「この造船所を焼くための道具は用意してある。お前たちが騒ぎを起こせば、よりやりやすくなるのだ。お前たちがここを脱出出来たら、とにかく沖に泳げ。拾い上げるための船は俺が手配する」
「そっちの手勢は?」
「二人だ」
「なんだと」
一人が腰を上げながら言った。そしてさらに何か言おうとしたが、馬来が手で制した。
「俺たちが騒ぎを起こす。お前が二人で造船所に火を着ける。千人でここを脱出し沖まで泳ぐ。本当にできると思うか?失敗すれば、俺たちは処断されるのだぞ」
「お前たちがやらなくても、俺は二人でやるつもりだ」
「二人だけで何ができる」
「二人だから、できることもある」
「大した自信だな。お前らが勝手にやって、造船所が燃えたら俺たちはここを出ることにしようか」
馬来が、にやりと笑ったような気がした。
「その場合、助け船は出さんぞ」
「いらねえな。対岸まで泳ぐのに造作はねぇ。対岸はうっすらと見えているからな」
「お前はいいかもしれんが、他の千人はどうかな。お前ひとりが助かればいいような口ぶりだぞ」
「候真、お前は俺たちに命を懸けろと言っている。お前の条件は、俺たちを対岸まで運ぶことか?それが命を懸けたものに対する対価として、釣り合うのか?」
「交渉か、いいだろう。脱出した者は安全な場所まで移送する。そして相応の銀を払おう。身を隠し、生活できるようになるまでの額をな」
「また銀か、なんでも銭で解決できると思っているのか、この薄汚い人買いめ」
人買い、という言葉が候真の心に引っ掛かった。
「薄汚い銀でも、無いよりはいいだろう?お前たちは無一文なのだぞ」
「俺は誠意のことを言っている。罪人だろうが命を懸けて共に事を成すのだ。手元に銭だけが残るのも、むなしいとは思わないのか?」
「では、何が望みだ」
「それはお前で考えろ。お前が持ってきた話だ。それでやるかやらないかは、別の話だがな」
「相変わらず勝手なやつだ。お前みたいな面倒な奴は初めてだ」
候真はそう言うと、目をつむって考えた。馬来はともかく、他の者は戦闘をすることもできないだろう。それにここにいる連中は、ここの生活に不満はあまりないようだ。ここを出るために、あえて危険を冒すような真似をするだろうか。ならば説得することは難しいだろう。
しかし候真には、ここにいる者たちが海陵王に処断されることを、想いとして受け入れる事が出来なかった。
「どうした候真。出す条件がないならさっさと消えろ」
候真は、ゆっくり眼を開いた。
「生き甲斐、というのはどうだ?」
「なに?どういうことだ」
「お前たちは不幸にもこんなところで働かされている。おそらく死ぬまでな。それでいいのか?たとえ労役が終わって、ここを出ることができたとしても、金の国内では重税と懲役が待っている。どの道苦しい生活しか待っていない」
「何が言いたい」
「金の支配の及ばない国に連れて行ってやろう、と言っているのだ。なに、そこは少しばかり暑いが食い物には困らんし、個々の才に応じて仕事もできる。農家でもいいが、手先が器用なら革細工を作る仕事や、商売の才があるなら店も出せる。腕に自信があるなら兵士になってもいい。料理を学んで食堂を出すこともできる。税はもちろんあるが、暮らし向きは悪くないはずだ。自由で己の才を使って生きていける国だ」
「ふざけるな。そんな国があるわけなかろう」
「あるさ。その国は小梁山という。そこは開拓地だ、もし小梁山に辿り着ければ、千人程度なら問題なく受け入れてくれるはずだ」
馬来が少し唸って腕を組んだ。他の者も少しざわついている。
ここの罪人はおそらく、自由という発想を知らないはずだ。重税に徴兵、労役。そんな中で今まで生きてきたのだ。自分の思い通りに生きていくことなど、考えたこともないはずだ。その自由な世界を知れば、きっと戦う気力も湧いてくるだろうと、候真は踏んだ。