ホロライブ短編集2   作:夏目陽光

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引力とスイカと、引き気味の星

「あっちぃぃぃぃぃ!!! 待って、マジで足の裏が限界突破してるにぇ! 砂浜がガチのフライパンじゃん! 炭火焼き鳥になる、みこち焼き鳥になっちゃうにぇ!!」

 

ピンク色のツインテールを激しく上下に揺らし、桜の髪飾りを弾き飛ばさんばかりの勢いで、みこちは爪先立ちのまま砂の上を跳ね回った。

 

今日の水着は、配信前から本人が一生懸命選んだセレクトで、巫女服をモチーフにした赤と白のセパレート。胸元のフリルも和風のパレオも、決して悪くはなかった。

 

しかし、直射日光のあまりの強さにビビったせいで、上から無理やり私物のよれよれたグレーの芋ジャージを羽織り込んでいる。足元は、歩くたびに砂を盛大に撥ね上げる絶望的に歩きづらい安物のビーチサンダル。防衛本能を最優先して動いたせいで、夏スタイルは完全に不審者と化していた。

 

「ちょっとみこち、最初から騒がしすぎ。うるさい。あとそのジャージ何? せっかくの海なんだから、もうちょっと小綺麗にしなよ。脱ぎなよそれ、見てるこっちが暑苦しいんだけど」

 

隣でストローハットの鍔を指先で不機嫌そうに弾いたのは、星街すいせいだ。

すいせいの水着は、みこちの迷走っぷりとは対照的に非常にシンプルだった。深夜の宇宙を思わせる、深いネイビーブルーのスポーティーなビキニ。その上から、黒のシースルー素材のラッシュガードをラフに羽織っている。首元にはいつもの星型チョーカー。タイトな青い髪が強い潮風にバサバサと吹かれていた。

 

スタイル自体はすらりとしていて綺麗だが、本人の佇まいは完全に夏の暑さにガチでブチ切れかけているインドア派の不機嫌そのものだった。

 

「脱げるわけないでしょ! すいちゃんは冷え性だからこの砂の殺意が分かんないんだにぇ! 今のみこの足の裏、絶対にミディアムレアを通り越してウェルダンだから! ほら、よく見てよ!」

 

「見ないよ、汚い。ていうか、あんたが海でスイカ割りしなきゃ夏は始まらないにぇとか言うからわざわざ来てあげたんでしょ。ほら、さっさとやるよ。すいちゃん、もうすでにエアコンの効いた部屋に帰りたい。ゲームしたい」

 

「冷てぇなぁ! せっかくみこがこの日のために、特大のスイカを自腹で用意したんだから、もっとこう、テンション上げていこうよ!」

 

みこちが不満げに口を尖らせて指さした先、ビーチパラソルのわずかな日陰に、見事な縞模様の特大スイカがポツンと置かれていた。

 

「お、思ったよりちゃんとしたスイカじゃん。……で、普通に割るの? つまんなくない?」

 

「ふふん、そこでこのエリート巫女の出番だにぇ。ただのスイカ割りじゃ面白くないから、目隠しをして、相手の指示だけでスイカにたどり着く勝負をするにぇ! 早く割れた方の勝ち! 負けた方は、今日の帰りの晩御飯を全額おごる!」

 

「あ、いいよ。すいちゃん、高い肉一択ね。ごちそうさまでーす」

 

「まだみこが負けると決まったわけじゃないにぇ!! おい星街、見てろよ!」

 

みこちは全力で砂を踏みしめて地団駄を踏んだ。すいせいはそれを見てパンパンと手を叩いて大爆笑している。

 

「じゃ、まずはみこちからね。はい、これ付けな」

 

すいせいが雑にみこちの顔面に押し付けたのは、黒地にピンク色で三五とデカデカと書かれたアイマスクだった。

 

「ぶふっ!? 鼻が潰れるにぇ! ちょっとすいちゃん、扱いが雑!!」

 

「はいはい、動かない。……よし、これで視界はゼロね。じゃあ、その場で五回転。はい、いーち、にー、さーん、しー、ごー。ストップ」

 

みこちは両手でトゲトゲのついたビニール製のおもちゃのバットをぎゅっと握りしめ、ふらふらと足元をよろめかせた。

 

真っ暗な視界。

 

「うわ、待って、マジでどっちが前か分からん。すいちゃん、みこは今どこ向いてる?」

 

「んー、完全に海の方向。そのまま真っ直ぐ進むと、ジャージ着たまま溺れてニュースになるね」

 

「縁起でもないこと言うなだにぇ! 右? 左? どっちに行けばいいの!?」

 

「じゃあ、右に少し向いて。あ、行きすぎ。ちょっと戻して……そう、そこ。そのまま真っ直ぐ十歩ダッシュ!」

 

すいせいの指示は、完全にトーンの低いガチの嫌がらせだった。みこちは、ちゅ、ちゅ、ちゅ、と足取り重く前進を始める。

 

「1、2、3……待って、なんか足元が急にひんやりっていうか、濡れてない? すいちゃん、これ本当に合ってる!?」

 

「合ってる合ってる。気のせい。早く行きなよ」

 

「4……ご、ご……って、冷たっ!!! これガチの波じゃん!!! おい星街ぃぃぃ!!」

 

ザザーン、と中規模の波がみこちの足首を直撃した。芋ジャージの裾が水を吸って派手に濡れていく。

 

「ひゃはははは! ガチで引っかかった! バカだなぁみこちは! 幼稚園児並みに騙しやすいじゃん!」

 

「だましたにぇーーー!!! すいちゃん、マジで性格悪いだにぇ!? みこをハメて喜ぶな!!」

 

すいせいは砂浜に膝をついて、手を叩きながらゲラゲラと笑い転げている。みこちはアイマスクを乱暴に引っぺがし、砂まみれになった足を交互にバタつかせながら、ガチのトーンで文句を垂れていた。

 

「マジで最悪だにぇ……ジャージが吸水して重いんだけど。次、すいちゃんの番だからね! 容赦しないからな!」

 

バトンタッチとなり、すいせいがアイマスクを装着した。すいせいは目元が隠れても涼しい顔を崩さなかったが、その手に握られたのは、なぜかみこちが護身用としてキャリーバッグに積んでいたガチの木刀だった。

 

「よし、みこち。すいちゃんは耳が良いからね。変な嘘ついたら、この木刀がどこに振り下ろされるか分からないよ」

 

「なんでそれ持ってんの!? 脅迫じゃん! ……まぁいいにぇ、いくよ。左に三歩進むにぇ」

 

「左ね……1、2、3。次」

 

「そのまま、右を向いて……一気に全力走だにぇ!!」

 

「それ、さっきすいちゃんがやったやつ。騙されないから」

 

すいせいは木刀を構えたまま、じりじりと慎重に歩を進める。

 

「ちっ、警戒されてるにぇ……。じゃあ、マジでスイカの方向教える。そのまま真っ直ぐ五歩進んで、右斜め前に一回振れ!」

 

「本当? 信じるよ?」

 

すいせいが砂を蹴って前進する。しかし、みこちの距離感がポンコツだった。すいせいの進路の先にはスイカではない。障害物として置かれていたクーラーボックス、あるいはそれを慌ててどかそうとしたみこち自身がいた。

 

「あ、待って、すいちゃんストップ! ガチでストップ!!」

 

「え、どこ――」

 

ドンッ!!!

 

すいせいの突進が、みこちの正面にモロに激突した。鈍い衝突音とともに、お互いにブレーキをかける間もなく、二人は砂浜の上へみっともなく転がった。

 

「ぶふぇっ!? 痛ってぇな!!」

 

「ちょっとみこち、危ないじゃん! どこに立ってんのさ!」

 

「みこはクーラーボックスをどかそうとしたんだにぇ! すいちゃん、骨が硬いんだよ! ガチで痛い!」

 

「すいちゃんのせいにしないでよ! あんたの指示が雑だからでしょ!」

 

すいせいはアイマスクを剥ぎ取り、みこちの芋ジャージの肩をドカドカと小突いた。みこちも負けじと、砂のついた手ですいせいの腕を押し返す。

 

「もうさ、普通に割ろう。時間の無駄だし、暑い」

 

「そうだにぇ……みこも賛成だにぇ……」

 

結局、二人は並んで立ち、せーので同時に武器を振り下ろした。

 

バキッ、という鈍い音とともに特大のスイカが真っ二つに割れる。二人は並んで座り、真っ赤な果肉をスプーンで豪快に掬い取り、種を砂浜にペッペと吐き出しながら貪り食う。

 

「おいしいけど、これ絶対あとで口の周りベタベタになるやつだ」

 

「すいちゃん種飛ばしてこないでよ! みこのジャージに付いたらどうすんの!」

 

「もう汚れてんだから一緒でしょ」

 

そんな応酬を繰り返しながらスイカを平らげるうちに、じっとりとした昼の熱気は引き、空の色がゆっくりと移り変わっていく。青さが引いた空の端から、どす黒いオレンジ色がじんわりと広がり、二人の影が長く伸びていった。

 

夕方の潮風が、昼間の熱を完全に奪い去り、肌寒さすら運んでくる。いつの間にか周囲には人影もなく、寄せては返す波の音だけが大きく響くようになっていた。

 

二人は波打ち際に移動し、並んで砂の上に腰を下ろした。膝まで海水に浸かりながら、残り少なくなったスイカの皮を眺めている。

 

「ふぅ……食った食った。しかしさ、海ってやっぱり疲れるわ。すいちゃん、もう体力の限界」

 

「みこも……なんか、急にどっと疲れ。額から汗がたれてくるにぇ……」

 

すいせいはラッシュガードの袖を捲り上げ、気怠そうに自分の足をパチャパチャと動かした。その時、夕暮れの満潮の波が、思った以上の勢いで二人の腰元まで押し寄せてきた。ザザザーッ、と大きな音が周囲を支配する。

 

「うわっ、冷た! 待って、波高くなってない?」

 

「あ……これ、満潮だにぇ。今日の夜はなんか、潮がめっちゃ満ちる日だって、来る前のニュースで言ってた気がするにぇ……」

 

みこちがふと、低めの声で呟いた。それはいつもの赤ちゃん言葉を忘れた、ガチで寒さに震えかけているトーンだった。

 

しかし、みこちの脳内で、悪い癖がよぎった。ここまでの泥臭い流れを反省し、少し格好いい、エモい雰囲気を出そうとしたのだ。

 

「すいちゃん……なんかさ、この波の音をじっと聴いてると……こう、胸の奥がさ、なんかゾクゾクしてこない? 潮汐っていうの? 月の引力に、こう、身体が引っ張られてるっていうかさ……。みこ、ちょっとスピリチュアルな波動を感じるにぇ……」

 

みこちは、ちょっと潤んだ風の目を無理やり演出してみせた。

自分の胸元をぎゅっと掴み、すいせいに向かってキリッとドヤ顔を決める。

ちょっと大人びた一面を見せて、エリートっぽさをアピールしておきたかった。

単なる、底の浅い自意識である。

 

すいせいは、そのみこちの顔を、ガチの真顔でじっと見つめた。一秒、二秒。静寂が流れる。

「……みこち、怖。何言ってんの?」

 

「え?」

 

「え、何? 引力? スピリチュアル? 寒気でもしたの? 体調悪いの? 帰りな? ガチで引くんだけど。何に感化されてんの。オカルト動画の見すぎ」

 

「ち、違うんだにぇ! ちょっと雰囲気を良くしようとしただけだにぇ!」

 

「キツいわー……。マジで鳥肌立ってきた。ほら、ジャージ濡れてんじゃん、早く立ちなよ」

 

すいせいはそう言って、みこちの太もものあたりを、砂を払うついでにバシバシと遠慮なく叩いた。

 

「痛っ!? ちょっと,何すんだにぇ変態!! キモいって!!」

 

「はあ!? 砂を払ってあげただけでしょ! 感謝しなさいよ!」

 

「触り方がガサツなんだよ! すいちゃん、ガキ大将かよ!!」

「あんたに言われたくないんだけど!」

 

みこちは可愛く跳ねることもなく、半ギレのガチトーンで引き気味にツッコミを入れ、すいせいの手を叩き落とした。二人は立ち上がり、お互いに砂を投げ付け合うような、いつもの幼稚な小競り合いを始めた。

 

夕闇が周囲を包み込み、薄暗い影が静かに世界を満たしていく。

 

二人の間に流れる空気は、気恥ずかしさを暴力と罵声で隠すような、いつもの男友達の距離感そのものだった。

 

「はいはい、小競り合いは終わり。マジで冷えてきたから帰るよ。ていうかさ、今日車じゃなくて電車なの、本当にだるいんだけど。車検のタイミング被るとかあり得ないでしょ」

 

「みこだって車が修理中なんだからしょうがないでしょ! ほら、早く駅行くにぇ、乗り遅れる!」

 

二人は濡れたジャージやラッシュガードを雑に丸め、機材を引っ掴んで、最寄りのローカル線の駅に向けて、暗くなった砂浜の道をドタバタと走り出していった。

 

田舎のローカル線の駅は、街灯がぽつぽつと灯り始めただけで、周囲には人影もなかった。改札を抜けてホームに上がると、ちょうど二両編成の古い電車がガタゴトと音を立てて滑り込んできたところだった。

 

車内に乗り込むと、夕方のラッシュもとうに過ぎたのかガラガラで、ほとんど貸し切り状態だった。冷房の効いた車内は、一日中太陽に晒されて火照った体を冷やすには十分すぎるほどだった。二人は並んでロングシートの座席に深く腰掛けた。

 

電車がゆっくりと発進し、窓の外の景色が後方へと流れ始める。みこちはポケットからスマートフォンを取り出し、画面をスクロールさせながらふと声を上げた。

 

「あ、ねえすいちゃん。これ見てよ。さっきの満潮の話で思い出したんだけどさ、万葉集の歌。なんか今のうちらっぽくない?」

 

「は? 万葉集? 意味分かんないんだけど。あんたさっきから情緒おかしくない?」

 

「いいから聴いてよ。山部赤人の歌。田子の浦にうち出でて見れば白妙の富士の高嶺に雪は降りつつ、ってやつ」

 

すいせいは座席の背もたれに頭を預けたまま、一瞬だけ隣の座席から画面を盗み見て、盛大に鼻で笑った。

 

「あのさ、みこち。どこが今のうちらなの? 今はガッツリ真夏だし、雪なんか一ミリも降ってないし、富士山じゃなくてただの海水浴場の帰りなんだけど。マジで脳みそスイカと一緒に割れた?」

 

「違うでしょ! 意味じゃなくて、なんか、こう……言葉の響きとかさ! みこのエリートな感性の話だにぇ!」

 

「何一つ一致してないし。すいちゃんはただただ呆れてただけですー」

 

「されてないにぇ! 呆れられてないにぇ!」

 

「はいはい、分かったから。すいちゃんもう眠い」

 

すいせいはそう言って目を閉じ、腕を組んだ。みこちもそれ以上は何も言わず、スマートフォンを片付けて、小さく息を吐いた。

 

ガタゴト、ガタゴト。

 

規則正しいレールの振動が、心地よいリズムとなって車内に響く。窓の外は、すっかり日が落ちて真っ暗な山影が連なっているだけだった。

 

疲れがどっと押し寄せてきたのか、みこちの頭が次第にぐらぐらと揺れ始める。やがて、耐えきれなくなったように、みこちの頭がカクンとすいせいの肩へと落ちた。

 

すいせいは目を閉じたまま、容赦なく「お前重いんだけど、寄んな」と肘でみこちの脇腹を小突いた。

 

「いった!? 冷たっ! すいちゃん、拒絶がガチすぎるんだけど!!」

 

「うるさい、寄るな、暑苦しい」

 

「冷房効いてんだからいいじゃん!!」

 

そんな小競り合いを数秒だけ交わしたものの、二人とも限界を迎えた体は言うことを聞かず、結局はお互いに少し距離を空けたまま、それぞれの背もたれに体を預けて深い眠りへと落ちていった。

 

車内に残されたのは、二人の不揃いな寝息と、ガタゴトと響く単調なレールの音だけだった。

 

星の瞬き鋭き刃の如きされど隣り合う桜には甘く融ける夜の青桜の雫不器用な歩みされど隣り合う星には深く響く熱き紅。

 

窓の外に広がる山あいの夜闇は、容赦なく二人の眠りを深く包み込んでいく。

どこまでも泥臭く、それでいて気安さに満ちた長い一日の終わりを告げるように、世界がゆっくりと遠のいていった。

 

電車は速度を上げ、夜の闇を切り裂きながら進んでいく。前方の景色が、巨大な山の斜面へと吸い込まれていくのが見えた。

 

ガタガタガタと、レールの音が一段と大きく反響し始める。電車が長いトンネルの入り口へと滑り込んだ瞬間、窓の外のわずかな明かりすらも完全に消え去り、すべてが深い漆黒の闇へと包まれていった。

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