「候真か、入れ」
馬来の声、候真がするりと小屋に入る。小屋の中は真っ暗だが、人の気配が五人、いや六人か、車座になって座っている様だ。致死軍では、暗闇でもある程度周りの状況が分かるように訓練されている。
「候真、どうやってきた?」
「そこの崖を登って。それより馬来、こいつらはなんだ」
候真が小声で言った。
「ここにいる五人は、千いる罪人をまとめている。一応俺が長、ということになっているが、もめ事なんかが起きた時は、この五人の合議で解決する。俺はこいつらを信頼している。心配はいらん」
五人は黙って、候真に意識を向けている。暗闇でもちょっとした息遣いや、空気の流れなどで、傍にいる人間の感情や行動を把握する。
それにしても罪人が、獄内で長だの合議だなど滑稽ではあったが、あえて口にはしなかった。
「それを信じろというのか?」
「まあ候真、そう硬くなるな。罪人の言を信じろというのもおかしいが、俺は日頃から信義は大切にしたいと思っている。それにお前のことをこいつらに話したら、面白そうだから話を聞こう、てなっただけだ。ここの生活はつまらん。お前は島の外から来たんだろう?この小屋は少し離れている。ちょっとくらい声を出してもかまわんさ。見回りも灯りが見えるからすぐわかるしな」
確かにこの小屋の壁板には隙間があり、月の灯りが所々漏れている。誰かが近づけばすぐにわかるだろう。
「まず聞いておきたい。お前たちは何故、こんなところで働かされている。罪人と言ったが元は別の牢にいたのか?」
候真が言った。一同が馬来の方を向いた。
「俺たちは一年ほど前に、金国内あらゆる場所の牢から移送されてきた。話を聞くと皆出身地も罪状も様々だった。どうしようもない極悪人もいたが、多くは盗みや喧嘩など罪の軽いものだった。俺たちが兵士に移送の理由を尋ねても、答えてはくれなかったのだ」
「それで不満は起きないのか?明らかに罪と罰の釣り合いが取れていない」
「当初は騒ぎ立てたり、兵に怒鳴り散らしたりする者もいた。しかしそいつらは兵に連行され、帰ってこなかった。おそらくは消されたんだろう。次第に不満を口にする奴はいなくなった」
「それで大人しく、一年も働いていたというわけか」
馬来はまっすぐ候真の方を向いていた。他のものはうつむいている。
「ここの待遇は、他の牢より格段にいい。飯もうまいし十日に一度は肉も出る。俺たちに対する兵士の扱いも、酷いものではない。真面目に作業すれば理不尽な思いをすることはないし、たまに兵士と談笑をすることもある」
金国は罪人の労働力を引き出すために、待遇を良くして不満を押さえている、という事なのだろう。作業の様子を見ると、馬来はともかく、他の罪人たちはすっかり骨抜きにされている。
「おい候真、お前なら知っているだろう。ここは一体どこなんだ。気候からすると河北省あたりのようだが」
「ここがどこかもわからず働いていたのか。いいだろう教えてやる。ここは梁山湖。かつて梁山泊が湖寨を築いて、宋に抵抗していた場所だ。金はここに造船所を建設し、水軍を作った。南宋に攻め入るためだ」
一同が、候真を見た。
「お前たちは、金が安く戦艦を作るための労働力として、利用されているのだ」
馬来が目をつむった。他の者は無反応のようだ。あまり関心がないのか。
「なるほどな。まあ、それを知ったところで、何がどうなるわけでもないがな。ここの生活にも皆慣れ、このところ大きな騒ぎも起きていない」
馬来は落ち着いている。それを見て他の者も声を上げず落ち着こうとしているようだ。
「何を悠長なことを言っている馬来、今上の海陵王がどういう男か知っているだろう。奴は水軍が完成し、この造船所が不要になれば、お前たちは皆殺しにする腹かもしれんのだぞ」
「なに?」
馬来が、顔をあげた。
「今、梁山湖周辺は、厳重な警備体制が常に敷かれている。つまりこの造船所や水軍の存在は軍事機密なのだ。そこで働くお前たちを、生かしてここから出すわけがなかろう。不要になったら処断するまでだ」
「おい、候真。その話に何か確証はあるのか。いい加減なことを言うと俺が許さんぞ」
「確証などあるものか。しかし、すでに水軍が完成間近なことと、戦が近いことは確かだ。その後、ここがどのような扱いになるかは、分からんぞ」
「なぜお前は、そのことを知っている?戦がある事こそ、国の機密ではないのか?」
馬来はなかなか頭の回る男のようだ。状況を把握する力も、腕っぷしもある。こちらに引き込めば、かなり役に立つはずだと、候真は思った。