ホロライブ短編集2   作:夏目陽光

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プライドとフローズン、ネオンの夜に

ピンクや紫、エメラルドグリーンのきつい光。

 

絶え間なく明滅するネオンの通路を, トワはぶつぶつと文句を言いながら歩いていた。どこかのクラブから漏れ出ているような重低音が、耳の奥を小刻みに揺らす。

 

「はー、まぶし。何これ、目がチカチカするんだけどー!」

 

声を張り上げないと自分の吐き出した音さえかき消されそうな空間で、彼女のサファイア色の瞳だけが、その毒々しい光をぎらぎらと跳ね返している。

 

時は夏休みも折り返しを過ぎた、夜19時。太陽が沈んでからも、足元のアスファルトからは日中に蓄積された熱が容赦なく這い上がってくる。トワの纏う黒のミニワンピースは、タイトなファブリックが肌にじっとりと張り付いて、ただただ煩わしい。胸元が大胆に開き、ベルトやスタッズがアクセントになったお気に入りのデザイン。シアー素材の袖やフリルの裾が、生温かい夜風に揺れる。いつもの帽子(ビビ)は、バッグの奥底へ乱暴に押し込まれていた。このうだるような熱気の中で被っていられるわけがない。

 

周囲を見渡せば、お揃いの浴衣を着た学生や、これ見よがしに涼しげな格好をしたカップルばかり。その楽しげな笑い声が、余計にトワの輪郭をこの空間から浮き上がらせる。

 

「……ってか、一人で来ちゃったけど、ちょっと寂しいかも。いやいや! トワ様は悪魔だし、ソロ遊園地くらい余裕なんだからね!」

 

誰も聞いていないのに、自分に言い聞せるようにスマホに向かって「ふんす」と鼻を鳴らす。ピンクとパープルのツインテールが汗で少し束になり、首筋にべ当たりと張り付いているのが最高に気持ち悪い。それでも、ここで引き返すわけにはいかなかった。

 

悪魔としてのプライド。あるいは、配信者としての執念。

 

「こんなとこでへばってたら、アイツらに何て言われるか……」

トワの視線が、光るマトをレーザー銃で撃ち抜くシューティング・コースターへと注がれる。日頃、FPSゲームの戦場で培ってきた彼女のエイム力。最高の結果を叩き出して、あのタイムラインのリスナーどもを全員黙らせてやる。その一念だけが、彼女の泥臭いプロ根性を突き動かしていた。

 

「よっしゃ、トワのエイム力見せつけてあげるし! 絶対にSSSランク取ってやるんだから! マジで!」

 

順番待ちの列に並びながら、トワは慣れた手つきでスマホを構えた。ネオンの光をバックに、「今からこれ乗る!天才悪魔の実力見とけよー!」と自撮り写真を添えてSNSに投稿する。

 

その瞬間、画面が激しく震えた。瞬く間に通知のポップアップが津波のように押し寄せ、画面を埋め尽くしていく。

 

『@kenzoku_1: トワ様エイムガチすぎて草。さすがFPS魔王』

『@v_listener: このワンピ姿の自撮りは助かりすぎるて……!TMT!』

『@tokoyami_fan: 待って夜の遊園地ソロ!?実質トワ様とデートじゃんこれ(幻覚)』

『@game_otaku: スコアエグくてワロタ。明日からの配信でめちゃくちゃドヤるの目に見えてて可愛い』

 

「あいつら、ほんと調子いいんだから……っ」

 

フフン、と満足げに鼻を鳴らしながらも、トワの口元はだらしなく緩んでしまう。

ソロ遊園地なんて、一般人から見れば寂しい奴の極みかもしれない。けれど、トワにはこの画面の向こうに、自分の一挙手一投足に一喜一憂し、時にイジり、時に全力で肯定してくれる泥臭い身内(眷属)が何万人と張り付いている。一人だけど、一人じゃない。この妙に心地良い距離感が、彼女の心をじんわりと満たしていた。

 

シートに乗り込み、安全バーがガチャンと腹部を圧迫する。コースターがガタガタと重い駆動音を立てて急加速し、夜の湿った熱風が正面から容赦なく顔を叩いた。トワはワンピースのシアーな袖を肘まで荒々しく捲り上げ、筐体に固定されたレーザー銃を両手で引き寄せる。指先が、筐体のプラスチックにじっとりと汗を馴染ませていく。彼女の目は、完全に戦場に立つプロのそれだった。

 

「あー! 待って、今の当たったじゃん! なんでぇ!?」

 

ラグか、それとも筐体の判定のバグか。思い通りにいかないマトに対して、すぐにリアルな悲鳴が上がる。

集中が頂点に達すると、無意識に上唇がムニッと中央に尖る。その泥臭くも愛らしい癖が、激しく明滅するエメラルドグリーンの光の中に、何度も何度も切り取られては消えていく。絶対に、あいつらに舐められたくない。ただそれだけの情念が、トリガーを引く指を動かしていた。

 

「そこっ! ……よし, 撃破! 綺麗にヘッドショット決まったわ、にゃはは!」

 

リザルト画面に『RANK: SSS』の文字が大きく表示された瞬間、あの一際高い笑い声が、夜の遊園地に響き渡った。嬉しさのあまり、両拳をリザルト画面に向けて突き出し、シートの上で小さくぴょんぴょんとバウンドする。

 

熱気と興奮の中で激しく動いたせいで、首筋からスタッズの打たれた胸元へと、大粒の汗がいくつも筋を作って流れ落ちていた。ワンピースの裾から覗く健康的な太ももが、ネオンの光を浴びて眩しく輝く。トワはドヤ顔で人差し指を天高く突き上げるポーズを決め、その画面を引ったくるようにスマホで撮影した。すぐにでも、さっきの眷属どもにリプライで叩きつけてやるために。

 

アトラクションを後にすると、急激な疲労感と暑さが一気に襲ってきた。おまけに、アドレナリンが切れた途端、お腹が派手に鳴った。

 

「はー、まじで暑い……。もう無理、死んじゃう……ってお腹空いたわ!」

 

手でパタパタと胸元を仰ぎながら、近くの売店へ向かう。ガッツリしたものを胃袋が要求していた。悪魔だし、こういう時は肉だ。

 

トワが目をつけたのは、肉汁が鉄板ではじける音を立てている、やたら大ぶりなアメリカン・ポークステーキ串の売店だった。それと、体に悪そうなケミカルな紫色をしたフローズンドリンク。受け取るなり、まずは冷たいやつをストローで勢いよく吸い込む。冷たさのあまり「きゅー」と目を細め、そのまま近くのプラスチック製のベンチになだれ込んだ。頭にキーンとくる痛みが、火照った脳を無理やり冷ましていく。

 

「よし、本命。いただきまーす」

 

タレが滴る肉串を口元へ運ぶ。ワンピースを汚さないように少し前かがみになり、豪快に肉に噛みついた。

「んむ! ……ん、おいしー! まじで肉柔らかいんだけど!」

ハフハフと不器用に口を動かしながら、甘辛いタレの濃厚な旨味を噛み締める。トワは食べることが大好きだ。美味しいものを口に入れている瞬間だけは、ソロ遊園地の寂しさも、夏の不快な暑さも完全に意識の外へと吹き飛んでいく。無防備で幸せそうな咀嚼音が、重低音のBGMに紛れて消えていった。

 

しかし、一息ついたのも束の間。冷たいカップを大事に抱えすぎたせいで、表面の結露が数滴、お気に入りのワンピースの黒地にポツポツと小さな染みを作ってしまっていた。さらに、串から垂れたタレの小さな一滴が、そのすぐ近くに落ちる。

 

「あ、最悪ー! シミになっちゃったじゃん……。誰も見てないよね?」

 

トワの生身の視線が、慌てて左右へと泳ぐ。口元をモグモグと動かしたまま、自分の不手際へのイラ立ちと恥ずかしさを隠すように、シアーの袖を絡ませてぎゅっと腕を組んだ。近くのガラス窓に映る、黒地の一部が色濃く変わってしまった自分の姿を睨みつけ、少し不満げに頬を膨らませる。

 

「トワ、別に子供っぽくなんか……ないもん。この服だって、ちゃんと大人っぽいだろ……?」

 

ガラスの中の自分に向けて、衣服のタイトなシルエットを意識するように少し胸を張ってみせるが、夏の夜の熱気と、自撮り画面に次々と届くファンの『ワンピ姿助かる』『実質デート』というコメントへの照れが混ざり合い、頬は隠しようもなく真っ赤に染まっていく。

 

フローズンのカップを両手で包み直し、冷たい刺激で高鳴る鼓動を落ち着かせる。

 

そういえば、あっちの観覧車、まだ乗ってなかったな。

残り半分の肉を勢いよく口に放り込み、もぐもぐと力強く咀嚼する。湧き上がる恥ずかしさを無理やり振り払うように、「ほら、次行くよ!」と自分に気合を入れる。

 

観覧車の長い列を抜け、ようやく案内されたゴンドラにトワは滑り込んだ。自動扉が静かに閉まると、外のうだるような熱気と耳障りな重低音が遮断され、冷房の効いた涼しい静寂が満ちていく。

 

「あー……涼しい。生き返るわ、マジで」

 

シートに深く背中を預け、冷たいアクリル窓にそっと額を押し当てた。ゴンドラがゆっくりと高度を上げるにつれ、まるで出来の悪いミニチュアの街を見下ろしているみたいに、眼下の景色がちっぽけになっていく。さっきまで自分を溺れさせていたギラギラしたネオンが、どこか遠い世界の出来事のようだ。

 

トワは手元のスマホを引っつかみ、膝の上に乗せたフローズンのカップと、窓の外の夜景をまとめてカメラに収めた。

 

『観覧車なう。冷房効いてて最高。お前ら、今日のトワ様のSSSランク、ちゃんと目に焼き付けとけよー!明日ドヤるからな!』

 

送信ボタンを押した直後、再び画面が目まぐるしく動き、無数の「草」「さすがトワ様」「明日楽しみにしてる!」というコメントが夜景の光よりも速く弾けた。

それを見つめるトワの口元に、ふにゃりとした柔らかい笑みがこぼれる。

どんなにひとりで歩いていても、どんなに静かな空間にいても、この端末の向こうには絶対に自分の居場所がある。結局のところ、自分が一番この泥臭くて温かい繋がりに救われているのだ。

 

「……まぁ、たまにはこういうソロ活も悪くないよね。みんながいるし」

 

誰にも聞こえない声で小さく呟き、トワはスマホを大事そうに胸元に抱きしめた。

ふと、アクリル窓に映る自分のマヌケな顔が目に入る。冷房の風が、ツインテールの毛先を悪戯っぽく揺らしていた。

 

「ってか、何しみじみしてんだろ、トワ。気持ち悪っ!」

 

自分で自分にツッコミを入れ、わざとらしく大きなため息をつく。せっかくいい雰囲気だったのに、思考がいつも通りに脱線していくのが自分でもおかしい。まあいい。エモいだけの悪魔なんてトワ様らしくないし、何より明日になれば、あの騒がしい配信画面が待っている。

 

ゴンドラが頂上へと近づく中、窓ガラスに映る自分の顔は、もう寂しさなんて微塵も残っていない、いつものちょっと生意気で、最高に楽しそうな「トワ様」の顔に戻っていた。明日の配信で、この眩しい夜の出来事をどこからどうやって自慢してやろうか。そんな悪戯っぽい企みで胸を膨らませながら、彼女は静かに、けれど熱く、夜のきらめきを見下ろしていた。

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