【One Piece.アーカイブ】ホロライブ青春短編集2 ワンサマー Libera me from AI 文体は文学多め。【実験途中報告】スーパーイマゴ・デイ・ゴッドの創造に成功。 作:夏目陽光
自動ドアががたがたと音を立てて開くと、精密基板が帯びた特有の熱とすり減ったゴムベルトが摩擦で焦げたような臭い、そして何年分も床に塗り込められては剥がれた古いワックスの匂いが混ざり合った、どろりとした空気の塊がまとわりついてきた。
宝鐘マリンは、額に張り付いた赤髪を指先でうっとうしそうにはじいた。胸元に女の子らしいフリルがこれでもかとたっぷりついていて、大人の女の子の色気をこれでもかとアピールしているノースリーブのブラウスは、すでに内側からじっとりと汗を吸って重い。
「もうだめ。マリン、ここで一歩も動けないワケ。ぺこら、冷たいジュース買ってきてよぅ」
「何言ってるぺこ。邪魔だから早く進むぺこよ」
すかさずお尻を強めに蹴っ飛ばしてきたのは、兎田ぺこらだった。いつも着ているもこもこした冬の野うさぎのような衣装とは打って変わって、肩のラインが大胆に露出したライトブルーのキャミソールワンピースという、とびきり涼しげな夏服を身にまとっている。首元の黒いチョーカーの隙間を、一筋の汗がせっかちに流れていく。
壁の、ほこりをかぶった古い時計の針は、お昼前ということもあって、ちょうど十一時三十四分を指していた。
二人は並んで、きらびやかな電子音が鳴り響くクレーンゲームの並ぶ一角へ向かう。マリンはわざと自分の汗ばんだ二の腕を、ぺこらの白い肩にすり寄せた。
「ちょっと! べたべた触るなぺこ、暑苦しいワケ!」
「えー、いいじゃん。ぺこら、今日なんかいつもより女の子って感じ。ねえ、ちょっと触らせてよぅ」
「変な声出すんじゃないぺこ! ほら、ぺこらが今日ここに来たのは、マリンに格の違いを見せつけるためぺこからね」
ぺこらは頭の上のウサ耳を小刻みに動かしながら、足早に筐体の前で足を止めた。その耳の先端がわずかに紅い。画面越しとは違う、互いの肌の熱や荒い呼吸がダイレクトに届く距離。言葉の端々に含まれる湿度が、いつもと違って聞こえる。いつもの配信で見せるような大袈裟な愛嬌はなく、ただ夏という季節に体力を削り取られた人間の、生々しい怠惰さがそこには滲み出ていた。
「じゃあ、あれ取ってよ。あの奥の、ピンクのイルカ」
ガラスケースの最奥、きらびやかなライトの下に大きなぬいぐるみが鎮座していた。アームの届くかどうかの境界線上に、いやらしく置かれている。ゲームセンターの店員がこれでもかと意地悪に仕組んだ、絶対に一筋縄ではいかない配置だ。
「ハッ、あんなの、ぺこらの敵じゃないぺこ。プロのクレーンゲーマー兎田ぺこ様にかかれば、百円玉一個でイチコロぺこよ」
がま口から百円玉を引っ張り出し、投入口へ滑り込ませる。チャリンと音がして、気の抜けたBGMが流れ出した。
レバーを右へ、奥へ。ウィーーンと低いモーター音が響く。三本の金属製の爪がぷらぷらと揺れながら、イルカの頭部の上で止まった。ぺこらは息を詰め、赤いボタンを叩く。
スルスルと下降していくアーム。爪の先がイルカの頭を包み込み、一度はグッと持ち上げるような仕草を見せた。しかし、最上部まで引き上げられた瞬間、ゴトンという衝撃とともにアームが完全に脱力した。イルカは空中でおかしな形に傾き、そのまま最もアームの届かない奥のデッドゾーンへと転がり落ちていった。
「……は?」
ぺこらの動きが完全に止まる。
「ギャハハハハハハ! ちょっと、ぺこら何それ! 一発ゲットどころか、完全に奥に押し込んじゃったじゃん! お腹痛い、マリンもう笑い死ぬワケ!」
マリンは隣の筐体に背中を預け、腹を抱えて笑い転げた。目尻に涙を浮かべ、細い肩を激しく揺らすマリンを見て、ぺこらは顔を真っ赤にして叫んだ。
「うるさいぺこ! いまのは店の設定がクソなだけぺこ! 確率機ぺこ、詐欺ぺこよ! ぺこらの腕は完璧だったぺこ!」
「はいはい。じゃあ次はマリンが大人の知恵を授けてあげる。頭じゃなくて、あの尾びれの隙間に爪を引っ掛けて、手前に引きずり出すの。ほら、もう一回やってみなよ、プロのぺこらさん?」
「言われなくてもわかってるぺこ! 次で絶対仕留めてやるぺこから、マリンは黙って見てろぺこ!」
再び百円玉が投入される。二人の距離がさらに縮まり、コントロールパネルの狭いスペースに視線が集中した。
「もうちょっと右。あ、行きすぎ! 戻して戻して!」
「うるさいぺこ! 横からガミガミ言うなぺこ、手元が狂うぺこ!」
アームが下降するが、やはり爪のパワーは信じられないほど弱い。イルカの表面をなぞるだけで、ぬいぐるみはビクリとも動かなかった。
「嘘でしょ、これ何円使わせる気だよ……」
マリンの口から笑みが消え、代わりに本気の執念が顔を覗かせる。普段の配信ならネタにするところだが、ガラスを挟んだ向こう側の物体に対して、二人の意地が完全に火をつけていた。
お互いの作戦を怒鳴り合い、どちらのレバーさばきが悪いかで喚き散らし、泥臭くコインを費やしていく。スマートな連係なんて一枚もない。格好悪くて、思い通りにいかなくて、泥まみれの不格好さをお互いに晒し合っている。不格好で、みっともなくて、でも一歩も引かずに同じガラスの向こうを睨みつける。レバーに付いた汗をシャツの裾で拭い、お互いの二の腕が触れるたびに、ぬるい汗の感触がした。
マリンの濡れた赤髪がぺこらの剥き出しの鎖骨に幾度も擦れ、そのたびに鼻腔を突く甘い汗の匂いに、ぺこらは喉の奥を小さく鳴らした。いつもならすぐに煽り返すはずのマリンが、この時ばかりは奥歯を噛み締め、驚くほど真剣な眼差しで爪の軌道だけを追っている。そのいつもと違う少女らしい必死な温度に、ぺこらは胸の真ん中をきつく掴まれたような錯覚を覚え、思わずコントロールパネルを握る手先に力がこもった。
「次、ぺこらがレバー動かすから、マリンはタイミングよくボタンを押すぺこ。一ミリでもずれたら承知しないぺこよ」
「わかった、任せなさいって。マリンの動体視力をナメないでよね」
ぺこらがレバーを握り、マリンがその手元を見つめながらボタンに指をかけた。
「ここぺこ!」
「いっけぇぇぇーーー!」
バシィン!とボタンが叩かれた。アームの爪の一本が、イルカの尾びれの縫い目に、奇跡的に深く突き刺さる。アームが上昇する強引な力に引きずられ、イルカの巨体がゴロゴロと斜面を転がった。そして、ストンという小気味よい音とともに、四角い景品口の暗闇へと吸い込まれていった。
「やったぺこォォォォォ! 見たぺこかマリン! これが、ぺこらたちの、いや、ぺこらの実力ぺこよ!」
「やったーーーーー! すごい、ぺこら本当に取っちゃった!」
景品口から引っ張り出したイルカを胸に抱きしめ、マリンはその勢いのままぺこらの体に正面から飛びついた。湿ったブラウスの生地が、ぺこらの白い肌に押し付けられる。
「わわっ、ひっつくなぺこ! 暑いって言ってるぺこら! 離れろーーー!」
ぺこらは口では嫌がりながらも、その両腕はマリンの背中をしばらくの間、心音を聞く様に抱き返していた。お互いの心臓の鼓動が、薄い夏服越しに直接伝わってくる。泥まみれになりながら、不格好に小銭を使い果たし、それでも最後にはこうして二人で大笑いしている。この泥臭い関係こそが、何よりも信頼できる形だった。
「ありがと、ぺこら。マリン、これ本当に嬉しい」
「ふ、ふん、マリンがどうしても欲しそうな顔をしてたから、今回だけ特別に恵んであげただけぺこ。勘違いするなぺこよ」
ぺこらは顔をそむけ、首元のチョーカーを再び弄り始めたが、その耳は先ほどよりもさらに深く、朱に染まっていた。
「よし! じゃあお礼に、マリンが美味しい冷たいパフェでも奢ってあげる! ついてきな!」
マリンが胸を張ってがま口を開いた。しかし、その指先が次の瞬間、ピキリと凍りついた。中に入っていたのは、十円玉が数枚と、ボロボロの一円玉がたったの一枚。
「……あれ? マリン、お札、ないワケ」
「ちょっとお前ーーー! 奢るって大口叩いておいて、ぺこらより残高が悲惨じゃねえかぺこよ! ぺこらだってお札をお家に忘れて一文無しぺこ!」
「ギャーーー! ごめんってば! でもイルカちゃんは手に入ったからヨシ!」
「ヨシ、じゃないぺこ! この嘘つき海賊、お仕置きぺこーーー!!」
「ひえぇぇぇ! 怒ったぺこらも可愛いよぉ〜〜〜!!」
二人はお互いのカバンを滅茶苦茶に振り回しながら、ゲームセンターの外へとドタバタとかけ出していった。
ゲームセンターの自動ドアの外は、まるでお鍋の中に飛び込んだような熱い世界がどこまでも広がっていたのでございます。
容赦のない夏の陽射しが、容赦なく二人の頭上に降り注ぎ、アスファルトからはゆらゆらと陽炎が立ち上っておりました。
「おい、マリン! このイルカ重いぺこ! 半分持て!」
「え〜、ぺこらが取ってくれたんだから、ぺこらが持ってよぅ……」
ふたりの おさいふの なかみは、文字通り もぬけの から。
おまけに、おなかは ペコペコの ペコらです。
じりじりと てりつける お日さまは、まるで ふたりを フライパンの 上で おどらせる いたずらやさんの よう。
「あついぺこ〜、マリンの せいで いきだおれに なるぺこ〜」
「まってよぅ、ぺこら〜。マリンを おいてかないで〜」
よろよろと あるく ふたりの まえに、つぎの 大ハプニングが まちかまえているとも しらずに。
はらぺこ海賊と、おこりんぼうウサギの ドタバタな 夏休みは、まだまだ 始まったばかりの ようでございます。
さあさあ、一文無しになった二人の明日はどっちだ!?
それはまた、べつの おはなし。
それでは みなさん、また、つぎの おはなしで おあいしましょう。
ばいばーーーい!
【完】