【One Piece.アーカイブ】ホロライブ青春短編集2 ワンサマー  Libera me from AI 文体は文学多め。ジャンルごちゃ混ぜ闇鍋パーティー   作:夏目陽光

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怪異猫又奇譚 【猫又おかゆ】

「ねぇ。……ふふ、聞こえてる? 画面の向こうで僕の言葉を一行ずつなぞって、じっと息を潜めている、君のことだよ。どうしてそんなに黙り込んでいるの? まるで、この湿った夜気の中に、僕以外の何か恐ろしいものでも見つけてしまったかのような……そんな、怯えた目をして。ねぇ、僕の顔、そんなにじっくり見てどうしたの。……ん? もしかして、この浴衣姿の僕に見惚れちゃった? ……なあんてね。冗談だよ。そんなに肩を強張らせないでよ。ほら、僕の隣、空いてるよ。もっと近くに来なよ」

 

舗装の途切れた砂利道が、緩やかな傾斜を描いて山門へと続いている。街灯の光が届かなくなる境界を越えると、杉の巨木が夜空の星を遮り、境内の内側には重い沈黙が横たわっていた。等間隔に吊るされた電球は、赤みを帯びた光を投げかけ、凹凸のある地面に歪んだ影を落としている。遠くの神楽殿から響く和太鼓の音は、周囲の湿気を含んだ空気に吸い込まれて低く籠もり、一定の間隔を保ちながら足元を震わせていた。

 

彼女は、わずかに首を右に傾け、薄い笑みを口元に残したまま歩いていた。その歩調は、急ぐ風でもなく、かといって遅れる風でもない。砂利を踏みしめる下駄の音が、和太鼓の周期と重なるたび、彼女の紫色の髪が小さく揺れた。その琥珀色の瞳は、周囲の薄暗がりに灯る乳白色の光を反射し、こちらのわずかな挙動を逃さず捉えている。

 

「ねぇ、そんなに離れて歩かないでよ。ほら、はぐれちゃったら、僕、君を探すの大変なんだからねぇ。……それとも何? 僕の隣を歩くの、そんなに緊張する? 昔はさ、いっつも僕の服の裾を掴んでついてきてたくせに。……ね、一歩歩くたびに、君の肩がびくびくって震えてるよ。おかしいねぇ。私たちはただの幼馴染なのに。それとも、今はもう……ただの幼馴染じゃ、なくなっちゃったのかな?」

 

言葉の終わりに、彼女は喉の奥で息を漏らすようにして笑った。その声のリズムには、独特の空白が存在している。次の文節が紡がれるまでのわずかな停滞が、周囲の雑音を一瞬だけ遠ざけるような錯覚を与えた。

 

彼女の気配は、こちらの呼吸の周期に恐ろしいほど正確に同期していた。並ぶ屋台の配置、店主が鉄板を叩く音、それらすべてを等しく背景へと追いやりながら、無意識の領域では、こちらの自由を少しずつ削ぎ落としていくための方法を選別している。こちらが他の出店へ目を向けるたび、彼女は浴衣の袂を小さく引き絞った。その布地が擦れ合う微かな音は、砂利を歩く足音の中に静かに消えていく。

 

最初に立ち止まったのは、境内の最も外縁に位置する金魚すくいの屋台だった。トタン製の四角い水槽の底には、破れかけた青いビニールシートが沈んでおり、安価な蛍光灯の白い光がその水面を青白く照らし出している。水槽の中では、指の先ほどの大きさの赤い金魚たちが、互いの肉体を押し付け合うようにして、濁った水の中を円を描いて泳ぎ回っていた。

 

「ほら、見て見て。金魚、すっごくたくさんいるよ。君、昔からこういうの、本当に下手くそだったよね。覚えてる? 小さい頃、一匹も取れなくて、泣きそうな顔してたの。……ねぇ、あの時も僕はこうやって、君の横顔をずっと見てたんだよ。君は水槽に夢中だったから、全然気づかなかっただろうけど。……ね、今夜はさ、あの頃みたいに僕のこと、置いてけぼりにしないでね? ちゃんと、僕だけを見ててよ。……ほら、おじさん、ポイ二つちょうだい」

 

彼女は百円玉を木箱に落とし、白い和紙の張られたプラスチックの枠を受け取った。その際、彼女の指先はわずかに内側へと丸められ、獲物を前にした獣が爪を隠すかのような形状を保っていた。彼女の無意識の行動は、こちらの死角へと確実に入り込み、精神的な逃げ道を塞ぐように制御されている。

 

彼女は屈み込み、浴衣の袖を左手で小さく押さえながら、ポイの先端を水面に近づけた。

 

「じゃあ、まずは僕からね。……そーっと、……こうやって、ね? ……あ。破れちゃったぁ。おかしいねぇ、もっと上手くいくと思ったんだけどな。……ん、でも、別にいいか。僕、金魚なんてそんなに欲しくないし。僕が本当に欲しいものは、もう目の前にあるもんね。……ねぇ、何のことか分かんない、って顔しないでよ。君のそういうとぼけた顔、昔から大嫌いで……すっごく、大好きだよ」

 

水面に触れた瞬間に、白い和紙は中央から音もなく裂け、そこから濁った水がじわりと染み出してきた。彼女はその様子を、感情の失せた目で見つめていたが、すぐに口元だけを元の位置へと吊り上げた。彼女の声の語尾は、常に母音が微かに引き伸ばされる。その引き伸ばされた音が、周囲の湿った夜気に溶け込み、耳の奥に張り付いて離れなくなる。

 

彼女は裂けたポイをバケツに捨て、新しいポイをこちらの手に握らせた。手のひらに彼女の指先が触れた瞬間、指先から冷たい感覚が伝ってくる。

 

「次は、君の番。ねぇ、僕の代わりに、ちゃんと捕まえてよ。……逃がしちゃ、駄目だからね? もし逃がしたら……どうしよっか。君の大事なもの、僕が代わりに一つ、もらっちゃおうかな。……ふふ、冗談。そんなに怯えないでよ。僕が君から奪いたいものなんて、最初から一つしかないんだからさ。……ほら、集中して」

 

水槽に向かって腰を落とすと、彼女はその真後ろに立ち、こちらの背中に自身の胸を密着させるようにして顔を近づけた。手元の水面に集中しようとすればするほど、視界の上部に彼女の紫色の髪の毛先が、そして鼻腔には彼女の皮膚から立ち上る、人工的な甘い匂いが侵入してくる。彼女の吐息が首筋に触れるたび、こちらの指先から微細な感覚が失われていった。

 

粘り気のある夏の夜闇が、まるで実体を持った泥のように二人の隙間へじわりと滑り込み、呼吸のたびに肌を包み込んで思考を重く麻痺させていく。

金魚たちの立てる微かな水音が、蛍光灯の雑音と混ざり合う。持つポイが水中を滑り、一匹の金魚の腹を掠めた。その瞬間、和紙は耐えきれずに大きく破れ、金魚は再び青いビニールシートの深みへと消えていった。

 

「あーあ、やっぱり駄目だったね。でも、いいよ。君がそうやって必死になってる姿、後ろから見てるの、楽しかったから。……じゃあ、次行こっか」

 

彼女はこちらの腕に自身の腕を軽く絡め、次の屋台へと歩き出した。その皮膚の温度は、夏の夜の空気よりもわずかに低く、触れた部分から冷気が伝ってくるようだった。

 

次に足を止めたのは、境内の中央付近、電球の光が最も届きにくい場所に設置された型抜きの屋台だった。錆びた折りたたみ式の長机の上には、ピンクや黄色の薄い澱粉の板が並べられており、その上にはいくつかの画鋲と細い針が散らばっている。机の前に座っている数人の子供たちは、誰も口を利かず、ただ手元の板を凝視していた。周囲には、古い砂糖が焦げたような、甘苦い匂いが漂っている。

 

「へぇ、型抜きなんて、まだやってるんだねぇ。懐かしい。君、これ得意だった? 僕、じっと見てるから、君の凄いところ、見せてよ。……ほら、早く針を持って。僕の視線が痛い? ふふ、気のせいだよ。僕はただ、君の手元を見てるだけ。……そう、手元をね。君の指先、少し震えてる。爪の形も、指の長さも、昔と全然変わらないね。僕の知ってる、君の手だ。……ねぇ、その手でさ、昔みたいに僕のこと、ぎゅってしてよ」

 

彼女はこちらの隣に並んで腰を下ろした。長机の幅が狭いため、彼女の太ももがこちらの側面に完全に密着している。浴衣の薄い布地を通して、彼女の身体の輪郭が直接こちらの肉に食い込んできた。

 

手渡されたピンク色の板を手に取り、中央に刻まれたチューリップの模様を見つめる。細い針の先をその輪郭に当て、慎重に力を込める。カリ、カリ、という、固形物が削れる乾いた音が、二人の間で規則正しく響き始めた。

 

彼女は言葉を止め、ただこちらの手元に視線を落としていた。その沈黙は、五秒、十秒と引き延ばされていく。彼女のこの「間」は、周囲の全ての雑音を吸い尽くすかのような重さを持っていた。こちらの呼吸音が大きくなり、額から汗が滲み出る。彼女の無意識の思考は、こちらの集中力が限界に達し、その指先が狂う瞬間を正確に待ち望んでいるようだった。

 

「……じーっ。……ねぇ、緊張してる? 手、震えてるよぉ。僕のこと、そんなに意識しちゃってるのかな。……それとも、このまま型抜きが割れちゃったら、僕が何か恐ろしいことでもするんじゃないかって、そう思ってる? ……ん、正解。もし割れちゃったら、君はもう、ここから帰れなくなっちゃうかもね。ずーっと、僕とお祭りの中に閉じ込められちゃうの。……それって、そんなに嫌なこと? 僕はさ、君と二人きりなら、ここが世界の終わりでもいいんだけどな」

 

耳元で囁かれる言葉の語尾が、脳の奥を直接揺さぶる。動揺を抑えようと針を強く押し付けた。その瞬間、パキ、という短い音が机の上で鳴った。チューリップの花びらの根元から、斜めに白い亀裂が走り、板は二つに分断された。

 

「あーあ。割れちゃったね。やっぱり、僕が見てると集中できなかった? ふふ、ごめんね。でも、君がそうやって僕に振り回されてるのを見るの、嫌いじゃないよ。……ね、約束通り、君はもう帰れないね。どうする? 諦めて、僕に全部預けちゃう? 君のこれからの時間、全部僕にちょうだいよ。幼馴染の特権、ってことでさ。……ねぇ、返事は? ……ん、今は言わなくていいよ。後で、じっくり聞かせてね」

 

彼女は立ち上がり、浴衣のシワを両手で軽く叩いて伸ばした。その挙動は、見慣れたあの首を傾げる仕草を連想させるものであったが、その輪郭は夜の闇に溶けて、どこか曖昧になっていた。浴衣の襟元から覗く白い項は、湿った夜気を吸って、恐ろしいほど滑らかな官能を放っている。柔らかな肉の起伏が、衣擦れの音と共に吐息の温かさを帯び、こちらの視覚を静かに侵食していくようだった。彼女の足首は細く、白く、電球の赤い光を浴びて、まるですでに血の通っていない蝋細工のように浮き上がっていた。

 

境内を歩く人々の影は、いつの間に変死したかのように消え去っていた。立ち並ぶ屋台の多くが片付けを始め、電球が一つずつ消されていく。その中で、境内の最も奥、巨大な杉の木の根元に、一つだけ赤い光を放つ屋台が残されていた。りんご飴の屋台だった。ガラスケースの中に吊るされた無数の赤い球体は、街灯の光を浴びて、まるで濡れた石のように艶やかに光っている。

 

「りんご飴、ひとつ。……ん、ありがと。……ねぇ、お祭り、もう終わっちゃうね。楽しかった? 僕はね、すっごく楽しかったよ。だって、君と二人きりで、こんなに長く一緒にいられたんだもん。……あはは、何その顔。まるで、今夜が最後のお別れみたいな顔しちゃって。終わらないよ、お祭りは。君が僕のことを見つめ続けてくれる限り、ずーっとね。……ほら、見て。このりんご飴、真っ赤で、すっごく綺麗。……ねぇ、これさ、二人の記念にしようよ」

 

彼女は小銭を店主に渡し、木の棒に刺さったりんご飴を受け取った。その表面の赤い飴細工は、気泡一つなく滑らかで、彼女の琥珀色の瞳をそのまま映し出していた。

 

二人はさらに奥へと進み、周囲に誰もいない御神木の影へと入り込んだ。ここにはもう電球の光は届かず、ただ杉の葉の隙間から漏れる月光だけが、彼女の顔を半分だけ白く照らしている。風が完全に止まり、虫の声すらも聞こえなくなった。世界全体の容積が、この御神木の周囲数メートルだけに縮小してしまったかのような、完全な静寂がそこにあった。

 

どれだけ他の誰かに微笑み、誰の隣に並ぼうとも、僕のすべての根底は、泥に塗れたこの両腕で君のすべてを圧し潰し、その存在ごと永久に僕だけのものとして囲い込みたいという、執拗な餓えだけで満たされている。

 

彼女は御神木の黒い幹に背中を預け、両手で大事そうにりんご飴を胸の前に掲げた。首をわずかに右へ傾け、こちらの呼吸に完全に自身の存在を同期させる。その表情には、先ほどまでの幼馴染としての軽薄さは一切消え失せていた。ただ、強固な意志だけが、その細い目の奥に宿っている。

 

「じゃあ、食べるね。……じっと見てて。僕が君の目の前で、これをどうやって食べるか、その目と耳に、ずーっと消えないように焼き付けてあげるから。……ん。……カチリ。……シャキ。……んむ、……ん。甘くて、ちょっと酸っぱくて、……すっごく美味いよ。……ねぇ、君も、食べる?」

 

唇が開く。カチリ、と硬い音がして、すぐにシャキ、と生々しい果肉の音が静寂を割った。

 

彼女の口元から、一筋の赤い汁が溢れそうになった。彼女はそれを、指を使うことなく、ただ舌の先を小さく覗かせて、ペロリと滑らかな動作で舐めとった。

沈黙が訪れる。彼女の持つりんご飴の、一口だけ欠けた部分から、白い果肉が夜の闇の中に露出している。彼女はその果肉の面をこちらの唇へとゆっくりと近づけていった。

 

「……ん。美味いよ。……君も、食べる?」

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