「まずい、囲まれている」
馬来が低く呟いた。
およそ十人。候真は、気配からそう判断した。小屋を取り囲むようにしている。灯りをつけずに忍び寄ってきたのだろう。そんな雑な気配もつかめない程、自分の気が乱れていたことに、候真は苦笑した。
候真は、ゆっくり戸に向かって歩いた。慌てて一人が近寄って肩をつかんでくる。
「待て、お前が見つかるとまずい」
その男が、耳元で呟いた。
「罪人は罪人らしく、隅で震えていろ」
候真は男の手を振り払い、戸を開けて表に出た。外には兵士が二人、一人が候真を見て驚き、槍を突き付けてきた。槍を持つ手が緊張している。
候真は口金の部分を掴み、軽くひねると兵士はその場で一回転し、頭を地面に打ち付け気を失った。そして掴んだ槍の石突きでもう一人の眉間を突くと、その兵士は頽れた。
候真は槍を、無造作に捨てた。
そのまま壁伝いに歩を進め、角を曲がったところで三人の兵士が小屋に向かって叫んでいるのが見えた。一人に近づき、首に肘を当て倒した。他の二人が候真に気づき、狼狽えた。
候真はすかさず身を低くし踏み込み、一人の脾腹を突き、その勢いのままもう一人の鳩尾に指先をめり込ませた。二人が、同時に膝を折った。
俺は一体、何をしているのか。罪人相手に涙まで流して喚いている。そんな自分が信じられなかった。戦わない、という選択を安易にする罪人に腹が立ったのだろうか。
致死軍の隊長として、長く暗闘に身を置いた。生きるか死ぬかの境目に、幾度となく立った。今も生きているのは、僥倖と言っていい。父親が無残な殺され方をし、復讐の念を燃やし、燕青と武松の地獄の鍛錬に耐え、体術を身に付けた。そんな闘いの人生がそうさせたのか。
もう一つ角を曲がると兵士が二人、槍で小屋の壁を小突いていた。本気で小屋を破壊しようというのではなく、ただ遊んでいるだけのようにも見え、候真は怒りが込み上げてきた。
「おい、罪人苛めは面白いのか?」
候真は、背後から声をかけると跳躍した。驚いて振り返った兵士が怪訝そうな表情を浮かべる。候真は着地と同時に二人の脳天に鉄槌を食らわせた。二人は白目を剝いて、倒れた。
「兵士苛めは、面白くはないな」
候真は槍を拾うと、小屋の角へ向かった。
「おい、大丈夫か?」
兵士の叫び声が聞こえる。最初に倒した兵が見つかったのか。候真が角を曲がると、二人の兵士がしゃがんで、倒れた兵士に声をかけていた。候真は二人の頭の間に槍を差し込み、左右に撓らせた。槍は二人の首筋を打ち、二人は左右に弾けて倒れた。候真は、槍を放った。
「これで全部か」
気配が消えたのを感じたのか、罪人たちが恐る恐る小屋から出てきた。馬来も後ろにいる。皆、倒れている兵士をみて驚いている様だ。
「お前が、やったのか?」
一人が声をかけてきた。
「こいつらはいきなり気を失った。目が覚めても、おそらく何も覚えてはいまい」
候真は罪人たちの方は振り返らず、崖へ向かって歩き出した。
「待て、候真」
後ろから、馬来が呼び止めてきた。
「なぜ、お前は戦うのだ。こんな所を焼いても何もならんだろう。なぜそんなことに命を懸けられる」
馬来の声には、迷いなのか恐れなのか分からない、重い響きがあった。
「誇り。決して穢されてはならない、誇りだ」
候真は、崖に向かって駆けた。
「俺には、俺には分からん」
候真は叫ぶ馬来を無視して、崖を飛び降りた。岩の出っ張りに何度か足を着き、そのまま梁山湖に飛び込んだ。
梁山湖の水は、はじめ候真を激しく打ち、やがて候真を優しく包み込んだ。