カツ、カツ、カツ。
震えている、乾いたクヌギの樹皮が。
右手の指先だけでその微かな脈動を受け止めていた。斜面に這いつくばるシオリ・ノヴェラの耳元を、カビと腐葉土の生温かい湿気が掠めていく。傷口に這い回る蚊の羽音も、太ももの裏側に突き刺さるアザミの痒みも、どうでもよかった。浅い呼吸のたび、肺の奥がゼイゼイと微かに鳴る。皮膚と内臓のノイズは、脳の引き出しに放り込んであった。
十五ミリメートル。マクロレンズのガラス越しに、その怪物が完全に静止する。前胸背板から中胸背板にかけて、鉄錆の混ざった古いインクのような暗い赤褐色が浮かび上がっていた。ムネアカオオアリの兵アリ。複眼の微細な個眼が光を撥ね返し、頭部のキチン質にある細かな点刻の一穴一穴までがレンズに迫る。
指先が発する熱を感知したのか、二本の触角が空中に激しい円を描く。
「ねえ」
形にならない喉の震え。乾いた唇が小さく裂け、鉄の味がした。ハサミの鋭利な角度を語るときのような、感情を排した低いトーンが、湿った土に吸われていく。
カメラを構えた手の位置は一ミリも動かない。巨大な、内側に不自然なほど湾曲した一対の大顎。その湾曲した刃の内側には、獲物の肉をすり潰すための微小な非対称の歯が並び、噛み合っていた。
その大顎を見つめながら、シオリは両手をパタパタと激しく上下に振った。興奮の容量を超えると、彼女の身体はいつも幼児のようにバタついた。インターネットで見つけたおかしなミーム動画を早口で捲し立て、画面の端で首をカクカクと左右に傾げながら笑い転げ、おいしいお菓子を前にしたときのように足をバタバタと震わせる。泥に塗れて虫の解体を凝視する指先は冷え切り、じっとりとした汗がレンズを汚していた。
アブラゼミの頭部が、その足元でまだピクピクと不規則に痙攣している。このセミの肉は、彼ら自身の食糧にはならない。ムネアカオオアリの成虫の主食は、樹液やアブラムシの出す甘露だ。それなのに、この兵アリは今、その顎を突き立てている。ネストの最も暗い部屋、自力では一ミリも動くことすらできず、ただ乳白色の身体をくねらせて口を開けている、血の繋がった無数のイモムシ――妹たちのために。彼女たちの口に流し込む「生の肉粉」を削り出すためだけに、この巨大な個体は生まれ、そこに存在している。セミの胸筋の繊維を横なぎに引き裂くたび、兵アリの頭部が機械的に小さく痙攣する。数日前から寝る間を惜しんで何十枚もの配信スライドを組み上げていたときの、妙に乾いた眼球の痛みが頭の奥で蘇る。あの時、何百枚ものファンアートを一枚ずつフォルダに仕分けながら、彼女は夜通し鼻歌を歌っていた。
ギリ……と、キチン質が圧壊する微細な音が、静寂を裂いた。
フォーカスリングを回す。
自宅の裏庭、湿ったレンガをひっくり返したときに現れる、奇妙な虫たちの蠢きを思い出す。子供の頃、見つけた雀の死体をただ土に埋めてやる代わりに、私は毎日そこへ通い、じっと座って観察を続けた。ハエが卵を産み付け、小さなトビイロケアリたちが群がり、雀の皮膚を、内臓を、筋肉の繊維を、均等に分配し、持ち去っていくプロセス。一週間後、そこに残された露出した胸骨の白さ。
「おえっ」と自分で声を上げて、小さく息を吐き出す。配信で変な味のグミを食べた時と同じ声だった。
ラベルの剥がれかけた瓶詰たち。落雷によって内部が完全に炭化し、半分土に還りかけているこのクヌギの巨木。その内部に、誰にも見つからないように、自分たちだけの閉じた迷宮を構築している。
「ちょっと待って。可笑しい。この子、今、私の指をどうしようかって迷ってるみたい。ねえ、噛んでみる? 痛いよ、きっと。でも、その大顎が私の皮膚を破って、中の柔らかいところに届くまで、どのくらいかかるかな。一瞬? それとも、もっとじわじわと、時間をかけて?」
独り言が、堰を切ったように細く、脈絡のない川となって溢れ出す。一つの死骸から始まった思考は、いつの間にか中世の拷問器具の構造や、昔読んだ医療小説のワンシーンへと脱線していく。チャット欄が「Bonk」の文字で埋め尽くされることもない。ただ、セミの鳴き声だけが、重い空気の中で振動を続けている。
カツ、カツ、カツカツ。
腹部を木肌に叩きつけ、兵アリが明確な警報を鳴らし始めた。コロニーへ危機を伝えるタッピング。モールス信号のようなその微細な衝撃が、私の指先へ、確実に骨へと染み渡っていく。興奮によって膨張したアリの腹部から、わずかに透ける節節の淡い膜が見え、そこからツンと鼻を突く酸っぱい蟻酸の匂いが漂う。
短い笑いが、喉の奥で弾けた。
痛いほどの拒絶。生存と防衛のためだけに研ぎ澄された小さな敵意。
もっと叩けばいい。皮膚を突き破って、その酸を私の肉に直接注ぎ込んでくれればいいのに。そうすれば、この頭の中で朝からずっとズキズキと鳴り止ない偏頭痛のノイズが、その激痛によって一瞬で消えてしまうかもしれない。あるいは、Ren'Pyのコードを何百行も書き換え、画面の点滅が網膜の裏に焼き付いて離れない夜の感覚が。ディミトリが闇の中で自らの影を貪り、精神の崩壊を楽しんでいたとき、彼の内側で軋んでいた音も、きっとこんな風に乾いていた。マウスの左ボタンを無意味にカチカチと連打し続ける、あの深夜の引き攣った指先の感覚が、クヌギの硬い樹皮の上で完全に同期していた。
「みんな、これが見える? ……あ、そっか。今は画面の向こうに誰もいないんだった。でも、この光。この、光の当たり方。私の頭がもっと良ければ、この瞬間の光子の軌道を全部計算して、ノートの裏に数式で残しておけるのに」
一筋の強い木漏れ日が、兵アリの赤い胸部を真横から貫いた。
その瞬間、濁った赤は一転して、内側から発光するような透明感を帯びる。黒い鎧に挟まれた、一瞬の肉の輝き。液体状のルビーを仕込んでいるかのような色。
指先が、無意識にシャッターを押し下げていた。
静かな金属音、セミの鳴き声。
兵アリは切り取ったセミの肉片を大顎で固定すると、私の指にはもう興味を失ったかのように、踵を返して樹皮の裂け目――あの暗い迷宮の入り口へと消えていった。
ゆっくりとファインダーから目を離す。
急に立ち上がったせいで、強烈な立ち眩みが視界を黒く染めた。胃の底から酸っぱいものがせり上がってくるが、汚れたシャツの袖で額の汗を拭うこともせず、ただカメラの小さな液晶画面を見つめた。耳の奥で、不快な高音の耳鳴りが続いている。
画面の中には、漆黒と、あの赤のコントラストが、完璧な構図で静止している。
「これでまた一つ、増えちゃった」
ポケットから取り出した、使い古された革表紙のノート。
万年筆の先を走らせる手は、少し震えていた。ペン先が何度か紙を深く突き破る。文字ではなく、ただアリの大顎の曲線と、割れた樹皮の複雑なパターンが、黒いインクでページを埋めていく。
「これを見たら、ネリッサはなんて言うかな……」
掠れた声が、湿った空気の中に溶けていく。
深夜の通話、何時間も、意味のない物語を紡ぎ合っていたときの部屋の暗さを思い出す。ビアトリスの話をするとき、ネリッサの声はいつも少しだけ湿度を帯びていた。このアリの巣の奥にある、湿った女王の部屋のように。朽ち木を噛み砕いて作られた漆黒の菌糸の壁、その部屋で肥大化した腹部を横たえる女王。ビジューなら、このノートの余白にびっしりと書き込まれた歪な線画を見て、何か別の、もっとキラキラした石の話をして私を誤魔化そうとするだろう。フワモコは、私のこの泥だらけの爪先を見て、呆れたように「シオリ、ちゃんと手を洗った?」って言うんだわ。お母さんみたいに。
コラボの席での、あの喉の奥が詰まったような感覚。胸の奥をギリギリと締め付ける、生理的な圧迫感。相手の感情の震えに踏み込みそうになる手前で、あえて顕微鏡の対物レンズを覗き込むような、冷酷な観察眼へと意識のスイッチをカチリと切り替える。それでも、彼女はそこで大きな声で笑い、一生懸命に話を盛り上げようと、リスナーのチャットを拾うときと同じトーンで声を張る。みんなが笑っているとき、私はいつも、その笑顔の裏側にある筋肉の動きばかりを探してしまう。
スマブラでキャラクターを画面の端に追い詰め、コントローラーを握り潰しそうになるときの、あの脳髄が沸騰するような感覚。私はいつだって、彼らの枠組みからはみ出してしまう。でも、それでいい。このカメラの四角い枠の中だけが、私が唯一、完全に支配し、独占できる世界なのだから。
「さあ、お喋りは終わり。このノートが真っ黒になる前に、もっと集めないと。日本の夏は短いって、誰かが言ってた気がするから。彼らが全部、土の下に隠れてしまう前に」
カツ、カツ。
また別の隙間から、小さな、けれど確実な生命の足音が聞こえた。
「おいいで、おいでおいで。あなたたちの歴史を、全部私に頂戴」
泥の中に再びその膝を突き、カメラの重みを首に感じながら、暗いクヌギの割れ目へとその視線を沈めていく。ファインダーのガラス越しに、自分の瞳の輪郭が歪んで映る。アドレナリンが切れた瞬間、崩壊する体力が限界を告げていた。
じっと見つめる。アリの黒い脚の関節、その微細なトゲの一本一本まで。ふ節の先端にある鋭い二本の爪が、垂直な樹皮の細胞の隙間を確実に捉え、寸分の狂いもなくその質量を支えている。彼らの世界には、言葉も、嘘も、他人に合わせるための偽りの笑顔もない。ただ、生きるための解体と、死を受け入れるための沈黙があるだけだ。
私のインクがノートの繊維に滲み、乾いていく。このアリたちの軌跡も、私の頭の中の引き出しに、剥製のように並べられていく。配信のブースに戻れば、私はまた、画面の向こうの何千、何万という人々に向けられた、少し風変わりで、けれど安全な「お喋りなアーキビスト」のマスクを被るのだろう。ハサミを突き立てるふりをして、本当に相手の肉を切ることはしない、教育された標本。
あのブースに戻れば、私はお気に入りの「不味い海外お菓子」の成分表を、まるで聖書の福音でも読み上げるかのように、冷徹で無機質な、トーンの低い美声で朗読し始める。着色料の番号や保存料の化学式をデータとして淡々と羅列するその姿に、リスナーたちは「感情が失踪した神の宣告」を聞くような奇妙な拒絶を味わうのだ。けれどその直後、今度は激辛のチップスを無造作に口へ放り込み、あまりの熱痛に心臓を激しく鼓動させ、涙目で「お水!お水ちょうだい!」と、返り血を浴びた狂戦士のようにのたうち回ってゲラゲラと笑う。汗まみれの肉体の限界を限界のまま突発的な叫び声へと昇華させる、その泥臭い生命の加速。さらに彼女の早口は止まらない。かつて一度も行ったことのない、存在しない1990年代の架空の古書店の思い出や、幼少期に「実在しなかった母親」と食べた謎の合成着色料シロップの味について、まるで詳細な百科事典をめくるように、完璧な解像度のノスタルジーで捏造して語り出す。リスナーがその情報の迷宮で「自分の記憶も偽物ではないか」とゲシュタルト崩壊を起こす頃、彼女は最高に無邪気なオタク特有の引き攣った笑顔を画面に咲かせているのだ。
ハサミがプラスチックを切り裂く、あのプラスチック特有の乾いた抵抗。彼女が工作配信で見せる、ためらいのない刃物の運び。でも、このファインダーを覗いている瞬間だけは、私のはみ出した不眠症の海が、完全に静まり返っている。ネリッサが歌う呪いのような愛の歌も、ビジューの無垢な輝きも、フワモコの優しい小言も、ここには届かない。届くのは、彼らが大顎を鳴らす、その微かな摩擦音だけだ。
コラボレーションの席で、私の喉が引き攣ったように動かなくなるのは、彼らの気配を、私の皮膚が敏感に察知してしまうからだ。酸欠を起こした脳が、他人の視線を刃物のように知覚して拒絶反応を示す。彼らは私を傷つけない。けれど、私を彼らの世界の一員として本当に混ぜ合わせることも、決してしない。
半分腐りかけたクヌギの裂け目を。獲物を解体する兵アリの動きには、一切の躊躇も、他者への忖度もない。ただ冷徹な必要性だけが、その漆黒の身体を突き動かしている。その純粋さに触れるときだけ、私は自分が、この世界のどこかに確かに錨を下ろしているのだと感じることができる。
もう一匹、別の個体が這い出てきた。今度のものは、先ほどの兵アリよりもわずかに小さい、通常の働きアリだ。けれど、その前胸背板に見える赤は、同じように深く、暗い。
「ふふ、あなたも私のコレクションになりたいの?」
声は出さなかった。ただ、脳内でその言葉が、黒い粘液のようにドロリと泡立った。急激な虚脱感が襲い、膝の震えが泥の冷たさをダイレクトに伝えてくる。
彼らをこのままカメラのデジタルデータとして持ち帰り、私のPCの、暗号をかけたフォルダの中に永久に幽閉する。誰も見なくていい。私だけが、深夜に不眠症の頭痛でのたうち回りながら、そのフォルダを開き、彼らの赤い胸部が放つ冷たい光を浴びれば、それでいいのだ。
万年筆の先が、ノートのページを鋭く引っ掻く。カリカリ、というその音が、アリたちのタッピングの音と奇妙に共鳴していた。私はこのノートを、誰にも渡さないかもしれない。ネリッサにさえ、その一部しか見せないかもしれない。
太陽は完全に傾き、木漏れ日の光は、赤から紫へとその色を狂わせていく。周囲のセミたちの鳴き声も、どこか力尽き、湿った夜の気配にその座を譲ろうとしていた。私の手首を吸っていた蚊は、もうとっくに満腹になって、どこかの暗がりに消え去っている。私の血を腹に詰めたまま、その蚊はどこで死ぬのだろう。その死骸が、またこのムネアカオオアリたちの巣の栄養になるなら、やはり私は、この森の迷宮の一部に、溶け込んでいくことができる。
「バイバイ、私の小さな騎士たち」
不意に脳裏をよぎる、昨晩の配信の終わりの静寂。「またね」と告げたあとの、あの自分の部屋の四隅が急激に凍りつくような、突き放された引き算の感覚。バッグを肩にかけ直す。カメラの重みが、首の皮膚に心地よい痛まを残していた。
森の出口へ向かって歩き出す彼女の背中は、泥と汗で汚れていたが、その足取りはどこか、手に入れたばかりの古い禁書を抱えて書庫へ戻る司書のように、静かで、満ち足りていた。
薄暗い林道を抜け、スマートフォンの画面をタップすると、通知のアイコンが冷たい光を放った。数時間後には次の配信のスケジュールが待っている。
「今日の配信, 何について話そうかな……」
口から出た言葉は、いつの間にかいつもの、あのリスナーたち(Novellites)を喜ばせるための、少し高めで楽しげなトーンへと無意識に切り替わっていた。
彼女は歩きながら、泥のついた指先でカメラの液晶をもう一度スクロールする。そこにあるのは、完全に切り取られ、彼女のタイムラインにだけ「保存」された無口な命の断片。これをそのままストリームで見せたら、チャット欄はどんな風に叫ぶだろう。あるいは、少しだけ形を変えて、マイルドに、安全に、可愛らしくデコレーションして、おとぎ話のように語って聞かせようか。彼らはそれを求めているのだから。
「うん、そうしよう。みんな, 私の大好きな不味い話を聞くと、いつも面白い顔をするから」
喉の奥で、今度は小さく、いつもの愛嬌のある「あは」という笑い声が漏れた。
ポケットの中で、万年筆の金属クリップがチリリと音を立てる。その冷たさが、彼女がたった今置いてきた、あのクヌギの闇の深さを思い出させていた。
「じゃあ、配信室(ネスト)へ帰ろう。私の可愛い虫たち(Novellites)が待っている場所に」
シオリは小さく鼻歌を歌いながら、夜の帳が下りる街へと、その足取りを速めていった。彼女の背後で、夕闇に染まった森が、静かにその大顎を閉じるようにして完全に沈黙した。
帰り道の途中でふと、彼女の足が止まる。街灯の白々しい光の下、自分の左腕に、傷だらけの瘡蓋と、傷口に付いたと思われる乾いた泥の塊を見つけた。指先でそれを弾き落とそうとして、思いとどまる。彼女は爪の先で、その泥を剥ぎ取るのではなく、むしろ皮膚に擦り付けるようにして、さらに深く自身の爪の隙間へと押し込んでいった。
そう、指の爪の奥が、真っ黒に染まるまで。
彼女の配信ブースのデスクには、誰にも見せない引き出しがある。そこには、過去に食べた奇妙な味の食べ物のパッケージや、散歩の途中で拾った鳥の羽、そして、なぜ彼女がそれを選んで保存したのか本人にしか分からない、無数の「剥ぎ取られた断片」が並んでいる。今日のこの爪の間の泥も、部屋に帰れば小さなガラス瓶にそっと削ぎ落とし、日付入りのラベルを貼られて、そのコレクションの列に加わるのだ。
「ふふ、これでもう、今日の私はどこにも消えない」
彼女は自分の爪を見つめ、満足げに微笑んだ。その細く白い指先が、まるで先ほどのアリの大顎のように美しく、そしてどこか歪に湾曲して見える。
スマートフォンの画面をスワイプし、配信の待機所を開く。すでに集まり始めているNovellitesたちのコメントが、目まぐるしく画面を流れていく。その無数の文字列の奔流を目が追った瞬間、脳の髄がチリリと焼け付くような感覚が走る。それでも彼女は大きく深呼吸をして背筋を伸ばした。配信枠のタイトルに、今日買ってきた不味いお菓子の名前と、笑顔の絵文字を付け加える。深夜の静寂に、耳を突き刺すような高音の笑い声を弾けさせるための、喉の準備運動。キーボードを叩く彼女の指先は、さっきまで泥を捏ねていたとは思えないほど軽快だった。無数の文字列を眺めている彼女の瞳には、先ほどクヌギの裂け目を見つめていた時と、全く同じ貪欲な光と、チャット欄に向かって「My bugs!」と優しく喉を鳴らすような高音で呼びかけるときの、あの呆れるほど屈託のない響きが同居していた。
「さあ、みんな。今夜も私の書庫(ネスト)で、一緒に静かに、綺麗に、標本になりましょう?」
彼女はキーを回し、部屋のドアを開ける。暗闇が彼女を迎え入れ、不眠症の夜が、また静かにその幕を開けた。