【One Piece.アーカイブ】ホロライブ青春短編集2 ワンサマー  Libera me from AI 文体は文学多め。ジャンルごちゃ混ぜ闇鍋パーティー   作:夏目陽光

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【新衣装?】天才魔女の秘密の地下実験場から配信!科学とかいうの、シオンが完全論破してやるわwwwww!!!【ホロライブ/紫咲シオン】

オーディオインターフェースのインプット・シグナルが、鮮やかな黄緑から一瞬だけソリッドな赤に変色した。デジタル特有の短いクリップノイズがコンデンサーマイクの底でピシッと弾け、画面右下に配置されたチャットビューアが一気に、垂直の壁を形成するような超高速でせり上がっていく。配信開始のエンコードが走った瞬間、画面中央の待機画面――紫色のカラーバーと歪んだ時計のグラフィック――がノイズ混じりにフェードアウトし、暗転したスロットが切り替わると同時に、コメントのスクロール速度がさらに一段階、ギアを上げた。

 

「……ん。おまたせ。みんな、おつしおー! ホロライブ二期生の、天才魔法使い、紫咲シオンでありまーす! 聞こえてる? 音、ちゃんと届いてるよね? なんか今、一瞬だけ接続の挙動が怪しかった気がするんだけど……まあシオンの環境が最強だから大丈夫か! よし!」

 

画面が切り替わった瞬間、チャット欄は一斉に文字の濁流と化した。

 

『おつしおー!』

『まってたあああ』

『音質よし、ノイズなし!』

『え、ちょっと待って衣装!?』

『夏服じゃん!!』

『セーラー服だああああ』

『おいなんか肩についてるぞ』

『とんがり帽子にメッシュか?』

『あ』

『おつしお』

 

シオンはレンズに向けて半歩にじり寄り、レンズの光軸を覗き込むようにして胸を張った。

見慣れた白ベースに紺の襟の夏服セーラー。だがその両肩には、薄いシフォン生地を三層に重ねた、夜空の偏光を映すような群青のケープがピンで留められている。地下室特有の、湿気を含んだ対流が裾を揺らすたび、生地の裏側に銀糸で刺繍された極小の数式群が、蛍の光に似た周期で淡く瞬いた。頭上には粗い麻のようなメッシュで編まれた、小ぶりな黒いとんがり帽子。そのリボンを固定するアメジストの割面が、彼女が小刻みに首を振る動きに合わせてカチカチと規則正しい摩擦音を立てる。

 

「あ、気付いた? お前らさ、そういう細かいところだけは本当に視力がバグるよね。じゃじゃーん。どう、これ? いつもの夏服をさ、シオンがちょっといじって、夏用の特製魔女服にしてみましたー。パチパチパチ。……何が『帽子暑そう』だ。これ、ただのメッシュに見えて、実は空間の熱伝導率を局所的に反転させる幾何学配列が仕込まれてるから。被ってるだけで頭頂部のエントロピーが勝手に外に捨てられる仕組み。つまりクソ涼しいですー。そこらの既製品と一緒にすんなよ。……あ、いま『どうせ既製品だろ』って書いたやつ、名前控えたからな。あとで部屋の鍵の因果律歪めて、一生鍵穴に刺さんなくしてやる。まじで」

 

シオンはぷくーっと頬を膨らませ、これ見よがしにカメラを睨みつけた。コメント欄に「はいはい可愛い」「いつもの拗ね助かる」という文字が躍るのを横目で確認し、フンと鼻を鳴らす。

そのまま上体を少し前に傾けると、細い両手の親指で下瞼をぐっと引き下げ、小さなピンク色の舌をこれでもかと突き出した。

 

「べーーーだ! バーカ! お前らの部屋の鍵なんて全部回んなくしてやるからな! ざまぁみろ!」

 

『クソガキ助かるwww』

『ガチのあっかんべーだww』

『煽り性能高すぎ』

『顔真っ赤にして怒る準備した』

『あ』

『それより早く本題いこーぜ』

『鍵屋が儲かるな』

『メッシュ帽子普通に欲しい』

 

「あ、いま『それより早く本題いこーぜ』って言ったやつ! 誰だし! 人がせっかく新衣装の解説してあげてんのにその態度は何!? もー、お前らにはこの服の凄さがこれっぽっちも分かってないんだ。もう実験中止にする?作用機序から説明してあげようと思ったのになー、もったいな。……嘘だよ、やるよ! そんなすぐにキレるなよ。ちょっといじっただけじゃん、カルシウム足りてないんじゃないの? 現代人はこれだからさぁ。ほら、お茶でも飲んで落ち着きなさいよ」

 

シオンはサブモニターを睨みつけると、鼻をフンと鳴らして、机の上に置かれた擦り切れた革表紙の分厚い魔道書を乱暴に捲り始めた。

 

「今日は、いつもみたいにゲームでギャーギャー騒ぐだけの配信じゃありません。みんな、シオンのこと『ただのゲーム実況者』だと思ってない? 違うからね。シオン、本職はマジで世界を揺るがすレベルの天才魔法使いだから。というわけで、今日はシオンの『本当の日常』をみんなに見せてあげようと思いまーす。じゃん。ここ、どこだか分かる?」

 

シオンがデスクから離れ、数歩後ろへ下がると、グリーンバックの背景がリアルタイムのレンダリングを伴って歪み、石造りの空間へと拡張された。

湿った灰色の石壁。歪な角度で噛み合わされた強固な梁。棚には歪んだガラスフラスコが並び、その内部では、粘度の高そうな深紫の液体が、重力を拒否して下から上へと不規則な気泡を破裂させている。部屋の隅には、鈍い銀の光沢を放つ巨大な鋳鉄の大釜が鎮座し、かすかに緑色の燐光を帯びた細い煙を天井へ向けて吐き出していた。

 

『ガチの実験室じゃん』

『背景のクオリティ高すぎ』

『配信機材よく持ち込めたなこれ』

『なんかジメジメしてそう』

『あ』

『フラスコの中身の粘度やば』

 

「背景じゃないから! これシオンの秘密の地下実験場! っていうかさ、ここマジで電波が届かなくて、物理的な光回線と、魔力をパケットに変換する量子変調ルーターを同期させるの、クソ大変だったんだからね?空間の因果律が元からバグってるから、さっきも配信テストのときにシオンの音声が3秒後の未来から聞こえてきたりしたんだから。お前ら、この安定した映像が見られてることに、もっと感謝しなさいよ?ほんと、回線が通っただけで奇跡なんだから」

 

腰に両手を当て、顎を少しだけ突き出す。

魔術の理論構築や、現実の電子ガジェットをオカルト回路に噛み合わせる苦労話にシフトした瞬間、彼女の発話のテンポは無意識のうちに跳ねるように早くなっていった。

 

「でね、今日ここで何をするかっていうと。最近、シオンが独自に開発した新しい魔術式があるわけ。熱力学の第二法則っていう、科学の世界のめちゃくちゃ偉そうなルールがあるじゃん? 『熱は高い方から低い方にしか流れない』とかいうやつ。あれを、情報力学的なアプローチとオカルトの『負のエントロピー』で完全にねじ伏せる実験をやります。要するに、世界で一番ハイテクな、魔導エアコンの展開実験です。……あ、待って、コラ、『絶対爆発する』って書くな。誰が爆破系配信者だ。シオンが失敗するわけないじゃん、天才なんだから。お前らさぁ、シオンの信頼度低すぎるんだよね。もっとこう、敬いなさいよ」

 

シオンの指先が、無意識のうちにツインテールの毛先をくるくると巻き取る。彼女の視線は、リスナーの茶化すようなコメントと、机の上の複雑な幾学模様の間を、せわしなく往復していた。

 

「えー、それでは第一の実験、始めまーす」

 

シオンは部屋の中央、石床に直接刻まれた巨大な魔法陣の前に立った。陣の周囲には、チョークで書かれたような数式やビット列が、まるで生き物のようにかすかに蠢いている。古典的な魔法陣の記号の中に、現代の情報幾何学における確率共鳴のグラフが混ざり込んでいるのが見える。

 

「今回展開するのは、『局所逆位エントロピーによる分子運動選択結界』。難しく聞こえるかもしれないけど、要するに、空間の中に『マクスウェルの悪魔』を魔力で実体化させるわけ。空気中の動きの速い分子と、遅い分子を完全に選別して、速い方の分子――つまり熱源だけを、この地下室の外へ強制的にパケット転送する。そうすると、この部屋の中はどうなると思う? 解は、エネルギーが引かれて勝手に冷える。完璧な理論でしょ?」

 

『マクスウェルの悪魔を魔術でやるのヤバすぎ』

『エアコン魔法の裏がガチすぎる』

『でもシオンちゃん、それ情報の廃棄(ランドアワーの限界)はどうすんの?』

『絶対嘘だわww』

『草』

『なんか難しそうなこと言って誤魔化そうとしてる』

 

「お、いい質問じゃん。誰だか知らないけど、ちょっとはお勉強できるやつがいるみたいだね。情報の廃棄に伴う最小熱量の発生、いわゆるランドアワーの限界ね。普通なら、情報を消去するときに莫大な熱が生まれて、逆に部屋が燃えちゃうわけ。でも、そこはシオン様よ。廃棄する情報を、ただ消すんじゃなくて、オカルト的な『忘却の概念』に変換して、精神世界(アストラル界)のゴミ箱にシュートします。だから、この物理現実には1ワットの排熱も出ない。これ、現代科学と魔術の完全な勝利ね。じゃあ、いくよ? みんな、刮目せよ!」

 

言うが早いか、その悪戯っぽい瞳がスッと細められた。シオンは両足を肩幅に開き、夏服のスカートの裾を軽く整えた。深く、一度だけ息を吸い込む。

 

「――『マクスウェルの門を開け。分子の運動ベクトルを走査し、高熱源のビットを識別せよ。因果の糸を以て、忘却の淵へ情報の対価を支払う。展開・冷気の檻』。……ハイッ!」

 

シオンが両手を前方へ突き出し、指先をピアノを叩くように激しく動かした。

次の瞬間、石床の魔法陣が、網膜を焼くような強烈な青白い光を放った。キィィィン、という、鼓膜の奥を直接引っ掻くような高周波の音が響く。

画面の向こうのカメラのレンズが、一瞬で白く曇り始めた。部屋の四隅の石壁から、水分がまたたく間に凍りつき、白い霜の花が急速に広がっていくのが見える。

 

「おお……! すごい! めちゃくちゃ大成功じゃんこれ!見てよお前ら、この物理法則がひっくり返る瞬間をさ!」

 

シオンの髪が、空間に発生した局所的な気圧差による突風で激しく舞い上がった。偏光生地の魔女ケープが、生き物のようにバタバタと音を立てる。

 

『おい腰の動きキレキレで草』

『セーラーの隙間から脇腹チラチラ見えてんだけど!』

『ウインクたすかる』

『あ』

『ガチで冷えてきてない?』

 

調子に乗って腰を左右にくねらせて煽ると、短くなったセーラー服の裾から、引き締まった白い脇腹と細い腰のラインが露わになり、タイトな胸元が彼女の動きに合わせて扇情的に揺れる。とんがり帽子を指先でちょんと押し上げ、レンズの光軸のど真ん中に向かってバチッと音が出そうなウインクを飛ばした。

 

「ど、どうよ! 見たかお前ら!これが天才魔法使い、紫咲シオン様の本当の力なのだー!フハハハハ……、あ、あれ?」

 

足元の魔法陣の光が、青から、深海の底のような不気味な黒みを帯びた紺色へと急速に変色していく。

ピキ、ピキキキッ、という、硬質な氷が割れるような音が、彼女の足元から響き渡った。

 

「待って。なんか……寒すぎない? え、ちょっと、これ、情報廃棄のインデックスが……バグってる? ゴミ箱の容量、そんなに小さかったっけ……?」

 

『おい、シオンの足元完全に凍ってるぞ』

『霜の広がるスピードがおかしい』

『画面のフレームレート落ちてきた、室温のせいで機材が逝く』

『凍れ凍れww』

『あ』

 

「嘘、あ、冷気の選別アルゴリズムがループに入った!? ちょっと待って! 『忘却のゴミ箱』が満杯になって、溢れた情報が逆流して――温度のマイナスベクトルが止まんないんだけど! やばいやばいやばい! 止まれ! 術式解除! エラーステータス404! 消えろ!」

 

シオンは慌てて両手を振り回し、空中に指先で強制終了のルーンを描こうとした。しかし、あまりの寒さに指先が思うように動かない。彼女の口から漏れる息は、すでに完全な白煙となって画面を覆い始めていた。画面のフレームレートがみるみる低下し、15fps、10fps、それから――。

 

ピキィィィィン。

 

完全に静止した。シオンが両手を突き出したまま、引きつった表情で固まっている。チャットの更新も完全に停止し、画面の右下には「接続が切断されました。再接続を試みています……」の無慈悲なシステムメッセージが点滅し始めた。

完全にフリーズした。冷気が物理的なパケット通信の量子ビットを直撃し、ルーターの同調信号が絶対零度の手前で完全に凍結したのだ。

配信画面は完全に死んだ。だが、地下実験場の現実は止まらない。

 

「な、なにこれ……ガチでフリーズした……。スマホ、スマホどこ……」

 

粘度の高い液体を強引に引きずるため、彼女の華奢な腰が左右に大きく、滑らかな円を描くように揺れる。薄いセーラー服の生地が背中や脇腹にぴったりと張り付き、寒さに震えながらも必死にルーターのコードを引っ張る彼女の、小さくて白い手先が赤く悴んでおり、その泥臭い懸命さに思わず胸が締め付けられるような愛おしさが走る。

 

「うう……冷たっ! 何これ、ルーターが物理的に結露して凍りついてるじゃん……。嘘でしょ、これ触ったら指の皮が持っていかれるやつ……. あ、痛いっ! もう、なんなのこれ!」

 

シオンは泣きそうになりながら、夏服のセーラーの袖を手の甲まで引っ張り、布越しに凍りついたLANケーブルを掴んだ。力任せに引き抜こうとするが、氷が噛み合ってびくともしない。

 

「抜けない……! お前、空気読めよ! シオンの配信が止まってんだぞ! リスナーが心配して……いや、絶対あいつら草生やして待ってるわ! クソ、絶対に復旧して言い訳してやるんだから! ぬ、抜けないぃぃぃ!」

 

地べたに膝をつき、必死にルーターを両手で抱え込んで、口元から温かい息をふーふーと吹きかける。

 

「あったまれ……あったまれよぉ……! シオンの最強の吐息で溶けろ!」

 

泥臭くルーターを温めること数分。ガチガチと歯を鳴らしながら、スマホのテザリング設定を立ち上げる。画面の同期設定を強引にオカルト回路にバイパスし、パケットの因果律を手動で書き換える。

 

「あ、認識した!? 回線、戻れ! 戻りなさいよ!」

 

コントロールパネルのインジケーターが、激しく赤と緑に明滅を繰り返した。

 

『あ』

『復活した?』

『生きてるかー?』

『配信止まってたぞww』

『絶対零度配信草』

『シオンちゃん?』

 

「あ、繋がった!? お前ら見えてる!? 音声届いてる!? よし、ビットレート戻った! ふぅ……マジで死ぬかと思ったわ。いい? 今のは機材がシオンの強大な魔力に耐えきれなかっただけだからね。魔法の基礎理論は完璧だったし、部屋は一瞬で冷えたんだから、シオンの勝ち!」

 

シオンはなんとか椅子に座り直すと、机の上の湯呑みを両手で掴み、冷めきったお茶をズズッと啜った。

 

「……あ。冷た。お茶まで凍りかけてるじゃん。何これ最悪なんだけど。……笑うなお前ら! ちょっと、あの、アストラル界のメモリ配分を計算ミスしただけだし! ほら、この夏服衣装、通気性が良すぎるから、寒さがダイレクトに脳にきちゃっただけだから!でもさ、これでお前らも分かったでしょ?シオンの魔法は『本物』だってこと。ちょっと出力が凄すぎちゃうんだよねー、天才だからさ。世界の方がシオンの処理速度に追いついてないわけ。わかった?」

 

髪の毛の束を指先で弾きながら、再びいつもの傲慢なドヤ顔を見せる。

 

『冷え冷えのお茶啜ってて草』

『動線がバグってるぞw』

『言い訳が早口すぎる』

『はいはい天才天才』

『お腹壊すぞ』

『ガチで寒そう』

 

「何が『お腹壊すぞ』だ。シオンの胃腸をナメるなよ? これくらいの寒さ、天才魔法使いにとっては涼しい範疇だから。全然平気だし。ほら、全然震えてないし。……よし、じゃあ、ちょっと体が温まるように、次の実験の準備をしよっかな。次はね、もっと魔女っぽいこと――」

 

そこまで言ったところで、シオンの言葉が不自然に途切れた。

彼女の顔から、急速に血の気が引いていく。

さっきまで傲慢に反らされていた胸元が、微かに内側へと縮こまった。

 

「……あ」

 

『あ』

『おい顔色やばいぞ』

『フラグ回収か?』

『どうした?』

 

「……ちょっと、待って」

 

シオンは机の上に両手をつき、じっと動かなくなった。

絶対零度寸前まで冷え切った地下室。そこに、半袖の夏服セーラー服。さらに、先ほど一瞬だけ冷めきったお茶を、冷えた胃袋にダイレクトに流し込んだ事実。それらの悪条件が、彼女の華奢な下腹部を完全に直撃していた。

 

グルルルル……。

 

高性能なコンデンサーマイクが、シオンのお腹の底から響いた、およそアイドルの配信では鳴ってはいけないレベルのリアルな不調和音を精密に拾い上げた。

 

「……ッ!」

 

『鳴ったwwwww』

『おい今のお腹の音!?』

『ガチのやつじゃんww』

『お腹ポンポン案件』

『トイレいけwww』

『草』

『あ』

『ミュートし忘れ助かる』

 

「ち、違う! 今のは大釜の、大釜の環境音だから! シオンのお腹じゃないし! 違う、違うもん!」

 

必死に言い訳をするが、シオンの両手は無意識のうちに自分のお腹のあたりをぎゅっと押さえていた。

だが、波は容赦なく押し寄せる。冷気による平滑筋の急激な収縮は、天才魔法使いの精神力をもってしても制御不能だった。

 

「……あ、無理。ちょっと、待って、お前ら、そこにいろよ。動くなよ」

 

シオンは椅子から飛び起きた。しかし、配信のミュートボタンを押す心の余裕すらなかった。彼女はそのまま、カメラの画角から外れ、実験場の奥にある木製の重い扉へと猛ダッシュで駆け込んでいった。

 

バタン!!!

 

激しいドアの閉まる音が地下室に響き渡る。

そして、配信画面には、主を失った無人の椅子と、怪しく光る魔法陣、そして――。

 

ガチャ、という鍵の閉まる音。

続いて、完全にミュートし忘れたマイクが、扉の向こう側から漏れてくる微かな音を拾い始めた。

 

「……っ、いったぁ……。もー、最悪……。なんでこんな……冷てっ、便座クソ冷たいんだけど!? ひゃんっ! あ、痛たた……うぅ……」

 

『ミュートしろwwww』

『便座が冷たいwwww』

『ガチの環境音サスペンス始まって草』

『アイドル生命の危機』

『たすけてwwwお腹痛いwww』

『お腹ポンポンしてあげるね……』

『かわいそうだけど草』

『あ』

 

扉の向こうで、シオンが泣きそうになりながら「ううー……」とうめいている声が、地下の冷たい空気を通じてリアルに響いてくる。

あまりの寒さに、トイレに備え付けられたトイレットペーパーのホルダーをゴシゴシと力任せに回すシオン。だが、静電気のせいで残った魔力が微弱に暴走し、バチッと火花が走って「ひゃんっ!?」と短い悲鳴を上げて飛び上がる。驚きのあまり便座から落ちそうになり、スカートの裾を振り乱しながら、涙目で自分の指先をふーふーと必死に息で冷ましている。

 

トイレの床でそんな不器用なアクシデントに見舞われているのか、時折「痛いっ!」とか「もう何なの!」という小さな怒鳴り声が聞こえ、チャット欄は完全に狂乱の渦と化していた。

 

十数分後。

バタン、と再び扉が開く音がした。

足音はひどくゆっくりとしていた。トボトボという擬音がぴったりな足取りで、シオンがカメラの前へと戻ってきた。

その顔は完全に真っ赤だった。耳の先までリンゴのように染まり、涙目で、髪の毛はさらにボサボサになっている。

彼女は無言で椅子に座ると、しばらくの間、机に突っ伏して動かなかった。

 

『おかえり』

『生きてるか?』

『ミュート、忘れてたぞ』

『全部聞こえてたww』

『便座あっためておいたよ』

 

ゆっくりと、シオンが顔を上げた。その目は本気で潤んでいた。

 

「……お前らさぁ」

 

声が、いつもの3倍くらい低い。

 

「……聞こえてた?」

 

『バッチリ』

『便座冷たいって』

『うめき声たすかった』

『あ』

 

「死ねえええええええええええええええええええ!!!!!!」

 

シオンは立ち上がり、画面に向かって狂ったように両手を振り回した。

 

「忘れて! 今のは魔法の, その、呪詛の詠唱だから! 腹痛の悪魔を召喚するタイプのガチの魔術だから! お前ら、それ以上なんか言ったら、マジで、マジで次回の配信から全員の画面をモザイクで埋め尽くしてやるからな! あーもー!最悪! 何なの今日!」

 

『はいはい詠唱詠唱』

『めちゃくちゃ可愛いかったぞw』

『ガチの泥臭さたすかる』

『最高神回』

 

「神回って言うな! もう終わり! 今日の実験は全面中止! シオンはお風呂に入って、この冷え切った体を42度のお湯で完全に解凍してきます! お前ら、今日の切り抜きとか作ったら、マジのガチで末代まで呪うからね!?分かった!?」

 

そう言いながらも、シオンは画面の端にある配信終了ボタンに手を伸ばしつつ、カメラに向かって最後ににっこりと、少し照れくさそうな、けれど最高の笑顔を見せた。

 

「……でも、まぁ、楽しかったでしょ? シオンの可愛いところ、たくさん見られたんだからさ。それじゃあ、みんな、おつしおでしたー! バイバーイ!ちゃんとアーカイブ高評価押しとけよー!押し忘れたらお腹痛くなる呪いかけるからね!」

 

手を大きく振って、配信は終了した。

地下実験場の居残り時間

配信の接続が完全に切れたことを確認し、シオンは「はぁー……」と大きなため息をついて、その場にへたり込んだ。

 

「あー! クソが! マジで最悪なんだけど! 何が詠唱だよ、恥ずかしすぎて死ぬわ! これ絶対次の配信でもお腹ポンポンとか言われるやつじゃん! 塩っ子のやつら、絶対面白がって弄ってくるに決まってる、あいつら本当にクソ!」

シオンは床に転がった大釜のヘラを思い切り蹴飛ばした。カン、と虚しい音が石壁に響く。

顔に触れると、まだ熱が引いていないのが分かった。鏡を見るまでもなく、今の自分の顔がどれだけ真っ赤になっているか容易に想像がつく。

 

「熱力学的なエントロピーの計算は完璧だったはずなのに、やっぱりオカルト的な『忘却のゴミ箱』の容量を見誤ったのがすべての敗因じゃん……。あそこに情報が詰まったせいで、処理落ちが物理現実にフィードバックして、結果的にシオンの胃腸までフリーズさせたってこと? クソ、あの魔導書、バグ報告の窓口どこだよ。著者をアストラル界の果てまで追放してやる……」

 

ぶつぶつと文句を言いながら、シオンは夏服のセーラーの襟を引っ張り、まだ微かに残る冷気の余韻に身を震わせた。

静まり返った地下室。リスナーたちの騒がしいコメントも、もうそこにはない。

 

「……はぁ。

……いや、よくないわ! ガチで服汚れたっていうか心が汚れたわこっちは!」

 

一人で誰もいない空間に向かってツッコミを入れ、シオンは自分の声の虚しい残響に、思わず「ふん」と鼻を鳴らした。

冷えた手を上着の端で適当に擦り、よっこらしょ、と重い腰を上げる。

 

「……また、何かやっちゃいました、ってか? あーあ、なろう系の主人公ならここで『おっかしいなー、シオンの規格外の魔力のせいで、この世界の世界線ごとフリーズしちゃったみたいだぞ?(トホホ)』とか可愛く言えるのになぁ。シオンの場合はただの腹痛じゃん。クソが」

 

口をへの字に曲げ、セーラー服の袖を掴んで、自分の頭をぽりぽりと掻いた。

 

「……ま、でも実際、シオンの展開した冷気結界の出力が、現代の光回線のパケット限界を超えてたのは事実だし? ってことは、シオンの潜在魔力がこの現実世界のインフラをちょっとばかし凌駕しちゃったってコトじゃん。あーあ、天才すぎるのも罪だね。またシオン何かやっちゃいました?」

 

誰もいない実験室で、自分の影に向かって顎をツンと突き出す。にやにやとした笑みが羞恥の赤みの下から漏れ出し、声のトーンがいつもの勝ち誇った調子へと滑らかに戻っていく。

傾いたとんがり帽子をガシッと掴んで真っ直ぐに直し、シオンは乱暴な足取りで地下室の階段へ向かった。階段の途中で一度、ローファーの底に残っていた薄い氷の破片を踏み潰し、パキッと小気味良い音が響く。

 

「あー、マジでお風呂。早く上がってあったかいココア飲も」

 

ドアを開ける直前、彼女は振り返りもせず、ただ片手だけを小さく振って、暗い地下室に別れを告げた。

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