【One Piece.アーカイブ】ホロライブ青春短編集2 ワンサマー Libera me from AI 文体は文学多め。ジャンルごちゃ混ぜ闇鍋パーティー 作:夏目陽光
鈍く鳴り響く真鍮の複合歯車が、巨大な鳥居の骨組みをギチギチと噛み合わせ、過熱した超高圧蒸気が「プシューッ!」と鉄錆の匂い混じりの白煙を吹き上げる。マゼンタの瓦斯光がどろりと滲む夕空へ、煤煙がゆっくりと溶けていった。
極東霊子蒸気八百万八州――かつて万世橋や数寄屋橋と呼ばれたその境界線は、明治の文明開化の面影を残す重厚な赤煉瓦の洋館が並ぶ一方、上空を網の目のように走る鋳鉄製の高架レールと、幾千もの細かな真鍮パネルがパタパタと超高速で回転して広告を形作る「機械式反転フラップ」の巨大壁面によって、歪に拡張されたスチームメガロポリスであった。通りに面した格子窓の奥からは、むせ返るような機械油の臭いとともに、蒸気駆動の自動三味線が爪弾く「ギィ、チィン」という物理的な摩擦音が瓦斯灯の揺れる路地に漏れ聞こえる。足元を見れば、側溝から噴き出す排気蒸気が、往来を行き交う人々の泥除け付きの重い下駄を白く包み込んでいた。遠くからは、巨大なピストン運動が刻む重低音の蒸気和太鼓が、お祭りの始まりを告げる地鳴りのような振動をレンガの床から体に直接伝えてくる。
「ミオちゃんミオちゃん、あっちあっち! 新型の霊子圧搾水飴だって! ボイラーの余熱で練り上げられてて、食べると口から本物のカラー蒸気が出るんだってさ! おもしろそうー!」
白い狐耳をピコピコと弾ませ、白上フブキが草履の踵を鳴らして振り返る。その拍子に、白と淡い水色のストライプが走る夏涼ノ着物の袖が大きく翻った。
大正ロマンの風情を湛えたその衣服は、一見して軽やかだが、実際には高圧蒸気パイプの熱から身を守るための耐熱多層アスベスト布で織られており、ずっしりとした鉄の重量感がある。腰元を締め上げるのは、鋳造された真鍮のからくり歯車を複雑に組み合わせたコルセット風の帯留めだ。フブキの激しい動きに合わせて、帯の背面に仕込まれた「オルゴール式ゼンマイギミック」がガシャガシャと物理的な駆動音を立て、彼女の太い白い尻尾を巻き込むようにして小気味よく跳ねていた。フブキはすでに、手にした割り箸の先でパチパチと熱い火花を散らす、ねっとりとした半透明の水飴を、目をこれ以上ないほどキラキラと輝かせながら見つめている。
「ちょっとフブキ! 急に走ったら危ないってば! もう、いっつもアンテナ張るの早すぎなんだからぁ」
黒い狼耳を周囲の重低音
に鋭く反応させながら、人混みをかき分けて追うのは大神ミオだ。
ミオの着物は、漆黒の小袖に鮮やかな朱色の麻の葉模様が大胆にあしらわれたもの。こちらも生地の裏側に微小な細管が張り巡らされており、体温の上昇を感知すると、袖口に仕込まれた親指ほどの真鍮製排気弁が、小さく白い蒸気を「プツプツ」と音を立てて絶え間なく吐き出す構造になっている。背中には、霊子蒸気の圧力を常に一定に保つための、小社を模した真鍮製の堅牢な圧力調整タンク。胸元のホルダーに収まった、薄い鉄板をくり抜いて作られた使い込まれたタロットカードが、彼女の少し早歩きな歩調に合わせてカチカチと硬質な金属音を立てていた。
ふと二人が見上げた遥か上空、煤けた煉瓦ビル群の隙間を縫うように、一本の巨大な鉄の影がうねりを上げて疾走した。重厚な真鍮の鱗を夕日にギラつかせ、背面に並んだ数十本の太い排気パイプから黒煙と白煙を交互に噴き出しながら天空を駆けるのは、街の基幹圧力を司る「霊子蒸気龍」だ。龍が咆哮に似た凄まじいピストン駆動音を響かせて雲の彼方へ消え去ると、空中に散らばった煤混じりの熱い水滴が、まるで黒い雨の粒となって二人の頭上へしっとりと降り注いだ。
「ほら見てミオちゃん! これ口に入れると、ちゃんとパチパチして――」
「はいはい、わかったから一回立ち止まりなさいって。迷子になっても知らないよ?」
蒸気和太鼓の音が一段と高鳴る中、二人は大通りの出店を冷やかしながら歩く。
露店には、ガラス管の中で妖しく灯る真空管式の狐面や、ネジを巻くとチチチとゼンマイが鳴く真鍮の電子小鳥が並び、行き交う人々は皆、歯車を組み合わせた拡大ゴーグルを装着して、上空の蒸気仕掛けの山車を眺めていた。フブキは水飴を一口舐めては「んー!」と耳をピンと立たせ、すぐさま隣の露店の「からくり風鈴」に手を伸ばす。ミオはその自由奔放な後ろ姿を、呆れつつも目を細めて見守っていた。
だが、ミオの狼としての野生の感覚が、前方から漂う奇妙な圧変化(ノイズ)を捉えた。
フブキが向かった露店の奥、大正期から続くような古めかしいトタン屋根の影で、違法なジャンク商たちが、過度な蒸気圧で排気弁から黒い油を散らす密造ボイラーを並べて怪しい取引をしている。その中の一台、旧式の大型霊子ボイラーが、制御を完全に失ったかのように不規則な金属悲鳴を上げ、鉄製の外殻を真っ赤に融解させながら、今にも破裂しそうな重低音の唸りを上げていた。
「っ、フブキ、危ない――!!」
ミオの叫びと同時に、ボイラーの真鍮製安全弁が限界を迎えて弾け飛んだ。
バキィン、と鼓膜を刺す金属音が響き、過熱したギトギトの潤滑オイル混じりの熱水蒸気が、フブキの背後へ向かって一気に炸裂する。
「ひゃあっ!?」
殺気混じりの熱風にフブキの狐耳が限界まで伏せられた。咄嗟に振り返りざま、フブキは右手で自身の帯に仕込まれた緊急対抗レバーを思い切り引き絞る。背中のお社型パックパックから「バキィン!」と高圧の冷却ガスが噴射され、物理的な圧力で爆風を相殺しようとした。だが、引き絞る指先が焦りから少し滑り、放出されたガスは一瞬だけ不均等な渦を起こした。直撃こそ免れたものの、凄まじい熱波の余波がフブキの足元を激しく薙ぐ。
「わ、わわっ!」
フブキは高床式のぽっくり下駄のバランスを崩し、派手にたたらを踏んだ。手元から離れた霊子水飴が、無残にも泥と重油の混ざったレンガの床へと落ちてドロドロに汚れていく。
「フブキっ!!」
ミオが路面を蹴った。ミオは上半身の軸を微動だにさせず、すり足気味の神懸かり的な細幅の横ステップで路面のドス黒いオイル溜まりを完全に跳び越し、下駄の歯でレンガを鋭く噛む。その流れるような足捌きでフブキの懐へ滑り込むと、倒れかける細い体をその左腕でガシッと力強く抱きとめた。
凄まじい衝撃波が通りを駆け抜け、周囲の機械式フラップがガシャガシャと音を立ててバラバラに壊れ落ちる。衣服にねっとりと絡みつくオイルの焦げた臭いと、視界を完全に遮る濃厚な白煙。
「――っ、う、あつつ……。あぅ、ミオちゃん、ごめん……」
「ちょっとフブキ! マジで危ないって!! 怪我はない!? どこも焼けてない!?」
ミオの声はガチで震えていた。トーンの低い、冗談の一切通じない本気の怒りと焦燥。自分の下駄の歯が爆風の金属破片でガキリと削れ、大きく傾いたのにも構わず、抱きかかえたフブキの肩を強引に掴んで引き戻す。その視線はフブキの顔から手足、着物の裾までを何度も往復していた。
「あはは……ちょっと結界の出力ミスっちゃった。ミオちゃんが来てくれなきゃ、今頃おにぎりの具になるところだったわ……」
フブキは耳をペタンと寝かせ、わざと大袈裟に首をすくめておどけてみせた。だが、その頬は心なしか青ざめており、掴まれたミオの腕を握り返す指先が微かに震えている。強がりを言って笑おうとするものの、地面に落ちてドロドロに汚れた水飴を見て、本気でショックそうに眉を八の字に下げた。
「おにぎりの具じゃないのよ!! 笑い事じゃないってば、本当に……あーもう、心臓止まるかと思った……」
ミオはガチでため息を吐き出し、胸のタロットホルダーを押さえながら、その場にへたり込みそうになるのを堪えた。怒気を含んだ声の裏側で、本当にフブキを失うかもしれないという恐怖が脳裏をよぎり、奥歯が小さくガチガチと鳴る。フブキの無事を確認してようやく、ふにゃりと眉を下げて綺麗な八重歯を覗かせたが、その瞳にはまだ薄すらと涙膜が張っていた。
「水飴はまた後で買い直す。ほら、フブキの帯のゼンマイ、爆風の熱でここんとこ少し歪んで火花が出ちゃってる。危ないから、あそこのお茶屋さんに入って休もう。工具、持ってるからさ」
「……うん。ミオちゃん、ありがと……」
フブキはミオの服の袖をきゅっと掴みながら、少し気恥ずかしそうにコクコクと頷いた。いつもの調子を完全に取り戻せないまま、ミオの少し傾いた下駄の足元を気遣うように、そっと寄り添って歩き出す。
二人は、明治期の煉瓦造りの洋館をそのまま蒸気カフェへと改造した、川沿いの水茶屋のテラス席へと滑り込んだ。窓の外には、煤煙に混じって本物の桜の花びらがゆらゆらと舞う隅田川が広がり、時折、大型の蒸気推進屋形船が「ゴーーッ」と重低音の排気音を響かせて通り過ぎていく。そのたびに、オイルの匂いを孕んだ川風が、二人の重い着物の袖を心地よく揺らした。
テーブルに運ばれてきたのは、抹茶シロップが口の中でシャリ、シャリと小気味よい音を立てて脳に直接冷気を伝える、手動の氷削り機で作られた『宇治金時』だ。
ミオは手慣れた動作で懐から真鍮の小型万力と精密ドライバーを取り出すと、フブキの背後に回り、器用な指先で噛み合わせの狂ったゼンマイの歯車を丁寧に調整していく。彼女の指先が動くたび、金属の削れる音が「カリカリ」と小さく響いた。
フブキはその間、先ほどの恐怖が嘘のように、運ばれてきたかき氷を嬉しそうに見つめていた。スプーンを小さく握りしめ、まるで小さな子供のように足をパタパタと前後に揺らしながら、氷の山を崩さないように器用にすくい取る。口に運ぶと、「んー!」と両手を頬に当てて、頭を左右に小さく振る。口の中が冷たさでいっぱいになり、思わず「はふ、冷たっ……冷たぁい!」と声を漏らしながら、片手で口元を押さえて、もぐもぐと喉を鳴らした。スプーンを持った指先が少し緑色のシロップで汚れるのも気にせず、夢中で器を抱え込んでいる。
「……ん、これでよし。これでもう、どれだけ激しく盆踊りで動き回っても引っかからないよ」
ミオがポンとフブキの背中を叩くと、フブキは「ぷはっ」と息を吐き出し、スプーンを持ったまま振り返った。口の端にほんの少しだけ緑色の抹茶シロップを付けたまま、満面の笑みを浮かべる。
「んん〜、ありがとうミオちゃん! やっぱりミオちゃんの手付きは最高だね! ほら、ミオちゃんも一口食べる? あーん!」
「もう、口のまわり汚れてるよ」
ミオは苦笑しながら、懐から出した懐紙で優しく拭ってやった。フブキは大人しくそれに応じながら、少しだけ二つの白い耳を後ろに寝かせ、スプーンを持ったままテラスの向こうの夜景を見つめる。
「いや〜、やっぱりミオちゃんと来る祭りは最高だね! つまりフブミオは不滅ってワケ! ほら、フブミオファンのみんなも見てるぅ〜? ってカメラないけどさ!」
「はいはい、何言ってんの。誰も見てないから」
「なーんてね。でもさ、今日、こうして一緒に来てくれて本当に嬉しいな。最近お互い配信とかお仕事でずっとバタバタしてたからさ。こうやって二人で、のんびり夏の着物を着て、ただ街を歩くだけの時間が、すっごく欲しかったんだよね」
ふっと声音を落とし、いつになく真面目な顔でしっとりと呟くフブキ。ミオは少しだけ目を丸くしたが、胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じ、その表情を柔らかく崩した。世界で一番優しいお姉さんのような顔で微笑み、無意識のうちに左側の黒い髪を細い指先で耳にかけながら、胸元のタロットホルダーを愛おしそうになぞる。
「何言ってるのさ、フブキ。私だって、フブキとのお出かけ、すっごく楽しみにしてたんだよ? ……っていうか、フブキがこうやって強引に誘ってくれなかったら、私、またお家で一日中ゴロゴロしながらカードの整理だけで終わらせてたかもしれないしね。いつも私を外の面白い世界に連れ出しにきてくれて、ありがとうね、フブ――」
「なーんてね! ミオちゃん真に受けちゃった? かわいー!」
フブキは悪戯っぽく目を細め、ケラケラと嬉しそうに笑った。白い尻尾を左右に激しく振りながら、スプーンを突き出してミオの顔を覗き込む。
「ちょっとフブキ! 人の感動を返しなさいよ!」
「あはは! だってミオちゃんがガチのトーンで喋り出すから! でも、半分は本気だよ? 本気の本気!」
ミオは「もう、本当にフブキは……」と肩の力を抜いて笑った。二人の視線が静かに交わり、今度はどちらからともなくクスッと小さな笑い声が漏れた。言葉にして全てを説明しなくても、二人の間の信頼の絆は、この街のどんな頑強な鋼鉄の歯車よりも強く、深く、確かに噛み合っていることが分かっていた。
「よーし! エネルギーも修理もバッチリ完了! ミオちゃん、お腹もいっぱいになったことだし、次はいよいよ、あの盆踊り会場の真ん中、突撃しちゃうよー!」
フブキは最後の一口を勢いよく飲み込み、冷たさに「きゅぅん」と喉を鳴らしながらも、すでにテラスの椅子から勢いよく飛び起きていた。
「ええっ!? もう行くの!? ちょっと、口の中冷たいまま走ったらお腹痛くなるよ! お腹痛くなるよじゃないのよ! 待ちなさいってば!」
口では本気のツッコミを入れつつも、ミオはすでに自分の着物の帯をしっかりと締め直し、少し欠けた下駄の重心を器用に庇いながら立ち上がる。彼女の黒い狼の尻尾は、前方を駆けるフブキの白い狐の尻尾を追うように、嬉しさを隠しきれずパタパタと大きく揺れていた。
「遅れないでね、ミオちゃん! ネオ・ジャパンの夏は、これからが本番なんだから!」
「はいはい、わかってるって。……もう、待ってよ、フブキ!」
朱色の尾を激しく揺らしながら追いかけるミオの背中で、小さな社のコンデンサが、夜の始まりを告げるように一段と甲高い駆動音を上げ始めた。