【One Piece.アーカイブ】ホロライブ青春短編集2 ワンサマー Libera me from AI 文体は文学多め。【実験途中報告】スーパーイマゴ・デイ・ゴッドの創造に成功。 作:夏目陽光
「そこ、のろのろ動くなや。何しにきおった、このどデカいんが」
煤煙が天井の隅へ逃げていく薄暗い土間で、源来膳は唾を吐くように低い声を絞り出した。京都の洛北、山を数丁も上がれば、冬の空気はそれだけで底冷えがして、肌の表面をごりごりと削ってくる。来派の銘を今なお引きずり、ここで鉄を叩き続けている老人の手のひらは、まるでひび割れた古い炭の塊だ。ちっとも歓迎されていないことくらい、入ってきた瞬間に嫌でも伝わる。
カエラ・コヴァルスキアは、顔の幅に合わない不格好な保護ゴーグルの端を、指先で少しだけ直した。いつもの豪奢なタキシードなんか、ここへ持ってきても灰まみれになるだけだ。安全を考慮した結果、身につけているのは一切の化繊を排除した肉厚の藍染め作務衣に、頭頂部でキツく手ぬぐいを使ってまとめ上げた金色と赤の髪。足元は底のぶ厚い地下足袋。お世辞にも可愛げがあるとは言えないが、この無骨な作業着姿は、これから始まる「終わりのない時間」に対する彼女なりの意思表示だった。
「んー……。わたし、ただ見てる、ね。マスター、そんなに怒ったら、血圧、危ない、ね(笑)」
眠たげな、しかし低くよく通る声で、カエラは土間の隅に積まれていた黒く濁った塊を地下足袋の先でつついた。
「こら! 鋼を足蹴にするな言うとんのが分からんのか。つまみ出されたいんか、お前」
「これ、タマハガネ……でしょ? 知ってる。でも、ただの汚い石。本当に刀になるの? 嘘みたい、ね」
悪びれる様子もなく、カエラは屈み込んでその塊を素手で掴み上げた。錆と泥が混じり合った、ひどく不細工な鉄の塊だ。来膳は「炭素の割合がどうだの、来派の肌がどうだの」と能書きをくれてやろうと息を吸い込んだが、カエラはそんな話を最初から待っていなかった。彼女は左右の手でそれぞれ別の玉鋼を拾い上げると、まるでおもちゃの重さを比べるように交互に上下させた。ただそれだけの動きを、何も喋らずに何十回と繰り返す。
「これ、だめ。中、すかすか」
カツン、と軽い音を立てて、片方の塊がゴミのように地面へ転がった。
「お前、何勝手に人の鋼を選り好みしとんじゃ!」
「だって、軽い。叩いたらすぐ壊れる、ね。こっち、重い。ぎっしりしてる。わたし、手が覚えてるから。形はブサイクだけど、こっちがいいやつ。これ、たくさん叩く、ね」
来膳のドスの利いた怒声を、カエラは含み笑いで受け流す。老職人は忌々しそうに鼻を鳴らし、カエラが選んだ「重い方」の鋼を睨みつけた。確かにそれは、見た目こそ悪いが最も密度の高い、不純物の少ない極上の玉鋼だった。理屈や本に書いてある知識ではなく、何万時間も何かを「グラインド」して素材を集め、ツルハシを振り続けてきた人間だけが持つ、物質の詰まり具合を察知する野生の直感。
「……いいから座れ。火を入れるぞ」
来膳が渋々フイゴの柄を握り、せかせかと前後に動かし始めると、火床の底からゴゥッと地鳴りのような音がして、松炭が鮮やかなオレンジ色に爆ぜた。一気に土間の温度が跳ね上がる。作務衣の隙間から這い入る熱気に、カエラは「おー……」と低く声を漏らした。勉強は嫌いだが、この「何かが始まるときの温度」と「果てしない作業の予感」は嫌いじゃない。フイゴを一生懸命に押したり引いたりしている来膳の、せわしない背中をじっと見つめながら、カエラは不意に口を開いた。
「ねえ、マスター。なんかその動き、わたしの国にいるペンギンみたい(笑)。シャカシャカ動いてる」
「誰がペンギンじゃボケ! 黙って見てろ!」
じろりと睨みつける老人の視線を、カエラはククク…と鼻で笑い飛ばす。来膳が長い火箸で玉鋼を炎の奥へと押し込む。何分経っただろうか、薄暗い土間の中で、鉄は黄色く自ら発光し始めた。それを取り出し、台の上へ引きずり出す。鉄の表面から、じりじりと熱線が放射され、カエラの頬を赤く染める。
「手槌を持て。平らに潰す。もたもたするな、鉄が冷める」
「オッケー」
カエラは重い手槌をひょいと持ち上げた。女の子が持つには明らかに不釣り合いな鉄の塊だが、彼女の太い手首は微動だにしない。柄を短く、無造作に握り、位置につく。
カンッ、ドン! カンッ、ドン!
狂いのない、重い音が土間に響き渡る。来膳が口を挟む隙もなかった。カエラはどこを叩けば鉄が一番効率よく潰れるか、その「効率」だけを冷徹に追い求めてハンマーを落としている。火花が作務衣を焼き、ゴーグルにパチパチと当たっても、彼女は瞬きすらしない。ただ目の前の鉄の板が平らになっていく作業を、まるで膨大なルーチンワークをこなすかのように淡々と、だがどこか楽しそうに消化していく。
「……ん、こんな感じ?」
あっという間に厚さ数ミリに延ばされた鉄板。来膳は何も言わず、それを火箸で掴むと、火床の横の灰の上に放り投げた。鉄板は真っ赤な輝きを失い、徐々に黒い、ただの板へと戻っていく。
「マスター、水は? ジュッてしないの?」
カエラは退屈そうに水槽を指差す。
「アホかお前は。真っ赤に焼けた鉄を水に突っ込んでみろ、水蒸気爆発でその生意気な顔面が焼きつくされるわ。大人しく冷めるのを待て。それが出せ」
「えー。つまんないの。待つのキライ。ガード、ない、ね」
カエラはドカッと土間に胡坐をかいた。冷えるまでの数十分、彼女は全くじっとしていない。地面の灰を足袋の先でいじったり、手ぬぐいの端を引っ張ったり、来膳の寂しくなった頭頂部をじっと見つめて「マスター、そこ、毛が足りないね(笑)」とトロール全開の視線を送ったりしている。来膳はひたすら無視を決め込み、キセルに火をつけて紫煙を燻らせた。仕事場に、カチカチとキセルを叩く音と、時折通り抜ける山風の音だけが響く。
完全に熱が引き、鉄板が冷め切ると、来膳はタガネで表面に深く筋を入れた。そしてそれを水槽の冷水へ一瞬だけ浸し、ジュッという短い音とともに引き上げて、カエラに手槌の背を突き出した。
「叩き割れ。細かくするんや」
「あ、これ好き。テトリスみたい」
パキン、パキンと小気味よい音が響く。カエラは細かくなった鉄の破片を、テコの先についた平らな台の上に並べ始めた。来膳が「隙間なく積め、崩れたら台無しだ」と口を酸っぱくして言う前に、カエラの指先は信じられない速度で破片を噛み合わせていく。凹凸を瞬時に判断し、最も密度の高くなる配置へ、パズルのピースをハメるように。
「おじいちゃん、これ見て。完璧。パーフェクト」
「ふん……。次はこれや。触るなよ」
来膳が泥水と藁灰を混ぜたドロドロの液体を、カエラが綺麗に積み上げた鋼の上に容赦なくぶっかけた。泥が隙間入り込み、灰色に染まっていく。
「うわ、汚。スライムじゃん。最悪ー、これ、ガード、ね?」
「これが空気のガードになるんや。余計な空気に触れさせず、火床で一体にする。行くぞ、こっからが本当のグラインドや」
炎の中に放り込まれた鋼の塊。泥が沸騰し、藁灰が燃え尽き、やがて破片同士の境界線が熱で溶けて一本の塊へと融合していく。来膳がそれを引き出す。
「大槌を振れ! ワシが小槌で叩いたところを、外さず全力で叩き潰せ!」
「ん、まかせて」
ドガン! ドガン!
土間を揺らす衝撃音。カエラの両腕が、太い大槌を生き物のように振り回す。来膳の小槌がコンと示す場所へ、寸分の狂いもなく大槌がドガッと吸い込まれていく。
叩いては延ばし、タガネで真ん中に切れ目を入れ、パタンと折り曲げて再び火床へ。何度も何度も繰り返すことで、鋼の中の余分な不純物が火花となって弾け飛び、鉄が洗練されていく。
三回、五回、八回。
普通なら、大槌を振る先手の体力はとうに限界を迎える。途中で近所の弟子が持ってきたお茶はクソ熱く、カエラは一口飲んで「Aduh! あつっ! これトラップ、ね!?」と叫んで舌を焼いた。そんな格好悪いノイズを挟みながらも、作業は続く。来膳の息は荒くなり、額から流れる汗が煤を流して黒い筋を作っていた。しかし、カエラは違った。
「ヒャハハ! マスター、腕プルプルじゃん。大丈夫? 休憩する?」
「だ、誰がプルプルしとるか! 次や、早くしろ!」
「はーい」
カエラは汗だくになりながら、底意地の悪い笑みを崩さない。作務衣が肌に張り付いて気持ち悪いはずなのに、ハンマーを振り下ろす速度も威力も、一回目と全く変わっていなかった。彼女にとって、10時間同じ作業を繰り返すなど、ゲームのレベル上げと同じだ。脳のスイッチを切り、ただ肉体の出力だけを最大値で固定する。その目は、からかうような光を宿しながらも、完全に鉄の形を捉えていた。
「よし……折り返しはここまでや。次は心鉄を包むぞ」
来膳の声が明らかに掠れている。老人は、柔らかく粘りのある心鉄を、今しがたカエラが極限まで鍛え上げた硬い皮鉄のU字の溝へとハメ込んだ。造込み。
「いいか。ここは一撃で決める。鉄の表面がドロドロに溶けて飴のようになる。そこを大槌で、最大の一撃で潰して接着させるんや。ペチペチ優しく叩いてたら、中の鉄が剥がれてただのゴミになる。お前のパワーを全部乗せろ。外したら承知せんぞ」
火床の奥が、直視できないほど白く輝く。熱波がカエラの肌を容赦なく焙り、緊張感が走る。
「出すぞっ!!」
来膳が白熱する塊を引っ張り出した。表面がシュワシュワと泡立ち、鉄が文字通り液化しかけている。カエラが太い大槌を頭上高くに構えた。
「おらぁっ!」
ドガァァァァン!!!
鼓膜が破れんばかりの爆音。しかし、火花が激しく飛び散る中、カエラの槌の軌道は、来膳の持つ火箸のわずか数ミリ右へとズレていた。接着面が歪み、凄まじい衝撃波で来膳の火箸が弾け飛びそうになる。
「――お前、何さらしとんじゃ!!」
来膳が台を蹴るようにして立ち上がり、カエラの分厚い作務衣の胸ぐらを両手でガシッと掴み打った。老職人の目は血走り、本気の怒りが土間に満ちる。
「遊びじゃねえんぞ! 一歩間違えたらワシの腕が千切れて飛んどるわ! 集中できんのなら、今すぐそのハンマーを置いて消え失せろ!!」
怒気を含んだ唾が、カエラの保護ゴーグルに飛び散る。
カエラは胸ぐらを掴まれたまま、じっと動かなかった。からかうような、ガキ大将めいた笑みがその顔から完全に消え失せる。ゴーグルの奥の瞳が、静かに、ただ目の前の現実だけを冷たく見つめていた。カエラの呼吸の音と、来膳の荒い息遣いだけが重なり合う。
「……ごめん」
低く、地を這うような声。カエラは来膳の手首を掴むと、圧倒的な硬さを持つ手の力で、だが静かに自分の胸ぐらから引き剥がした。
「次、外さない。絶対」
ハンマーを構え直すその背中に、もはやトロールの軽薄さは一切なかった。目の前の鉄を、確実に仕留めるべきエネミーとして完全ロックオンしている。
「……フン」
来膳が震える手で火箸を拾い、鉄を再び火床へ突っ込んだ。白く輝く塊が、再び台に出される。カエラが静かに、しかし爆発的な速度で大槌を振り下ろした。
ドガンッ!!!
完璧。寸分の狂いもない。鉄と鉄が完全に潰され、異なる性質の金属が一つの肉体へと融解した。そこからのカエラは、まさにマシーンだった。来膳の指示を待つまでもなく、大槌を正確無比に落とし続け、一本の無骨な棒を、徐々に細長い刀の形へと変形させていく。
「土を置くぞ」
来膳が刀身に焼刃土を均一に塗りつけていく。刃の側は薄く、鎬の側は厚く。これが焼き入れの際、冷却速度の差を生み出し、来派特有の、夜霧のように細かく詰まった小杢目肌と、美しい直刃の刃文を描き出すベースになる。カエラは腕を組み、泥が乾いていくのを無言で見つめていた。
「水温は十五度や。これ以上高くても低くても、刀が死ぬ」
来膳が水槽の水をかき混ぜ、冷徹に言った。京都の冬の井戸水。
土間の明かりがすべて消され、火床の赤い光だけが二人を照らす。
「引け!」
来膳の合図。カエラは刀身を火床から引き抜いた。闇の中に、真っ赤な光の刃一細かに浮かび上がる。カエラは焦らなかった。高速で突っ込めば水が暴れ、刀が曲がる。彼女は呼吸を止め、水面に対して完全に水平を保ったまま、波を立てないように、滑らかに、かつ一定の速度で刀身を水底へと沈めていった。
ジュゥゥゥゥゥゥッ……。
くぐもった、鉄の悲鳴のような音が水槽の底から響く。大量の水蒸気が湧き上がり、カエラと来膳の視界を真っ白に染め上げた。水の中で鉄の組織が急激に変化し、刀身が自らの意思を持つかのように、ググッと上に反り返る感触が、カエラの両手にダイレクトに伝ってくる。
長い静寂。
カエラがゆっくりと、濡れた刀身を水から引き揚げた。来膳がすぐに砥石の破片を手に取り、表面の泥を擦り落とす。曇った鉄の奥から、白く冴え渡る直刃の線が、一本の歪みもなく、すうっと浮かび上がってきた。
「……」
老職人は言葉を失い、ただその刃を見つめていた。完璧な焼き入れ。来派の業が、そこに具現化していた。
「ん、できた、でしょ?」
カエラは保護ゴーグルをデコの上へと押し上げ、いつもの、ちょっと人を小馬鹿にしたようなニヤニヤ笑いに戻っていた。
「……まぐれだ。二度目はねえよ」
来膳はバツが悪そうにそっぽを向き、腰をさすりながら奥へ引っ込もうとする。
「えー、おじいちゃん弱ーい。わたし、まだ全然眠くない。あと10本くらいグラインドできる,ね。ほら、早く次のタマハガネちょうだい。次、いくよ?」
カエラは手槌を肩に担ぎ、再び玉鋼の山を漁り始めた。土間に、彼女のヒャハハという悪ガキめいた笑い声と、へとへとになった老人の盛大な溜め息だけが、いつまでも響いていた。