ピロロロロ...アイガッタビリィー
リョウ「白澤アイリィ!何故物心付いた時に家族がいなかったのか。何故君に幼少期の頃の思い出がないのか。何故君の記憶が消去されたのかァ!」
アロワナノー
アリス「それ以上言うな!」
リョウ「その答えはただ一つ…」
アレク「やめろォォォ!」
リョウ「ハァ……白澤アイリィ!」
シャティエル(無言で走り出す)
リョウ「君の、幼少期での母親とカイの記憶は大きな負担となると考え、わしが記憶を消したからだぁーーっははははははっ!はぁーはははは!!アーッハーッハーッハーッハッ!!!」
アイリ「あたしの…記憶を…?」
ッヘーイ(煽り)
アイリ「嘘だ…あたしを騙そうとしている…!」
『愛莉、あたしはね、愛莉のことが大好きよ。あらゆる世界が存在するこの世の中でも、愛莉のことが大好き。ううん、愛してる』
アイリ「頭が…」
『あなたの笑顔は、周りを照らす光よ』
『お母さんを信じて、笑顔で待っててほしいの』
アイリ「ああぁ……ああ……ああァッ……!ああーーーっ!!うわあァァッ!ああアァ……!」
リョウ「ハハハハ……!」
See you Next game
~~~~~
アレク(…こんな真面目な時に俺は一体何考えてるんだか。まあこれが俺らしいってことだよな!うん!)
糸がピンと張っているかのような、重々しくも引き締まった雰囲気の最中、アレクは相も変わらず現実世界のネタが脳内で再生されていた。
毎秒ネタを考えていないと死んでしまう病に掛かっているアレクを余所に、アイリの過去の出来事の話は締め括りに入ろうとしていた。
リョウ「記憶を消去した後、アイリは現実世界に住まわすよう時空防衛局の承諾を得て、戸籍を偽装して保健所に居住させることとなった。…これが、アイリの過去の全てや」
数十分は語っていたリョウは一息付くように、アレクの淹れた時間が経過したことにより緩くなったコーヒーを一口啜る。
鉛のように重苦しい雰囲気が部屋を支配していた。
母親であるリサのこと、カイの過去、自身の出生等、様々な情報が頭を殴り付けてきたせいか、アイリは呆然としていた。
アイリを気遣ってか、リサのことを思い出し悲しみに暮れてしまってか、誰も口を開くことはなかった。
アイリ「………話してくれない理由は、分かったよ」
十秒だったのか、一分だったのか、五分経過したのか分からない、短くも長くも体感できる沈黙を破ったのはアイリだった。
アイリ「正直、未だに実感は湧かない。でも…あたしがアンドロマリウスとの戦いで危機に陥った時に思い出したあの声が、あたしのお母さんって言われると…納得しちゃう。何て言えばいいか難しいけど…懐かしいような、温もりを感じる言葉だったから」
朧気な最中で脳内に聞こえた、一部が途切れている言葉だったが、確かに聞こえた女性の声。
聞いたことがない筈だが、脳裏に奥底にまで刻まれた慈しみの込められた声は未だに忘れられない。
窮地の危機から救ってくれた郷愁に駆られる声の正体が母親だと思うと、有頂天外でしかなかった。
自分には確かに血の繋がった家族が存在しているのだと、初めて実感できたのだから。
リョウ「………アイリ、すまなかった。わしは、何度もアイリの幸せを守りきることができず、身勝手に振る舞ってしまった」
腰を直角に折り、誠心誠意を込めて謝罪する。
母親であるリサを守れなかったこと。
記憶を消し去ったこと。
天使と悪魔の抗争から守護できなかったこと。
極限的に辛いと言える状況下とは言え、リサとカイの記憶を承諾無しに消去したことは特に罪悪感を抱いていた。
幼少期には耐え難い現実だろうが、善悪の判断を決めようものなら悪だと言えるだろうから。
アイリ「…そう、だね。勝手にあたしの記憶を消したのは、許せる行為じゃないかもしれない。でも、お母さんが死んだのは、リョウ君のせいじゃない」
リョウ「いや、しかしな…」
アイリ「罪悪感を感じるんだったら、感じるからこそ、あたしに話さなきゃいけなかったんじゃない?あたしは、何も知らずに左団扇に暮らすより、真実と向き合って生きていきたい」
リョウ「…その通り、なんかもしれへんな。ごめん、アイリ」
アイリ「うん。大丈夫、大丈夫だから…」
この場に全員が察してはいたが、心情を察して敢えて誰も声を掛けなかった。
アイリが自身の過去を知り、狼狽していることに。
母親であるリサのことや、カイがまだ大人だった時のこと、自身の出生のこと、何故過去の記憶が曖昧になっていたのか。
衝撃的な情報量が多すぎて未だにが収拾がつかずに混乱している。
無理もない話だ。
此方から真実を打ち明けろと言っておきながら、情けないことだが、受け止めるには整理する時間が必要だった。
話の途中から抱えていた懊悩が、胸の内で荒れ狂っている。
アレク「取り敢えず、ビール、じゃなくて、コーヒーでも飲んでリラックスしな」
無意識にアイリの呼吸が乱れていることに気が付いたアレクは気持ちを落ち着かせるために淹れたてのコーヒーを差し出した。
一息つかないといけないと自覚をしていたアイリは僅かに震える手でコーヒーを受け取り一口啜る。
上質な豆の香りが鼻腔をくすぐり、程良い苦味が口全体に広がる。
周章狼狽していた心が落ち着きを取り戻し、徐々に平静になっていく。
シャティエル「アイリさん、大丈夫ですか?」
アイリ「ふ〜…大丈夫。ありがとうアレク君。大分落ち着いた」
アレク「いいってことよ」
アイリ「えっと…聞きたいことが山程あるんだけど、質問してもいい?」
リョウ「…答えられる範囲でなら何でも構わんよ」
『答えられる』という単語が出るあたり、まだ内密にしなければならぬ何かがあるのではないかと懐疑的思想へと再度傾く。
直接聞いたところで曇り掛かった返答しかないだろう。
隠し通そうとするつもりならば、誘導尋問で聞き出してやるという意気込みで、少々の戸惑いがありながらも質問を投げ掛ける。
アイリ「じゃあ一つ目。あたしが誕生した経緯も理由も、未だに分かってないの?」
自身の誕生の経緯。気になるのは当然のこと。
当時は調査や検査をしても皆目分からないというのが結論だったが、十数年の時を経た現在ならば、謎を解明出来ているのではないかと期待していた。
リョウ「残念やけど、まだ何も分かってない」
結愛「アイリが幼少期の頃にも、何度も調査したのだけれど、結局手掛かり一つ掴めなかったわ。遺伝子検査をしても、種族は変哲のない普通の人間だし、異常は何も見られなかったわ。局内のデータを洗い浚いしてみたけれど、前例は一つもなかったの。結果、不明ではあるのだけれど、結論付けられる説があるとすれば…」
アイリ「亜空間による影響、だよね」
結愛「その通り。それ以外しか考えられないのよね。亜空間そのものが謎が多く解明されていないことが多いから、関連があるとすれば、あなたの母親であるリサが影響を受けたことにより生を受けたというのが最も有力な説になるわね」
アイリ「時空防衛局の技術力を持ってしても分からないんだ…」
アリス「………う〜ん」
シャティエル「アリスさん、どうかされました?」
アリス「あ、ううん、何でもないよ」
両手を大袈裟に振るアリスの様子を見て、アレクは何かを察するかのような目線を向けていた。
アレク(アリスもやっぱり違和感に気付いているのか。ここは敢えて何も言わない方がいいのか?迷いどころではあるな…)
アイリ「それじゃあ、もう一つ質問。カイ君はお母さんの力で暴走することはなくなったんでしょ?なのに何でまた闇の力が戻ってるの?」
リョウ「詳しい事情は不明瞭じゃけど、カイを連れ去ったリリスが何かしたんじゃろう」
アリス「リサの封眼の力はお世辞抜きで強力なものだから、それを解呪するのは相当な力の持ち主ってことになるね」
アイリ「あたしのお母さんって、そんなに強かったの?」
リョウ「そりゃ強かったに決まってるやん。わし等ユグドラシルメシアが育てあげたんやから。そんじゃそこらの奴には負けない実力はあったと自慢できる。だからこそ不思議でしゃあない。あの封眼の力を打ち破る力がリリスにあるとは思えん。それに、何故カイがこんなことをしているのかも」
どういう意図で、何を目的で暗躍を続けているのか未だ検討もつかない。
サタンフォーと呼ばれる存在であるため、相応の実力を持ち合わせているのは確かだが、リサの封眼を打ち消す程の実力があるとは思えなかった。
種族は人間でも、直接戦闘を繰り広げたとした場合、リリスの方が劣勢に追い込まれるだろう。
故に、何故カイの封印を解き放つことが可能だったのか、何を目的としているのか、全貌は全く見えてこない。
アイリ「カイ君も、何か目的があるのかな?話を聞くあたり、カイ君がこんなことするなんて絶対有り得なさそうだし…」
リョウ「憶測でしかないけど、過去であるリサ達と過ごした時間と、現在のアイリ達と過ごした時間の記憶がない可能性がある。若しくは、リリスに操られているかやな」
ユンナ「カイさんの闇の力は強力です。わたくしが生涯手合わせした中でもカイさんは上位に相当しますわ。仮に操られているとしても、どのような手段を用いたのか…謎でしかありませんわ」
アレク「催眠術にでも掛けられてるんなら、ぶん殴って正気に戻したほうが手っ取り早いかもしれねえがな」
ピコ「脳筋すぎるって…」
窓から見える碧空に相応しくない不気味な暗赤色の闇を、気遣わしげな顔で見つめる。
未だにカイが実行したのかと疑義してしまい、否定したくなってくる。
カイが何故膨大な闇を放出し、ブレイザブリク宮殿を覆い尽くしているのかも謎に包まれている。
リサと出会う前の、誰かと触れ合う温もりを知らぬ、殺戮を繰り返す日々を送っていたカイなら実行するのならば有り得なくない。
記憶が消失、若しくは逆行している以外考えられない現状に平静を保てなくなりそうになるが、大きく深呼吸をして自身に落ち着けと言い聞かせる。
アイリ「次の質問するね。リョウ君があたしの記憶を消したって言ってたけど、じゃあなんであたしは過去のことを断片的に覚えているの?」
断片的な記憶、それは脳内に過った女性、リサの声のこと。
幼少期の頃の記憶を完全に消去したのであれば、何故掛けられた言葉が脳裏に過り思い出せたのか不可思議でしかない。
リョウ「……それは、わしにも分からん。時間が経過したことによって効果が薄れた、かもしれない」
アレク「そんなことが有り得るのか?お前の力で消したものは二度と戻ることなんてない」
リョウ「だから分からん言うとるんじゃ。例外すぎてわしも若干困惑しとるんやから」
アイリ「ねえ、前々から気になってたけど、リョウ君の力ってどういうものなの?戦いで色んな気配を感じ取ってきたけど、どの分類にも当てはまらない…何て言えばいいのかな?何かありはするけど何もないって言うか…説明が難しいんだよね」
形があってないようなものを、感覚頼みで説明するしかないためたどたどしくはあった。
説明になってるのかすら本人ですら怪しく思っていたが、聞いていた全員は正鵠を射る答えに目を白黒させたりリョウに視線を向けるなど、粛然と様々な反応を見せた。
リョウ「個人的には、話すと長くなるから後にしてもらえると助かる。それと、質問しといて質問で返すのは悪いんじゃけど、アイリがその力を感じ取ったのはわしといる時だけなん?」
アイリ「え、う、うん。その時だけ、かな。あ、でも、その人からも感じる」
目線を向ける相手は、アイリにとっては初対面となる制服を身に纏った少女、マリーだった。
マリー「いい得て妙ですね」
アイリ「やっぱり何か関係性があるってことなんだ。えっと、ところであなたは?」
マリー「紹介が遅れちゃってごめんね。私の名前はマリー。リョウさんの古くからの友人だよ。アイリちゃんのことはリョウさんからいつも聞いてるから知ってるよ。よろしくね」
アイリ「よろしくお願いします。古くからって、リョウ君はそんなに歳を取ってないように…あ、それも聞こうと思ってたんだ」
マリーと軽く会釈を済ませ、前々から疑問に思っていた『力』については後回しにすることにし、リサの話題について話していた時に疑問を抱いた点を投げ掛ける。
アイリ「…じゃあ、次の質問ね。何でリョウ君達は、歳をとってないの?」
カイの事象には無関係なことだが、リョウが語りたがらない内容の一つだと思い投げ掛けた質問だった。
リョウは端から見れば20歳前後に見えるだろう。
しかし先程の話を聞くと違和感しかない。
リサと初対面を果たした時には既にリョウは20歳前後だった。
生涯を終える22歳まで生活を共にしていたため、十数年の月日は経過しているということになる。
若く見えると言ってしまえばそれまでだが、リョウ以外のアレクやアリス達も年齢を重ねているとはとても言えない、幼さが残る容姿をしている。
過去に話していた内容を思い出してみると、何百年前から勇猛果敢に活躍を遂げている武勇伝もある。
リョウがリサに何百年も生きているであろう会話をしていたため、リョウ達が通常の人間とは異なる長寿を全うしていることになる。
リョウ「いつか来るじゃろうと思っていた質問ではあったよ。何でって言われると、わしはとある事情で不老不死になったからや」
アイリ「不老、不死…?他のみんなもそうなの?」
ユンナ「わたくしの場合は、過去に禁忌を犯し、その代償として不老不死という呪いを背負うことになった、といったところですわ。あまり詮索しないでくださるとありがたいですわ」
優愛「私は種族的な問題ね。エルフは長寿な種族だから、人間よりも遥か長い時を生きる。千年すらも、エルフにとっては短く感じられる程にね」
ピコ「僕は寿命とかの概念そのものがないかな。消しゴムだから」
アレク「俺とアリスも寿命の概念がない。重要な事情だから他人にベラベラ暴露していいことじゃないし、話す必要もないと思ってたんだけど…アイリ相手なら仕方ないか。いいよな、アリス?」
アリス「私は構わないよ。ここまであたしと関わりがあるんだし、赤の他人とは言えないでしょ」
アレク「OK牧場。それなら、話すとするか」
普段から巫山戯てばかりいる雰囲気から一変し、凛とした表情でアイリを見据えている。
桁違いの実力を誇る二人の秘密は余程重要な内容なのだろう。
質問したアイリだったが、聞いてはいけなかったのだろうかと思わざるを得なかった。
アレク「先ず初めに、アイリはユグドラシルを知ってるよな?」
アイリ「勿論知ってるよ。北欧神話に出てくる世界を支える巨大な樹木。でもアレク君が言ってるのは、実在するものの方だよね?」
アレク「そうだ。ユグドラシルのことに関してはどれくらい知ってるんだ?」
アイリ「…ざっくりとしたところまでは、だけど…」
ユグドラシル。
全ての世界を創造し、異世界同士の調和を保っている樹木。
ユグドラシルは遥か太古から、無尽蔵に世界を生み出し続けている。
全ての一つ一つの世界は、このユグドラシルに実る果実と呼べる『コア・エネルギー』が形成したもの。
全ての世界は、ユグドラシルから誕生したと言える。
ユグドラシルも生命の一つなため、動力源となるエネルギーが必要となる。
そのエネルギーこそが、ディーバと呼ばれる乙女達の歌声。
ユグドラシルや誰かが厳選しているわけではなく、この世に生まれた時点でディーバとしての役割が付与されるようで、素質がありそうな人材を時空防衛局が捜索し発見しているため、無限と呼べる世界の中には、未だ発見されていないディーバは多く存在しているだろう。
アイリもここまでは詳細は把握できており説明は不要だったのだが、再確認してくるということは未だ知らぬ事柄があるのだと察することは可能だった。
アレク「ユグドラシルは世界を生み続ける永久機関のような存在。それを使命として活動を続けているが、一つの生命だ。会話ができるわけじゃねぇが、ちゃんと意思を持っている。約千年前、エクリプスの結成される前の組織、レギオンが全世界を支配しようと暗躍を続けていた」
アリス「言っとくけど宇宙怪獣じゃないからね?」
アイリ「分かってるって。名前が違うだけでやってることはエクリプスと一緒ってこと?」
ピコ「ほぼ一緒だね。もう壊滅したんだけど、レギオンの意志を継ぐ人達があらゆる世界にいて、結成されたのが今あるエクリプスだよ」
アイリ「千年前から悪事を働く存在だったんだ…。驚きはあるけど、ありとあらゆる世界に何かしらの理由で世界を滅ぼそうと、世界を憎み恨んだりする人がいると考えると、幾らでも湧いてくるのは納得しちゃうな…」
リョウ「…どの世界でも、どの時代になっても、憎しみの連鎖は途切れることはないってことやな」
アレク「話を戻すぜ。レギオンの総力は脅威そのものだった。今のエクリプスよりも人数は数百倍はいたし、幹部クラスも実力者が多く集っていて、当時の時空防衛局も苦戦を強いられて手を焼いていたんだ」
アリス「更に厄介なのがヴィラド・ディアだったんだよ。現在ほど活発じゃないとは言っても、あいつ一体だけで世界最強の軍隊以上の力を誇る化け物が前触れもなく現れるもんだから、時空防衛局はその対応にも追われて猫の手も借りたい想いだったと思うよ」
ユンナ「その通りでしたわ。ヴィラド・ディアと互角に渡り合える者はそう多くはありませんもの。徒労に終わることも多々ありましたし、喰われて存在を抹消された方達も数知れませんわ…」
アリス「世界を喰われるわ、レギオンによりディーバ達やユグドラシル自体も狙われる危機に陥っていたの。あらゆる異界と自身が脅かされていると悟ったユグドラシルは危機的状況を打破するために、自身を守護し、異界達を脅かす危険分子を排除する存在を生み出した」
アレク「それが、俺とアリスだ」
アイリ「えっ…二人は、世界を守るためだけにユグドラシルに生み出されたの?」
アレク「結論から言えばそうなるな。守りつつも、俺もアリスも自由気ままに生きてるけどな」
アリス「世界を守るためだけに戦い続けることをユグドラシルも望んではいないって、何故だか感じられるんだよね。ユグドラシルから生まれた存在だから、かもしれないね」
アレク「俺とアリスは種族的には人間だが歳を取らないのは、ユグドラシルを守護するために生み出された存在だからなんだ。今更だが明かすが、俺の本名はアレク・ユグドラシルだ」
アリス「そして私はアリス・ユグドラシルだよ!」
其々老いていない理由は明かされ納得はしていたが、アレクとアリスの二人は常軌を逸するものだった。
あらゆる異界の生みの親ともされるユグドラシルから生まれた存在だったと淡々と打ち明かされ、驚愕するなと言われても無理な話だ。
二人の奇天烈な発言や行動はさておき、戦闘能力だけは他の誰よりも群を抜いて高いのは、ユグドラシルの力の片鱗によるものだろうと思えば納得はいく。
凄まじい実力を備え持っていなければ、ヴィラド・ディアという異形の怪物を相手にすることなど不可能だろう。
アイリ「でも、戦うためだけに生み出されたなんて、悲しくないの?」
アレク「おっとそれは無用な心配だぜ。さっきアリスも言ったように、ユグドラシルは任務を遂行するためだけの人形を作り出したわけじゃねぇ。世界を知り、人を知ることを何より望んでいるからな。知らない誰かと言葉を交わし、手を取り合い、出会いと別れを繰り返し、新たな『世界』を広げていく」
アリス「繋いでいった絆は広がって線になっていく。そしていつかその線は輪になっていく。関与しない世界同士でも、世界が滅亡するような危機が迫った時に手を取り合い助け合える。不可能に近い妄言だし綺麗事なのかもしれないけど、そういう手を取り合える環境を作りたいと思ってるし、ユグドラシルも望んでいるんだよ。世界をもっと見ていくことを」
シャティエル「手を取り合い、繋いでいく…世界を見ていくこと…」
ユグドラシルのアレクとアリスに対する想いが、偶然にもフサキノ博士がシャティエルに感じ取ってほしい願いと合致した。
あらゆる世界を巡り、目で見て、肌で感じ、見聞を広め、様々な人と接し『心』という素晴らしいものを感じ取ってほしいという切な願い。
ユグドラシルもフサキノ博士も、自身が生み出した存在に幸福であってほしいという、親が子供に対して向ける温もりのある想いなのではないだろうか。
言葉を発さない植物と故人に真意を確かめる術はないだろうが、確かに幸福を願う想いが込められているのは感じ取れていた。
アイリ「種族的には人間だけど歳を取らないのはそういう理由だったんだね…」
アレク「ユグドラシルを守護し続ける存在だからな。まあ勿論人間であることに変わりはないから、怪我や病気だってするし、死んだり消滅する可能性もある。そう簡単にくたばるほどヤワじゃないけどな」
ユンナ「そろそろ話の本筋を戻しませんこと?リョウさんの件について…」
閑話休題となりかけていたが、ユンナが切りの良い場面で本来の話に回帰させた。
聞かれたくなかった質問だったのだろうからか、誤魔化そうとしていたリョウはユンナに冷ややかな視線を向けていた。
アイリ「そうだね。何で、リョウ君は不老不死なの?」
リョウ「うん…そう、じゃな。そのことについては…」
マリー「話しづらいなら私から話しましょうか?」
リョウ「いや、そういう問題じゃ…」
マリー「リョウさんが一向に頑なに喋ろうとしないからですよ。アイリちゃんの不満が募るのも無理はないですよ。『無』の力のことを打ち明けるべきですよ」
アイリ「『無』の力?」
意味事態は勿論分かるものの、聞き覚えのない単語に首を傾げる。
だが今までに感じていた不快感に似た謎の力の正体がその『無』の力なのだと考えれば合点はいく。
リョウ「…わしが散々隠し貫いていたことをよくも飄々と打ち明けてくれるのう」
マリー「今は様々な事柄を打ち明ける場なんですから、いいんじゃないんですか?リサちゃんにだって打ち明けたんですし」
アイリ「お母さんには、直ぐに話したの?」
リョウ「直ぐなわけあるかい。色んなことを話さなきゃならん状況やったから渋々話したんや」
アイリ「じゃあリョウ君にとって、今は色んなことを話す場ではないって考えなんだね。あたしに罪悪感なんて、結局感じてなかったってことだね」
不満が募りに募り、怒りを含んだ訝しむ視線を突き刺すようにリョウに向ける。
対してリョウは図星なのか定かではないが、視線を落としだんまりを決め込んでいる。
再度重苦しい雰囲気に包まれ静寂が支配する。
それに似つかわしくない動きを見せたのは、アレクとアリスだった。
同時に床を蹴りベランダのガラスを突き破り外へ飛び出し、アリスは自慢の魔法の杖、ユグドラシル・アルスマグナを召喚し魔法障壁を展開し、アレクはグラムを召喚し構える。
何に対してか、それは二人の正面を見れば明らかだった。
此方に衝突する勢いで迫りくる闇の流星。
直撃を受けただけで死へと誘われそうな禍々しい暗赤色の闇をアリスは魔法障壁により防御し、アレクは無駄のない洗礼された一閃で消し去った。
新たな異変にリビングにいた面々は次々と中庭に飛び出しブレイザブリク宮殿の方角を見やる。
優愛「あれは…!?」
シャティエル「闇のエネルギーが周囲に飛散しています。被害状況はシェオル全体に広がるかと…」
ブレイザブリク宮殿を覆い尽くしている闇の一部が、一筋の流星となり周辺に飛散し始めていた。
攻撃のつもりなのか、何か目的があり行っている暴挙なのか定かではないが、無慈悲にも闇は無関係な一般市民が日常を過ごすシェオルの街に降り注いでいく。
ただでさえ天界の象徴と呼べるブレイザブリク宮殿に異常が伴い困惑していたというのに、更なる混乱を招いたことで、シェオルの街は瞬く間に阿鼻叫喚が響き渡る地獄へと変化した。
ラファエル「闇が、活性化、してます。私は、街の人々を守るため、行きます」
ピコ「でも、まだ傷も癒えていないんだし危険だよ!」
ラファエル「腐っても、私は4大天使の一人です。己の身が、削れ落ちるまで、削れ落ちてでも、最期まで戦います」
ゆったりとした口調ながらも、発せられる言葉には確かな覚悟が込められており、何者にも負けず退かぬ強さがある。
天界を治め守護する努めを果たす存在として、負傷しようが民を守るために戦わなければならない
。
特に語ることもなく、翼を広げシェオルの街並みの中へと飛び去っていった。
ピコ「僕達もあの闇をなんとかしないと、シェオルに被害が出るよ」
優愛「そうね。これ以上看過することはできないわ。アルカディア、シャイニングリンク!」
翡翠色の眩い光に包まれ、瞬時に光が晴れた時には雷が迸る『救済の雷鳴』の異名を持つピースハーモニア、ライトニングアルカディアへと変身を遂げた。
踵に装飾された翼を広げ大空を稲妻の如く速度で駆け回り、街に降り注ぐ闇を翡翠色の雷の多彩な技で打ち消し始める。
ピコ「僕も参加するよ!『ペンシルミサイル』!からの、『ピコビーム』!」
空中の虚無に鉛筆が召喚され、後方からジェット噴射を吹かせ目標である闇の流星へと飛翔し特攻する。
更に自身も口からビームを放ち的確に闇を撃ち抜いていく。
ユンナ「わたくしも参ります。アイリさん、本体は任せましたわよ」
アイリ「え?」
ユンナ「行きたいと心を読まずとも、顔を覗えば察せられますわ。では、ご武運を」
愛用の槍、『エンプレスジャッジメント』を構え念力で自身の体を浮かび上がらせ、闇が降り注ぐ流星の中を臆することなく単身で突入していく。
アイリ「……あたし、行ってくる」
アリス「カイを止めるつもりなんだね」
アイリ「うん。カイ君を、救いたい。あたしがやらなくちゃ…あたしが、やりたいと思ってるから」
リョウ「それは、わしが許可しない」
過去に切っても切れぬ因縁があるカイを自分の手で救い出すと意気込んでいるところを、リョウが即座に却下と言い放った。
アイリ「…どうして止めるの?」
リョウ「当たり前じゃろ。カイはアイリが想像以上に強い。お前の母親であるリサだって負けたんや。強大な闇を操るカイの前だとアイリは赤子同然じゃ。負けるのが関の山や」
アイリ「逆を言えば、あたしの光の力があれば対抗できるってことだよ。あたしにやらせて」
リョウ「リサの仇討ちを考えてるなら、やめとけ。
軽はずみな思いだけじゃ解決するようなもんじゃない」
アイリ「仇討ちのつもりで行こうとしてるわけじゃないよ。あたしはカイ君と話をしたいから、救いたいから行くんだよ。それに今のは聞き捨てならないよ。軽はずみな思い?本当にそう思ってるの?」
絵に描いた餅だと言わんばかりの言葉に対して私憤を露わにし、眉間に皺が寄せる。
天使に転生して以来、様々な形で支援し続けてくれたことに多大な感謝の想いがあった。
右も左も分からぬ異世界の知識を与え、危険が伴う願望を叶えようと親身になり奮闘してくれていた。
感謝しているのは確かだが、信頼と信用していた情はたった一つの言動により音を立てて崩れ去っていく。
リョウ「想いだけじゃ世界は変えられへん。それ相応の力がなけりゃ無理なんよ。夢想だけじゃどうにかなるような現実じゃないってことは、賢いアイリならそれくらい分かる筈じゃけど?」
アイリ「勿論分かってる。お母さんと互角にやり合うカイ君の実力は折り紙付き。リョウ君達から見たらまだまだあたしはまだまだ青二才なんだと思う。だとしても!あたしはカイ君と会って話をしなくちゃならない!あたしじゃなきゃならない!」
リョウ「それはアイリである必要はない。面識があるわしが行く方が効率的じゃ。無駄死にする言うとるようなもんやぞ?」
アイリ「だとしても!あたしはカイ君と会わなきゃいけない!あたしがカイ君に善良な心を与えたのなら、やれる気がするから!」
リョウ「妄言吐くのも大概にしとけ。綺麗事並べればなんとかなる、漫画やゲームの世界じゃないんや。カイと実力で勝てるわけもないし、仮に暴走、洗脳されてる状態であれば、幾ら声を届けようとしても無意味に終わる可能性だってある」
アイリ「だとしても!あたしがカイ君を止めてみせる!あたしがお母さんの次に長い時間を過ごしてきたんだから、必ずあたしを見て何かしらのアクションを起こす筈だよ!」
リョウ「だから、夢希望だけじゃなんとかならんのやって」
アイリ「だとしても!あたしは行く!カイ君を何とかしたい想いは、誰よりも負けてない!例えリョウ君が止めようと、あたしは行く!カイ君を救えるのはあたしだけだから!」
本当に何とかなるのか言われれば、確証は何もない。
だが、自分でなければならないという使命感が湧いていた。
幼少期の頃にカイに人の温もりを与え救ったように、アイリは日常の中でカイに何度も救われ守られてきた。
誰が横槍を入れようが、切っては切れぬ強い絆が芽生えている。
お互い記憶や想い出が消えようが、培ってきた絆は消え去ることはない。
自分を視界に入れれば、必ず変化が訪れるという、確かな自信があった。
カイを救いたいという私情があるのも確かだが、行動を起こすには充分すぎる理由になる。
リョウ「………何で、分かってくれへんのや。わしは、アイリを、大切な人を守りたいだけやのに…。リサに託されたから、尚更やっていうのに…!」
大きな溜め息を吐き、項垂れながら聞こえるかどうか分からない、憤怒や悲哀の感情が交錯する声が喉から絞り出される。
リョウ「…やっぱりどの時代においても、どの世界においても、言葉で通じん奴には実力行使をせにゃならんってわけか。そりゃ戦争なんて愚かな行為が何処でも起こるわけじゃ」
アイリ「リョウ、君?」
リョウの雰囲気が突然激変したことに違和感を覚えつつ、異様な雰囲気を醸し出していることに少量の恐怖を感じ自然と半歩引き下がってしまう。
声のトーンもいつもの優しく温もりのあるものから、全てを拒絶し排除しようとする冷ややかなものへと変化している。
ゆったりとした速度で上げられた顔は無表情だが、アイリに向けられた視線は敵愾心に満ちたものだった。
そして何も言わずに帯刀したアルティメットマスターに手を伸ばし、躊躇なく抜刀した。
リョウ「まさかわしがアイリに剣を向ける日が来るなんてのう。殺すことは勿論無いとは言え、悲しいじゃん」
シャティエル「リョウさん、何を…!?」
リョウ「もうアイリに嫌われようがどうでもいい。守るためなら、傷付けてでも止める」
殺意に近い凄味のある言葉と、絶対に向けられることのない刃先を喉元に突き付けられる行動に、アイリは絶句するしかなかった。