日が暮れると、罪人たちが列をなし獄舎の方へ戻っていった。千もの人数なので、監視の兵もかなりの数だった。兵は皆戟を構え、罪人の挙動に目を光らせている。
獄舎は東の岩場に並んでいるが、馬来の指定した小屋はそこから少し隔離されているように見える。先程の兵の言い方からすれば、馬来はたびたび騒ぎを起こし、目をつけられているのだろう。
候真は草むらに寝転がって、深夜を待った。今日見た罪人たちの働きぶりを見ると、おそらく作業に対する恩赦は無いのだろう。南宋の造船所も罪人を使って造船していたが、罪人は船に使う板を一枚削るごとに、刑期が十日減免される、という措置を取っていた。
罪人に対する恩赦がないのであれば、不満も募らせているだろう。そこに付け入る隙はあるかもしれない。
しかしあの馬来という男、恩赦がないのだとしても、作業に精を出していた。それに目先の銀にも関心を示さない。候真は馬来にかすかな関心を抱きながら、少し微睡んだ。
島の東側、崖の下に候真は立っていた。ここは島の中でも最も急峻な崖だ。馬来の獄舎はここを登った近くにある。登るといっても、見上げればめまいがするほどの高さの崖であるため、柵もなければ篝もない。潜入にはうってつけといえた。幸い月明りもあり、岩肌はよく見えている。
かつて致死軍の隊長に、樊瑞(はんずい)という人がいた。項充、李袞(りこん)というと友と共に私兵を率いて、邑から盗賊を守る傭兵を生業としていた。
魯俊義の身元が宋に割れ、追われているところを助けたのが切っ掛けで、三人で梁山泊に入山した。
しかし、直後の戦で李袞が戦死する。李袞の死を受け、樊瑞は人の死について深く考えるようになり、その答えを見つけるために、この崖を何度も登ったという。一つ間違えれば死、という状況で、樊瑞は死というものを理解しようとしたのだ。
命綱など付けず、何度も崖を上り下りする樊瑞を見て、人々は彼を遠ざけた。
そんな樊瑞を見て、公孫勝は樊瑞を致死軍の指揮官にした。梁山泊の志の為なら暗殺をも辞さない致死軍は、樊瑞のような死生観に思いを巡らせる者を必要としていた。志の為なら闇の中で、名すら残すことなく死んでいくことを厭わない者。捕虜となることを防ぐため、身動きの取れなくなった味方に、ためらいなく止めを刺すことができる者。
候真が致死軍を受け継いだ時、好きな致死軍を作れと公孫勝から言われた。
候真は致死軍のそのような性質を理解したうえで、僅かでも人間味の部分を残した致死軍を作りたいと思った。いかに任務が過酷でも、名もなく死ぬ、というのはあまりにも哀しい。誰か一人でも死んだ者の名を覚えていてもいいのではないか、そう思ったのだ。
候真もこの崖は何度も上り下りした。致死軍の隊長として、樊瑞の想いを少しでも理解しようとしたのだ。
公孫勝は死を、古い友の来訪、と言っていた。樊瑞は死を、運命の訪れと言っていたそうだ。そして暗殺とは、その生死の分かれ目に立つ者の、背中を押すことだと。
生きる運命にある者の暗殺は失敗する。樊瑞は青蓮寺の総帥、袁明の暗殺に失敗し、死んだ。
この岩を何度も往復したが、結局候真には死について何も理解することができなかった。
生きるために何をすべきか、という事にはいくらでも想いを巡らせることができる。そしてそれが生というものに対して、はっきりと正しいことであるとも感じることができる。
しかし公孫勝の言も、樊瑞の言も、死というものに対して、そう言う表現もあり得る、という事は理解できても、それが絶対的に正しい答えだと、感じることができなかった。
候真はそれでいい、と思っていた。あやふやなものにいつまでも思いを巡らせるよりも、例えばこの崖を確実に登りきるための、体力や技術を身に付ける。目の前の敵を倒すための強さを身に付ける。それが生に結びつく事は確かなことである。その事実だけでよかった。
暗殺は人の命を終わらせる。それが梁山泊という組織を生きながらえさせることに必要ならためらう事はない。候真はそう思い定めていた。
梁山泊はもう消滅してはいるが、それに関わった者は皆生きている。今生きているもののために、何かできることを懸命に努力することを、候真は惜しもうとは思わなかった。
この造船所の焼き打ちも、羅辰のために、やってみようという気になった。燃える綱を考案し、あれだけの量を作ったのだ。その想いの熱さは十分に伝わってくる。熱意に従い行動することは、必ず意味のあることだと、候真は思っていた。
候真は岩に手を掛けた。この感触は忘れない。この岩には樊瑞の想いが沁みついているからだ。
崖を登り切った候真は、辺りの気配を探った。岩場の地形の為、粗末な小屋が所狭しと建てられている。罪人たちの獄舎のようだが、皆寝静まっている様だ。所々行灯を持った兵士が巡回しているが、見つかることはないだろう。
候真は馬来の獄舎の張り付き、軽く戸を叩いた。