【One Piece.アーカイブ】ホロライブ青春短編集2 ワンサマー  Libera me from AI 文体は文学多め。【実験途中報告】スーパーイマゴ・デイ・ゴッドの創造に成功。     作:夏目陽光

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イマゴ・レクス

ガタゴトと、ひどく煤けたローカル路線のバスが、容赦なく車体を震わせて山道を登っていく。最後尾の座席に座る彼女の手元には、小さなリングノートが広げられていた。

 

ページの端を、爪の先でカリカリと何度も引っかく。そこには、丸っこいマジックの文字があった。

 

『なつの おわり。Gけんの ぼうしょ。きょうりゅうを ほりにいく。わわすれないこと!』

 

「わ」が一つ多い。インクの滲んだその文字のすぐ横には、ボールペンで奇妙なイラストが描き殴られていた。全体のシルエットはひよのように丸く、二本の貧弱な足で立っているのだが、その頭部には、妙に解像度の高い、鋭く剥き出しになった肉食恐竜の歯がびっしりと並んでいる。

 

彼女はそれを数分間、まったく瞬きをせずに見つめていた。やがて、小さく首を傾げる。

 

「……あれ」

 

低い、どこか平熱のトーンの呟きが、彼女の唇から漏れた。

 

「わたし、なんでこれ、書いたんだっけ。……それに、この生きもの、なに? ……うーん。まあ、いっか」

 

パタン、とノートを閉じる。カバンのストラップに付けられた小さなフクロウのぬいぐるみは、持ち主の複雑な内面を映すこともなく、バスの激しい振動に合わせて、ただ規則正しく左右に揺れていた。

 

窓の外には、夏の終わり特有の、ねっとりとした湿度を含んだ重い緑の景色がどこまでも広がっている。ツクツクボウシの鳴き声が、錆びついたエンジンの排気音に混じって、絶え間なく鼓膜をこすっていた。

 

「ん……あついなぁ。日本の夏は、空気が、なんていうか……お水みたいに重たいね。……んみぃ……」

 

言葉に詰まった彼女の喉から、くぐもった奇妙な音が漏れ出していた。感情の処理や言語の選択が追いつかないとき、彼女はこうして無意識に、小動物のような生の鳴き声を漏らす。

 

首元に巻いた薄手のオリーブグリーンのストールを、細い指先で少しだけ緩める。頭には強い日差しを遮るためのベージュ色のサファリハット。その側面には小さな白い羽のチャームがピンで留められている。よく見ると、その羽の先端はどこかで引っ掛けたのか、ほんの少しだけ引きち切られ、茶色い泥のシミが繊維の奥まで固着していた。トップスは、ややオーバーサイズで風通しの良い白いTシャツ。胸元には、目が完全に据わったシュールなフクロウのイラストがプリントされていた。ボトムスは動きやすさを最優先したブラウンのショートパンツに、UVカットの黒いレギンス、足元は土汚れに強い、頑丈に紐が締められたトレッキングシューズだ。そのシューズのつま先には、過去に何度も硬い岩にぶつけただろう、深い引っかき傷が何条も刻まれており、そこだけ革の地肌が白く毛羽立っている。

 

バスが大きく急カーブを曲がり、激しいブレーキ音とともに減速した。窓の外、木々の隙間に見えた看板には、掠れた文字で『恐竜センター』と書かれている。

 

「あ、ついた。……恐竜、恐竜だ。すごい、本当に、あるんだ……hehehe……」

 

彼女はカバンを抱え直して席を立ち上がった。

 

館内に一歩足を踏いいると、ひんやりとした冷気とともに、巨大な骨格標本が彼女を出迎えた。天井に向かって首を長く伸ばした草食恐竜の骨、確実に獲物を仕留めるために最適化された肉食恐竜のレプリカ。

 

彼女は立ち止まり、その肉食恐竜の骨の顎の噛み合わせ、骨の密度、精度高く構築された歯の形状をじっと見つめた。

 

「これ、すごく、使いやすそうな形。……人間の頭なんて、一噛みで、こう……パチンって、簡単に壊せちゃうね。あははは!」

 

受付のスタッフが一瞬だけギクリと身体を強張らせ、怪訝な視線を向けたが、彼女はまったく気にする風でもなく、たどたどしい日本語で受付へと歩み寄った。

 

「あの……ななし、むめい、です。ツアー……よやく。……ありますか? あります? ……あ、あった、よかった。……サンキュー、あ、ありがとうございます」

 

単語ごとに少し区切りながら、小さなお辞儀をして、彼女は裏手の集合場所へと向かった。そこには十数人の参加者が集まっていた。夏休みの終盤ということもあり、大半は小学生くらいの子供を連れた家族連れだ。みんな、軍手をはめ、やる気満々の表情をしている。

 

その中で、一人で参加している彼女は、地面に変な這い方をしているアリの行列をじっと見つめていた。

 

「アリさん……。あなたたちも、大昔からずっと、お仕事してる。えらいなぁ。……ウゥー……」

 

「よし、みなさん集まりましたね! それでは、これから化石発掘の特設現場まで移動します」

 

ガイドの元気な声に、子供たちが「おー!」と歓声を上げる。彼女はその声に応じることもなく、ただ静かに、配られたゴーグルを装着した。泥に汚れていない指先が、配布されたずっしりと重いスチール製のハンマーと、先端の尖ったタガネの感触を確かめる。

 

移動用のバスに揺られること数十分。到着したのは、切り立った崖の下に作られた、灰色と黒が混ざった岩肌が露出する作業場だった。地面にはあらかじめ、いくつかの区画に分けられた石の山がある。

 

「みなさん、ここが白亜紀前期の『瀬林層』と呼ばれる地層の岩が転がっている現場です。割れ目のある石を見つけて、挑戦してみましょう!」

ガイドの説明を聞きながら、彼女は周囲を見渡した。影を落とする崖の足元に、大きくて平らな、硬い岩がいくつも転がっているのを目に留める。彼女は迷うことなく、そこへ向かって歩き、しゃがみ込んだ。

 

周囲の石の山から、表面が少し黒ずんだ、薄く層状に積み重なった平たい石を一つ選び出した。この地域の泥岩だ。彼女はそれを、先ほど見つけた大きな平らな岩の上にしっかりと乗せる。

 

「えっと……ここに、これを、あてて……」

 

石の層の隙間に、タガネの平らな刃先を正確に合わせる。左手でタガネをしっかりと固定し、右手のハンマーを持ち上げた。

 

コン。

 

小気味よい音が響く。正確に、適切な力を1発だけ。それだけで、石はまるで本のページをめくるように、パカッと綺麗に二つに割れた。

 

「あ、割れた」

 

ゴーグルを少し上にずらし、断面に顔を近づける。そこには、真っ黒に変質し、炭化した小さな植物の葉の跡が残っていた。大半が潰れ、一部だけが辛うじてシダ類の形状を留めている、一般の体験場らしいリアルな炭化化石だ。

 

「植物さん……。1億年も、このなかで眠ってた。……ウゥー……、ずっと、暗かったでしょ?」

 

軍手を外した指先で、冷たい石の表面をそっと触る。爪の隙間に、ねっとりとした黒い泥が少しだけ入り込んだが、彼女はそれを気にする様子もなく、ただじっと見つめ続けた。

 

「……あ、スマホ。しゃしん、撮ります」

 

ポケットからスマートフォンを取り出し、その炭化した植物の化石の写真をカシャリと撮影した。

 

「よし、つぎ。つぎは……もっと、すごいの。きゅって尖った、強いやつ……探します」

 

彼女は再びハンマーを握り締め、周囲の石の山へと視線を巡らせた。

発掘を始めてから、一時間が経過した。周りの子供たちは、小さな貝殻の割れた跡や、木片の化石を見つけては一憂している。

 

彼女は、少し大きめの、ラグビーボールほどのサイズがある、妙に密度の高い硬い砂岩のブロックの前にしゃがみ込んでいた。

 

「きみ、ムメイに、なにか、隠してる。……正直に、言わないと、ポコンってするよ」

 

石に対して低いトーンで呟きながら、大きな平らな岩の上にそのブロックを乗せる。タガネをセットし、彼女は深く息を吸い込んだ。

その瞬間、彼女の纏う空気が、ガラリと変わった。いつも言語の壁に苦労している少女の気配が消え、底知れない静けさが表層に現れる。

 

コン、コン、キン。

 

正確な打撃が数回。彼女はタガネの刃先を変えながら、石の結合が弱いラインを慎重に見極めて叩いていた。

 

最後の軽い一撃で、砂岩のブロックの一部がポロリと剥がれ落ちた。その断面から、周囲の灰色の岩肌とは明らかに異なる、鈍い、濁った白色をした小さな「塊」が、ほんの数ミリメートルだけ顔を覗かせた。

 

彼女の動きが、完全に止まった。瞬き一つせず、その白い露出部を見つめている。

 

「……あ」

 

彼女は即座にハンマーを地面に置いた。ポケットから細いチゼルのような道具を取り出し、骨の周囲の岩を、ミリ単位で少しずつ、息を詰めながら削り落としていく。

 

表面のざらざらとした質感、微細な多孔質の構造。それは、この地域でも極めて稀にしか出ない、白亜紀の小型獣脚類の、指の骨の末端部分の破片だった。

 

周囲の喧騒が遠のき、彼女の視界はただ一粒の不格好な骨片へと収束していく。汗が額を伝い、泥にまみれた指先が驚くほどの繊細さで硬い砂岩を削り取るその瞬間、彼女の横顔には、忘れ去られた太古の記憶を力ずくで手繰り寄せようとする、泥臭い人間としての執念と剥き出しの美しさが宿っていた。

 

「お姉さん、それ……!」

 

近くで見ていたガイドの男性が、彼女の手元に気づき、慌てて駆け寄ってきた。断面を覗き込んだガイドの目が、限界まで見開かれる。

 

「えっ……!? これ、ちょっと待ってください! 先生! 先生、来てください!!」

 

現場の空気が、一瞬で静まり返った。子供たちの無邪気な歓声がピタリと止まり、スタッフたちの顔色が完全に変わる。

 

「これは……間違いない、獣脚類の骨の破片だ……! すみません、それ以上触らないでください!」

 

専門家のスタッフが血相を変えて飛び込んできて、彼女の手から慎重に石を回収した。

周囲のスタッフが慌たらしく連絡を取り合い、体験場の一部に立ち入り禁止のテープが張られる。その物々しい空気の中心で、彼女はただ、空になった自分の両手をじっと見つめていた。

 

「……行っちゃった」

 

ぽつりと呟く。その声には、悲しみも、悔しさもなかった。ただ、事実を受け入れるだけの平坦な声。

 

「でも、いいよ。……ムメイがポコンってやって、見つけてあげたから。あの子、やっと外に出られた。よかったね」

 

サファリハットの下から覗く彼女の瞳は、夏の終わりの少し寂しげな空の色を映していた。

 

すべての行程が終了し、参加者たちは静まり返った空気のまま、恐竜センターの館内へと戻ってきた。ロビーのベンチに腰掛け、彼女はスマートフォンを取り出した。

 

画面の最上部には、タイムスタンプが数年前に止まったままの、見慣れた配信アーカイブの文字が表示されている。彼女は画面をじっと見つめながら、かつて返せなかった言葉を、誰に送るでもなくノートの端に小さく書き留めた。

 

『みんな、聞いて。ななし、むめい、です。G県の、ひみつの場所で、化石を掘りました。すっごいもの、見つけました。……でも、本物は、国のお宝だから、没収されちゃいました。あははは!』

 

その脳内のエコーに耳を傾けながら、彼女は喉の奥で「Hehehe...」と静かに笑った。

 

「みんな、おもしろいなぁ……。ムメイの絵は、クリーチャーじゃないよ。あんなにかわいいのにね。……あ、そうだ。今日見つけたきょうりゅうさんの絵、いーっぱい描かなきゃ」

 

窓の外を見ると、G県の山々は完全に黒いシルエットとなり、空には一番星がぽつりと輝いていた。夜の涼しい風が、建物の隙間から吹き込んできて、彼女のベージュのハットの羽チャームを揺らした。

 

「忘れたくないな……」

 

静かに呟く。

 

「……うん。でも、忘れても大丈夫。だって、ムメイが忘れても、この星が、石が、ぜんぶ覚えててくれるから」

 

彼女はスマートフォンをカバンに仕舞い、しっかりと立ち上がった。

彼女は歩き出し、建物の出口へと向かう。その途中、館内の中央展示室を通った。そこには、数千万円の費用と最新の学説に基づいて、完璧な形に組み上げられ、美しい照明でライトアップされた、恐竜の全身復元骨格標本が展示されていた。

 

ツアー帰りの子供たちが、その巨大な復元骨格を見上げて「すげー!」「かっこいい!」と目を輝かせて歓声を上げている。

そのきらびやかな硝子張りのケースに収められた太古の王の姿は、あまりにも完成され尽くしていて、まるで最初から傷一つない彫刻としてこの世界に存在していたかのような、冷ややかな錯覚を観る者に与えていた。しかし彼女がよく知る本物の過去とは、もっと理不尽で、もっと泥に塗れた命の奪い合いの痕跡そのものだ。

かつて彼女が通り過ぎてきた、名前も残っていない無数の戦場や、泥に塗れて死んでいった巨獣たちの生々しい死臭に比べれば、人間が限られた知識を繋ぎ合わせて作り上げたその全身骨格は、あまりにも綺麗で、お行儀が良すぎて、まるで子供騙しの粘土細工だった。

 

彼女は、その歓声の渦を一歩離れた場所から通り過ぎる際、美しく復元された化石の形に、ただ、視線を落とした。光の入らないその瞳には、何も映っていないようだった。何も言わず、二度と展示を振り返ることはない。

ベージュのサファリハットの羽チャームを夜の風に揺らしながら、彼女はただ静かに、深い山の闇へと消えていくバスに向かって、たどたどしく、けれど迷いのない足取りで歩き去っていった。

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