ユグドラシルメシア   作:仮面ピコ

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第113話 大突入

ブレイザブリク宮殿を覆う闇が意思を持つかのように闇の一部を放出させている。

シェオルの街を破壊と絶望に塗り替えようとせんばかりに降り注ぐ闇は広範囲に渡り飛散し、既にユグドラシルメシアと複数の天使達が処理に当たっている。

 

指を咥えて待つだけなど有り得ない、況してや幼少期の頃からの知人であるカイが首謀者となると、アイリは即座に行動を開始しようとした。

だが、勇猛果敢に向かおうとする最中、リョウが待ったを掛け、突貫しようとするアイリを阻止するため、アルティメットマスターを抜刀し喉元へと剣先を向けた。

 

アイリ「っ…リョウ君、剣を下ろして」

 

リョウ「素直に従うとでも?言葉で言っても聞かんのじゃけえ、実力行使せざるを得ないんよ」

 

氷点下をも下回る、敵にしか向けないであろう冷ややかな眼はアイリの視線を逃がすまいと捉えている。

今のリョウならば、本気で喉元を斬り兼ねない。そう思わせるには充分な気迫があった。

 

アイリ「何で…そんなにあたしを行かせようとしないの?」

 

リョウ「言うたじゃろ。リサとの約束じゃ。アイリの身に何が起ころうが、わしが必ず守る。守らなくちゃいけんかった。じゃけど、守れなかった。天使と悪魔の抗争に巻き込ませてしまい、守りきれずにアイリの魂は崩壊寸前にまで陥らせてしもうた。現実世界っていう平和な世界に移住させたにも関わらず、他の種族に転生せざるを得ない結果になった。アイリの願いも尊重したかったけど、戦いに身を投じるということは、命を落とす可能性もある。これ以上、アイリを危険な目に晒すわけにはいかない」

 

自身の身に何か起こった時、アイリを頼むと託されたからには、何があっても守り抜かなければならない。

リサの約束を守る意味合いもあるが、リサを死なせてしまった挙句、アイリを守りきれなかった自分への贖罪でもあった。

 

アイリの希望を尊重したい想いもあるが、戦いは過酷になる一方で、いつ命を落としてもおかしくはない瀬戸際の状態でもある。

アイリの身の安全を保証するためには、これ以上前線に立たせないこと。

四の五の言ってはられない。

約束を履行するためならば、自己中心的だと思われようが、アイリから嫌われようが、他者からの視線を無視し、発言を右から左に受け流す覚悟を持っている。

 

アイリ「あたしのために、お母さんのためにリョウ君が行動してくれてるのは凄く嬉しいよ。本当にありがたいと思ってる。それでも、険しい道を行くって決めたのはあたし自身だから。あたしの親しい人に異常が起きているのなら、あたしは放ってなんておけない。あたしの持つ力は、誰かを傷付けるものじゃなく、誰かを守るための力。この力でこのシェオルを守って、カイ君の闇を照らしてみせる!」

 

リョウからすれば論を俟たない状況なのなろうが、剣を突き付けられながらもアイリは一歩も退く様子を見せない。

互いの持つ信念が、為そうとする目的のために詭弁ではないと言い張りぶつかり合う。

 

一触即発な空気の最中、熾烈に交差する視線を遮ったのは一振りされた剣。

リョウの持つアルティメットマスターを真下へと弾いた人物、アレクは続け様に回転蹴りをリョウの鳩尾に叩き込む。

体の空気が全て吐き出される感覚に陥られながら、リョウは数メートルの距離を何度も横転し飛んでいく。

 

アイリ「アレク君…!?」

 

リョウ「ってぇな…何するんじゃアレク!」

 

アレク「ったく、不器用なのは昔から変わらねぇな。行かせてやれ。アイリのやりたいこと、やらせてやれよ。アイリには、何かドでかいことをできる、運命を変えられる力が秘められてる。リョウが思っている以上にな」

 

リョウ「知ったような口を叩くんやない!何かあってからは遅いんやぞ!」

 

アレク「過保護すぎだ。可愛い子には旅をさせよって言うだろ?困難を乗り越えて、人は初めて強くなれる。今回もその困難の一つだと思えばいいんだよ」

 

リョウ「んな軽々しく考えられる内容じゃないって分かっとるじゃろうが!!」

 

憤りの表情で荒々しく剣を振り下ろし『ソードカッター』を繰り出す。

黄金の斬撃が迫る途中、数枚のトランプカードが後方から飛来し、見事に斬撃に命中し空中で爆散する。

 

アリス「リョウ、行かせてあげようよ」

 

トランプカードを投げリョウの技を防いだ人物、アリスがアイリとアレクの前に降り立つ。

 

アリス「生まれた頃からのアイリを知ってるからこそ、カイとの仲睦まじさを知っているからこそ言える。アイリに行かせるべきだよ。アイリならきっと、カイを救うことができるよ」

 

リョウ「信じる証拠が何処にあるんじゃ?」

 

アリス「女の勘!って言うしかないけど、因縁強いアイリだからこそ、カイを何とかしてあげられると思うんだよね。それに、アイリのやりたいことを、したいことをさせるのが一番だと思うんだ」

 

アレク「それを支えるのが、お前の役目なんじゃないのか?」

 

リョウ「そうやな。その通りやな。じゃけど、却下や。取り返しの付かない事態に陥ることを事前に防ぐのが、ベストな選択じゃ。アイリには悪いけど、行かせるわけにはいけへん」

 

アイリ「…リョウ君には悪いけど、あたしは行く。あたしの手で、カイ君を救いたい」

 

リョウ「過去の記憶もないのに何でそこまでしようとするんじゃ?」

 

アレク「消した張本人がそれを言うのか」

 

アイリ「確かに、あたしには幼少期の頃の記憶はない。でも、話を聞いてて分かった。あたしはカイ君と切っても切れない強い絆で結ばれてるってこと。過去だけじゃなく、今現在でも、その絆は繋がってる。途切れることなんてないんだから!」

 

リョウ「綺麗事通じるのなんか二次元の世界だけじゃ。現実見てみぃ。カイだって過去の記憶はない状態なんじゃ」

 

アリス「この物語だって小説って二次元なんだからなんとかなるんじゃないの?」

 

アレク「ご都合展開とか作者の気分によるだろ」

 

リョウ「真面目な場面でメタ発言すな!兎に角!道を譲るつもりは毛頭ない。もし行こうとするなら、悪いけど実力をもって阻止させてもらうで」

 

再度剣を構え、アイリの行く手を阻む。

転生して以降、あらゆる面で世話になったリョウと戦うことになるとは思っていなかったので、躊躇するのも無理はないことだ。

だがカイの元へ辿り着くためには、行くべき道を阻むリョウを打破するしかない。

 

逡巡する念を押し殺しガーンデーヴァを召喚したと同時に、アレクとアリスが一歩前に出て並び立った。

 

アリス「ここは任せて、アイリはカイの元へ向かって!」

 

アレク「俺も大便行きたくなってきたし、時間も有限だ。闇も時間が経過するにつれ増幅してるみてぇだし、早めに向かった方がいい」

 

マリー「恐縮ですけど、私も参戦させてもらいますね」

 

両手に爆炎を灯らせたマリーがアレクの隣に並ぶ。

 

アレク「ひえ〜。マリーも加勢してくれるのか。こりゃ勝ったな風呂入ってくる」

 

リョウ「マリー!?何でお前まで…!?」

 

マリー「リョウさん、私も直接的に関わってないとはいえ、アイリさんのことはよく知っているつもりです。だからこそ、行かせてあげるべきです。たとえ綺麗事であろうとも、アイリさんにしか出来ないことだと思います。私達の補佐があれば、尚更出来るはずです。アイリさんのことが大事なのであれば、信じてあげるべきです」

 

リョウ「信じてあげたいけど却下じゃ。希望的観測だけで物事解決することやないくらい、みんな分かってる筈なんやけど…脳内お花畑かいな」

 

アリス「脳内お花畑だからこそ色んな考えができるんだけどな〜。…アイリ、リョウは私達が抑えておくから、先に行って」

 

アレク「良い結果になることを期待してるぜ」

 

マリー「ご武運を」

 

アイリ「…ありがとう。あたし、行ってくる!」

 

三人の激励の言葉を受け、心火を燃やしたアイリは翼を広げ大空へと舞い上がった。

闇の流星が降り注ぐ、悍ましい光景に身震いするも恐れはない。

 

いける。確実にいける。

自然とそう思える確信があった。

 

ガーンデーヴァをいつも以上に強く握り締め、ブレイザブリク宮殿へと向け速度を上げる。

 

リョウ「行かせるなんて一言も言うてへんで」

 

闇に覆われたブレイザブリク宮殿が視界に映っていた筈だった。

 

気付けばリョウが行く道を塞ぐように、アイリの直線上に姿を現した。

瞬きするよりも早い、刹那、一瞬という言葉でしか表しようのない速度だった。

完全に人智を越える荒業としか言えない。

アイリが感じ取っていた奇妙な『力』も肌で感じ取ることができ、これが先程語っていた『無』の力なのかもしれない。

それを発動しているのか、リョウの左目の瞳が黄金に凛々と不気味に輝いている。

 

アイリ「リョウ君、あたしはカイ君の元に行かなきゃならないの。そこをどいて」

 

リョウ「謹んでお断りする」

 

アレク「あらよっと!」

 

風の力を司る剣、バルムンクを持ったアレクが疾風と共に大空を駆けリョウに斬り掛かる。

アルティメットマスターで受け流し義足の足で地へと蹴り落とそうとするも、反対の手に召喚したグラムで防ぎ、逆にリョウの鳩尾を鋭い蹴りで後方へと吹っ飛ばす。

 

アリス「『トランプシュート』!」

 

アリスが慣れた手付きでトランプカードを投げ、リョウだけでなく接近しつつある闇諸共撃ち落とす。

追撃のカードの直撃後の爆発により体制を崩した機を取り逃がさず、アイリはリョウを素通りし直進する。

 

リョウ「っ、くそ!」

 

アリス「これ以上力は使わせないよ!使っちゃダメだって分かってるんでしょ!」

 

リョウ「分かってても、止めなきゃならないんじゃ!使わせとる原因はお前らじゃろ!」

 

アレク「誤想というか何というか…利己的な意見だな。仕方ねぇけど、実力行使一択だな」

 

頭に血が上っている現在の状態では、どのような言葉を掛けたところで無意味だろう。

そう解釈せざるを得ない程にまで、リョウの顔は憤怒に満ち溢れている。

 

リョウ「邪魔をせんといてくれ!『ダンシングソードカッター』!」

 

四方八方に斬撃が飛び交い空中を埋め尽くす。

弾幕とも呼べる乱雑な攻撃を見切り、アレクとアリスは攻撃の隙を伺う。

 

マリー「『爆散華』!」

 

空中を浮遊していたマリーが起こした連鎖的な爆発により、空を支配していた斬撃は全て薙ぎ払われた。

 

マリー「力は使わせませんよ。抵抗しようとするなら、私は容赦はしません」

 

リョウ「どうしてもどかへんつもりか?」

 

マリー「はい。力を使わせるわけにはいけませんし、何より、アイリさんの意見を尊重すべきだから」

 

アリス「マリーの言う通りだよ。アイリのことが大事なのは、近くで見てきた私達が一番よく分かってるつもり。保護者の立場であるのなら、尚更行かせてあげる選択を取るべきだよ」

 

アレク「可愛い子には旅をさせよって言葉もあるしな。それに何処かでは分かってるんだろ?カイをどうにかできるのはアイリだけなんだって」

 

アリス「アイリとカイは特別な絆で結ばれている。何か奇跡が起きるんじゃないかってそう思える魅力があるし、物事を解決できるだけの確かな実力がある」

 

リョウ「そうじゃけど、リサ程の実力ではないじゃろ」

 

アレク「当たりめぇだろそんなの。リサは何年俺達が鍛えてやったと思うんだ?アイリなんてまだたかが数ヶ月だぞ比較にならねぇよ。リサには実力は劣るかもしれないけどな、アイリは充分すぎるくらい戦闘のセンスがある。1年も経たないのに悪魔の幹部とも肩を並べてるんだ。はっきり言って異常だぜ」

 

アリス「それはリョウも薄々感じてるんじゃないの?」

 

リョウ「………」

 

アレクの発言の通り、アイリの成長速度は異常と言わざるを得ない。

天使という種族になり人間よりも基礎体力が向上しているとはいえ、転生する前は戦うこととは無縁なただの女子高生だったのだ。

戦闘においては右に出る者はほぼいないと言っても過言ではない実力を誇るユグドラシルメシアであるリョウ達の指導があったにせよ、アイリの成長は著しく高い。

教授したことの吸収率で言えばリサの倍以上はあるだろう。

 

マリー「ですから、ここはアイリさんを信じて、託してみませんか?」

 

アリス「アイリにとっても、カイにとっても、満足できる結末を迎えられるよう私達で支えようよ」

 

アリスは戦う姿勢を解き、リョウの手を取り優しく包み込む。

 

大切にしている存在はいつでも手の届く距離で側に寄り添っていたいと思う。

誰だって抱くであろう、極々当たり前のことだろう。

だが、いつまでも寄り添っていていいという訳ではない。

時には距離を置き、アイリが自らの手で道を切り拓くのを見守るのも、支える立場として重要なことなのだろう。

アイリも18歳という成人に近い年齢なのだから、幼子のように手を引っ張ってばかりいるのではなく、自立できるよう背中を押してあげるべきなのかもしれない。

 

リョウ「………そう、なのかもしれへんな」

 

数秒間熟考しており膠着状態が続いていたが、ようやくリョウが口を開いた。

リョウの顔から敵愾心は消え去り、黄金色に輝いていた左目の瞳も元の色へと戻っていた。

 

リョウ「アイリのことを信じて託してみようと思う。ただし、保険は付けさせてもらうけどな」

 

アリス「保険?」

 

リョウは携帯電話を取り出し、とある人物へと連絡を取り始める。

 

ピコ「ちょっとー!やりとり終わったのなら対処に当たってよー!」

 

『ルーラーウイング』を背に装着し飛行するピコが飛来してくる闇を『ピコビーム』で撃ち抜きながら援助するようを声を上げた。

 

アリス「しょうがないにゃあ。このあたしにまかせてイルか!ってことで!」

 

アレク「やってみせろよ、マフティー!」

 

アリス「何とでもなるはずだ!!」

 

アレク「ガン○ムだと!?」

 

ピコ「コントやってないで早く手伝ってくれないかな!?」

 

マリー「こんな非常時だっていうのに、二人は相変わらずだね…」

 

リョウ「それがこの二人や、諦めよう。よし、準備は万端。アイリのために、やれるだけやってやるか!」

 

アイリが無事に帰還することを祈り、シェオルの街を守るために、リョウ達は無数に降り注ぐ闇に向かい飛翔する。

 

 

〜〜〜〜〜

 

 

アイリ「『ファイブストレートアロー』!」

 

宮殿に接近するにつれ、溢れ出る闇の数量も激しさを増していき、遂に足止めを食らってしまっていた。

 

アイリ「ふぃ〜。弾幕ゲームやってて良かったって初めて心から思えたよ」

 

軽口を叩いてはいるものの、内心では若干の焦りが見え隠れし始めている。

己の力のみで突破しようと意気込んでいたが、いざ渦中に入ると現実の重さが伸し掛かり、非力な自分に嫌気も差してくる。

 

だが着実に前には進んでいっている。

進めるのならば、諦めずに勇往邁進するだけ。

大切な存在を救うためならば、どんな困難が立ち塞がろうが乗り越えられる勢いがある。

決意を固めたのだから、簡単に折れたりすることはない。

 

アイリ「まだまだこれから!えい、えい、むん!おっと…」

 

気合いを入れていると、前方から暗赤色の闇の流星雨が迫ってきていた。

 

アイリ「纏めて蹴散らすよ!『シャインアウト』!」

 

光の衝撃波を放ち、接近する闇を一掃する。

原型すら残さず闇は消え去ったが、飛来する闇の流星は絶えることを知らないのか、無限に湧き続けシェオルの街を闇一色に染め上げようとしている。

 

放たれた闇の流星の一つがアイリの真上から落下してきていた。

ガーンデーヴァを構え『エンジェルリフレクション』を発動するよりも早く、アイリの後方から光弾が放たれ、闇を正確に撃ち抜いた。

 

?「アイリさん、ご無事で何よりです」

 

アイリ「え、シャティ!?」

 

振り返ると、『光粒子ライトブラスター』を片手に持ち飛行しているシャティエルがいた。

 

アイリ「どうしてシャティがここに?」

 

シャティエル「リョウさんからの依頼で、アイリさんに託す物があるので私が届けに参りました」

 

アイリ「リョウ君が、あたしに?」

 

シャティエル「詳しい事情はまた後程お話致します。先ずはこの場を切り抜けましょう」

 

頑なにカイとの対面を許さず反論していたリョウが何故協力するようになったか不明ではあるが、シャティエルの言う通り、闇の格好の餌食になるような場所でいつまでも浮遊しているわけにもいかない。

 

シャティエルと共に飛行し、闇の流星に対処しながら着実に接近していく。

『多連装多目的誘導ミサイル』等のシャティエルの多彩な近未来の武装により、闇の流星は次々と撃ち抜かれていき、一人で対処に追われていた時とは段違いの速度でブレイザブリク宮殿への距離が縮まっていく。

 

シャティエル「強力な闇の力を検知。内側より球体を覆う外側の闇の方が濃く強固なようです」

 

アイリ「要は茹で卵みたいなもんだね。それなら無理矢理にでも入口をこじ開ける!」

 

シャティエル「援護致します。『ハイプラズマエネルギーキャノン』!」

 

胸元にエネルギーを収束させ、一気に解き放つ。

高エネルギーの光線は宮殿を覆う闇に直撃し火花を散らし、僅かだが罅が入り始める。

 

シャティエル「出力を更に上げます。稼働エネルギーの45%を光線の出力に回します」

 

出力を更に上げたことにより光線がより太く強力になる。

 

アイリ「開けろ!大阪や!『ロイヤルストレートアロー』!」

 

自身の出せる強力な一撃を撃ち放つ。

カイを救う想いを乗せた一矢は直進していき、闇の障壁を粉砕した。

再生する可能性も大いに考えられるため、穴が空いたことを確認すると、シャティエルと共に即座に飛翔し滑り込む勢いで宮殿内へと侵入する。

振り返ると、案の定開いた穴は意思を持つかのように再生し塞がった。

 

アイリ「なんとか突入成功だね。それにしても…凄く重々しい…」

 

純白で光の力に覆われていた宮殿には神々しい雰囲気は全くと言って言いほど感じ取れない。

太陽の光は一筋すら通すことを許さない、暗赤色の闇に覆われ、雰囲気どころか空気すらも重々しく感じ、息苦しさを覚える。

陰鬱、憂鬱になりそうな淀んだ空間に吐き気すら感じてしまうが、頬を叩き気を張り直し意地と気力で耐え抜く。

 

シャティエル「危険分子が周囲に無いことを確認。安全と断定しました。この場ならば問題なさそうですね。アイリさん、これを」

 

シャティエルがアイリに託したのは、一つの腕輪だった。

黄色の宝玉が装飾された、変哲のない綺麗な腕輪。

渡されたアイリは何だろうと思いつつ受け取り、左手首に装着する。

 

アイリ「えっと、これは?」

 

シャティエル「リョウさんに託された物です。私も詳細は聞いてはいませんが、リョウさんがアイリさんを強化させるために理緒さんが作成していた物だそうです」

 

アイリ「りったんが?」

 

シャティエル「理緒さんは現在フサキノ研究所でE資源の研究を行っており、私自身のメンテナンス、武器等の補修、供給、修理も担当なさってくれています」

 

アイリ「そうだったんだ…」

 

シャティエル「理緒さんは併用してアイリさんの強化するための装置を作成していたようです。未完成ではあるそうですが、実装するには充分という報告をリョウさんから通して聞きました。『ナノシャイン、起動』というアイリさんの肉声が発動の条件だそうです」

 

アイリ「どういうものかよく分かんないけど…兎に角やってみようか、なんか格好良さそうだし。よーし…!」

 

大袈裟に深呼吸をし、発動コードを言おうとしたのだが…。

 

アイリ「滲み出す混濁の紋章、不遜なる狂気の器、湧き上がり・否定し・痺れ・瞬き・眠りを妨げる、

爬行する鉄の王女、絶えず自壊する泥の人形、結合せよ、反発せよ、地に満ち己の無力を知れ、破道の九十・黒棺」

 

シャティエル「あの、アイリさん…?」

 

アイリ「おっと間違えた。巫山戯てる場合じゃないよね」

 

シャティエル「驚きました。アイリさんにエラーが生じたのかと考えてしまいました」

 

アイリ「びっくりさせちゃってごめんね、あたしは正常に頭がおかしいだけだから。それじゃ文字数稼ぎは終わりにして真面目にいくよ。ナノシャイン、起動!」

 

 

〜〜〜〜〜

 

 

シェオルの街から飛行して数分程の距離にある、四大天使の結界が張られ立ち入りを禁じられている、何者も寄せ付けぬ長さを誇る洞窟、グニパヘリル。

その最深部に建設されてあるのが、シャティエルを製造したフサキノ博士が居住し生涯を通して研究を行っていたフサキノ研究所。

 

現在は天使達の管轄にあると同時に、時空防衛局がフサキノ博士が残した遺産とも呼べるE資源の管理をしている。

シェオルで活用しているE資源を送る管理を行うと同時に、シャティエルから承諾を得て、時空防衛局がE資源を使用しフサキノ博士が成し遂げられなかったナノマシン開発に携わっている。

同時に天使族や時空防衛局員達が使用するための兵器開発も行っていた。

 

それ等を管理、開発を一任されているのが、第一時空防衛役員の一人である宮ノ瀬理緒。

研究チームを建設し、全員を纏めるリーダーとして研究所に滞在しつつ、本来の役員の仕事もこなす多忙な日々を送っているが、苦言を漏らすことなく完璧に熟している、正に天才だ。

 

理緒「ふぅ…ナノマシンの開発は困難を極めますね…」

 

「それでも兵器として活用可能にできたのですから、それだけでも凄いことですよ」

 

「流石、第一時空防衛役員の頭脳ですね」

 

理緒「そ、そんな、褒め殺さないでくださいよ〜」

 

「理緒さん、あったかいもの、どうぞ」

 

理緒「あ、あったかいもの、どうも」

 

現在もナノマシン開発の作業に没頭していたが、流石に数時間もパソコンの画面を見て、椅子に座りっぱなしの姿勢も辛くなってきたのか、体を解すために大きく背伸びをした。

研究員の一人が持ってきてくれた淹れたてのコーヒーを受け取り、火傷しないよう息を吹き冷ましてから一口啜る。

程良い苦みが口内だけでなく、疲労した体全体にも広がっていくような感覚に入り浸る。

 

いつもと変わらぬ業務をこなしていく中で、白衣のポケットに入れていた携帯電話が震えた。

誰かからの着信だ。

コーヒーが入ったコップをデスクに置き、携帯電話の通話ボタンを押し耳に当てる。

 

理緒「はい、もしもし」

 

リョウ『理緒、わしじゃ。リョウや』

 

理緒「え、リョウさん!?どうしたんですか?」

 

リョウ『頼みがあってのう。実は今シェオルで…』

 

電話の相手はリョウ。

アレク達との一悶着の後に連絡を取っていたのは、フサキノ研究所にいる理緒だった。

 

シェオルの街を混沌に陥れている状況と、アイリが元凶であるカイを止めに行ったことを説明し、最重要となる要件を伝える。

 

理緒「大変な状況じゃないですか!?」

 

リョウ『そこで頼みがあるんよ。万が一何かあった時の場合を考えてアイリを強化させるための装備を作らせるよう頼んでおいたと思うんやけど、完成しちょる?』

 

理緒「ナノシャインのことですか?理論上では実装可能ではありますが、テストは一切行っていないですよ。実戦投与するにはまだ早いかと…」

 

リョウ『緊急なんや、今すぐ頼む。全責任はわしが取るけぇ。アイリのためなんや、頼む…』

 

理緒「…分かりました。余程の緊急事態ですし、了承します。すぐに送りますので任せてください」

 

リョウ『恩に切る。んじゃ、頼んだで』

 

電話越しからでも、アイリを想っている誠意が伝わってきたため、理緒は提案を飲むことにした。

通話を終了し、ナノシャイン起動のためにパソコンへと向き合い、慣れた手付きでキーボードを高速で打ち込んでいく。

 

「理緒さん、まさかナノシャインを!?」

 

理緒「はい、起動させます」

 

「しかし、実戦で使用するには未だ不確定要素が多いです!」

 

理緒「細かな微調整は私がリアルタイムで行いサポートします。シェオルの街のためでもありますが、知人が危険な場面に直面しようとしているのを指を咥えて見てるだけなんてできませんから。私は皆さんのように戦う力は要してませんけど、違うやり方で助力することは可能ですから」

 

第一時空防衛役員の中で、唯一非戦闘員である理緒は毎回任務に向かう結愛達を歯がゆい想いで見送っている。

 

自分にも戦う力があれば、みんなをサポートすることができる。

最前線で敵の状況を分析し、適切な対処方法を味方に伝達することも可能となる。

何度も、何度も、幾度となく思っていた。

自身も戦力として加わることができないことが悔やまれた。

 

だが力はなくとも、長年培ってきた知恵がある。

寝る間も惜しんで、血反吐が出るほど努力を重ね、ありとあらゆる分野の知識を頭に叩き込み、時空防衛局に就くことができた。

並外れた高いIQを武器に、様々な戦果を残し、入局して半年で第一時空防衛役員の一人として選出されることになった。

 

戦う力はなく、直接的な補佐は叶わないが、戦いの裏側だからこそできる戦い方がある。

これは理緒だからこそ務められることで、代わりなどいない。

理緒が戦場の状況把握や敵の位置情報や数の特定、あらゆるデータの分析、ハッキング等の多彩な作業を行える、第一時空防衛役員の要なのだ。

 

「ナノシャイン、装備補充、点検確認完了!いけます!」

 

理緒「分かりました。ナノシャイン、射出!」

 

最終確認を終え、理緒は機械のいくつかのボタンの内の赤色のボタンを押す。

 

研究所の外部にある壁の一部が開放され、円錐状の物体、ナノシャインが射出された。

自動飛行する途中、前方に魔法陣が出現した。

遮蔽物だと認識することなく飛行し、魔法陣を通過するとナノシャインはその場から完全に姿を消した。

 

理緒「アイリさん、ご武運を」

 

 

〜〜〜〜〜

 

 

アイリ「ん?何か来る?」

 

何かの力を察知したアイリは前方に目を向けると、魔法陣が出現し、ナノシャインが姿を現しアイリに向かって直進していく。

 

向かってくる途中にナノシャインは一瞬黄色に輝くと空中で分解されたままアイリの元へと飛行していく。

分解された部品はアイリの手、腕、腰、太腿、足、胸部に装着されていき、最後にモノクル型電子機器が顔に装備された。

 

アイリ「すっごーい!アイ○ンマンみたいなオーバーテクノロジーだね!このスカウターもドラ○ンボールみたいでいいね!」

 

シャティエル「ナノシャインはあらゆる攻撃を弱体化させる防御の役割があることに加え、私と同様の武器を使用することも可能です。私の銃系統は無尽蔵に使用可能なのですが、ナノシャインは未完成なためエネルギーが枯渇すると使用不可能になるためその点はご注意ください」

 

アイリ「シャティの武器も使えるんだ!これはワクワクもんだぁ!」

 

シャティエル「悪魔と戦うことを想定し作成されているため、特に闇に対しての耐久力は高いので今回の戦闘には有利に立てる筈です。この闇の空間内でも闇の影響を受けずに済みます」

 

アイリ「確かに不快感はいつの間にか消えてる。これならいけそう!ありがとうシャティ!今度りったんにもお礼言っとかないと!」

 

シャティエル「私も同行したいところですが、アイリさんは一人で行かれるんですよね?」

 

アイリ「うん。今回は、あたし一人で行かせてほしい。記憶はないけど…カイ君は、あたしにとって繋がりが深くて、互いに大切だと思っている存在だから。何でこんなことをしているか、確かめたいし、止めてあげたいから。もしかしたら、会ったら何か思い出すかもしれないから」

 

幼少期の頃の記憶はリョウの力により消失してしまった。

だが危機的状況に陥った際に、蘇ってきた母親であるリサの声が今でも頭から離れず残り続けている。

決して蘇る筈のなかった記憶だが、何かの契機があれば思い出すかもしれない。

 

カイの悪行を止めるのも勿論だが、それ以前に、自分とカイとの間に何があったのか、何よりそれが知りたかった。

 

アイリ「じゃあ、あたし行ってくる!」

 

シャティエル「はい。アイリさん、必ず無事に帰ってきてください」

 

アイリ「シャティとりったんの力も借りたし、だいじょぶじょぶだよ!それじゃ、行ってきます!」

 

シャティエル「はい、行ってらっしゃい」

 

お互い笑顔で言葉を交わし、アイリは翼を広げ飛び立ち、宮殿の奥へと進んでいった。

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