおさらだ。作業が終わると、罪人どもは自然とあいつのもとに集まっていくし、作業中もすれ違う時などは、あいつに頭を下げる」
「なるほどな。で、どうやって近づけというのだ」
羅辰はおもむろに鞄から衣服を取り出して、地面に放った。