「奴らと同じ作業着を用意した。これを着て作業場に潜り込め。作業員の点呼は朝夕と、飯の後だけだ。作業中なら潜り込めるはずだ。休憩中でも見計らって声を掛けろ」
候真は服を拾って広げてみた。もうすでに擦り切れて襤褸に近く、異臭もした。
「お前これ、捨てられているのを拾ってきただけだろう。それに何故こんなこと俺がやらねばならん」
「馬鹿かお前、俺の面体では目立ちすぎるだろう。人生にくたびれたような顔をしているお前なら、この任務に適任だ」
いろいろ言い返すのも面倒になった候真は、黙ってその襤褸を身にまとった。体中から異臭が立ち込め、頭がくらくらした。そして羅辰が候真の手に何か握らせてきた。
「これでも握らせれば、話くらいは聞いてくれるだろう」
候真が手を開くと、銀が三粒、手の平に載っていた。
「この銀も拾ったのか?」
「これは致死軍の副隊長だったころの給金だ。俺は昔から銭に頓着がなかったからな。銀ならいくらでもある」
確かに羅辰は昔から妻帯もせず、致死軍の任務に没頭し、楽しんでいる傾向があった。その性格を危惧して、公孫勝は羅辰に候真暗殺の任務を与えたのだった。
「まあいい、行ってくる」
候真は物憂さに腰を上げ、森を出て作業場に下りていった。
兵の監視はあるが、緊張感はあまり感じられなかった。監視の兵も定期的に入れ替わり、罪人の顔も一人一人までは覚えていないだろう。
あたりに気を配りながら、作業場に潜り込んだ。ここでは板を太平車に乗せ、造船施設まで運んでいる様だ。作業する罪人に覇気もなく、うなだれながら黙々と板を太平車に積んでいる。候真もそれに倣って、顔を伏せ、板を運び出しながら周囲を窺った。
浅黒い大男。いた。
その男だけは威勢よく板を一度に二枚担ぎ、豪快に太平車に放り込んでいた。候真は気付かれないように、その男のそばで作業を続け、接近する機を窺った。
「小休止」
しばらく作業すると、近くにいた兵が声を上げた。罪人たちが力なく、地面に腰を下ろしていく。大男は一度伸びをし、腕をぐるぐる回してから、近くの岩へどかりと座り汗を拭き始めた。
候真はゆっくりと大男に近づき、そっと隣に腰を下ろした。
「おい、お前。これで少し話をしないか」
候真が小声で声をかけ、兵から見えないように、手のひらの銀を大男に見せた。大男の眼が剥き、手のひらと候真の顔に、交互に目を向けた。
しばらくすると大男の手が、銀に向かって伸びてきた。
しかしその手は銀ではなく、候真の首を掴んだ。手に力が籠められ、候真は銀を落とした。
大男はそのままゆっくり立ち上がり、候真を宙へと持ち上げた。候真のつま先が地から離れ、揺れた。候真は大男の手を解こうと掴むが、視界が徐々に暗転していく。
「俺を、その辺の小役人と一緒にしやがって。お前、曲者だな。ならばここで死ね」
さらに手に力が加わり、首の骨が軋む音が聞こえた。力が入らなくなり、意識が遠のいていく。
「おい、そこで何をしている」
一人の兵が叫び、駆け寄ってきた。大男が手を放し、候真は地面に落ちた。候真は咄嗟に地面にうずくまった。
「またお前か、馬来(ばらい)。今度騒ぎを起こしたら独房行きだと言ったはずだぞ」
「なに、こいつが食堂からくすねた肉を慌てて喰って、喉に詰まらせたのだ。それを取ってやったまでさ」
「誰だ、そいつは」
兵が候真を足で蹴転がし、顔を覗き込んできた。候真は慌てて手で顔を隠した。
「まあいいじゃねぇか」
馬来と呼ばれた男は兵の肩を押し、落ちていた銀を拾って兵に握らせた。
「ほら、これで見なかったことにしてくれ」
兵は握らされた銀を見て、辺りを気にしながら懐に入れた。
「もう騒ぎを起こすなよ」
そう言って兵は持ち場に戻っていった。候真は身体を起こすと、咳払いをして首を動かした。骨に異常はないようだ。
「おい、俺を殺すんじゃなかったのか」
候真は、馬来を見上げていった。
「気が変わった。こんなところに忍び込んでくるんだ。なにか面白い話なんだろう?聞いてやってもいいぞ」
「勝手な野郎だ。ここでいいのか?」
「ここはまずい。もうすぐ休憩も終わる。あそこの崖の出っ張ったところにある小屋が見えるだろう。あそこに夜中忍び込んで来い。お前なら容易たやすいだろう」
馬来は遠くの崖を指さして言った。あそこが獄舎なのだろう。
「分かった。夜中に忍び込もう。俺の名は候真という。じゃあな、馬来」
馬来は、おう、と返事をして笑った。
候真は去り際、馬来の首を手で引っかけて足を払った。馬来の巨体が派手に一回転して、背中から地面に落ちた。
「てめえ」
馬来が、声を漏らした。
「さっきの喉輪と銀のお礼だ。釣りはとっとけ」
候真がそう言うと、馬来ははっとして、大声で笑い転げた。候真はもう馬来を振り返らず、物陰に隠れると気配を殺した。