亜空間にて、異なる三つの種族の戦いが繰り広げられようとしていた。
天使、悪魔、魔族。
住まう世界が異なり交わることのない者達が技と技をぶつけ合っている。
とは言っても、三人が互いに争い合っているわけではなく、天使と魔族は共闘しているという異色の組み合わせ。
種族の壁など気にもしていない天使アイリと魔族であり魔王のアルシエルは、天使に取り憑いている悪魔ベルゼブブと相見えている。
アルシエル「先ずは貴様をその身から引き摺り出す」
ベルゼブブ「やってみろよ魔王様。 いや、『終焉魔王』」
アルシエル「挑発したことを後悔しろ」
アルシエルは腕を前に出し、手に魔力を集めていく。
手に集められた魔力が禍々しく紫色の光を放っている。
天使の体諸共この世から消し去るのではないかと危惧したが、杞憂に終わる。
ベルゼブブ「な、何だ!?」
見えない何かに引っ張られるようにベルゼブブは天使の体から引き剥がされていく。
粘着性のある物を引き剥がされるような、巨大な何かに吸引されているかのような奇妙な感覚に捕らわれ、抵抗も虚しくベルゼブブは天使の体から引き摺り出された。
ベルゼブブの憑依から解かれた天使は意識が乗っ取られていたせいか、目覚めることなく地面へ倒れた。
ベルゼブブ「嘘だろ…エクソシストさえ憑依したこの俺を引き摺り出すまで数時間と掛かるってのに、一瞬で……!」
アルシエル「我の能力を認知していないのか? ならば冥土の土産に教えてやろう。 我の能力の名は『ドレイン』。 力だろうが物であろうが、吸収し尽くす。 能力の対象となるのは、我の視界に入ったものすべてだ」
アイリ「うわあ…かなりチート」
ベルゼブブ「能力には恵まれてるみてえだが、実力じゃそうはいかないぜ!」
四枚の翅を広げ、凄まじい速度で肉薄する。
振るわれる拳は鉄板を何枚も突き破る勢いと威力。
アルシエルは平然とした態度で振りかぶり放たれた拳を真っ正面から片手のみで受け止める。
ベルゼブブは捕まれた拳を振り解こうと力を込めるが、杭に打たれたのかと錯覚する程に微動だにしなかった。
アルシエル「浅慮な輩だな。 我に接近戦を行おうとするとは…哀れの極みだ。 『エナジードレイン』」
ベルゼブブ「くそ! 動かねえ…! 離しやが…ぐ、がああ!?」
禍々しく輝きを放つ紫色の光がベルゼブブからアルシエルの腕へと流れ込んでいく。
アルシエルはドレインを使用し、ベルゼブブの魔力を吸い上げ始めた。
不敵に笑みを浮かべるアルシエルとは反対に、ベルゼブブは徐々に力が抜けていくことに焦燥感が募っていく。
立つことすら困難となり、数秒と経たない内に膝を地に着けてしまった。
ベルゼブブ「ぐあ……この、俺が、サタンフォーの、一人の俺が…!」
アルシエル「サタンフォーだから何だと言うんだ? 如何なる存在であろうと、力尽くで我に跪かせる」
魔王としての力、恐らく片鱗なのだろうが、それだけでもアイリは心の奥底から震え上がった。
蝙蝠や蚊等の吸血する生物には当然ながら血を蓄える限界がある。
だがこの魔王からは限界という臨界点が無いと直感で分かる、分かってしまう。
今の状態を維持していれば、数分と経たない内にベルゼブブは魔力を吸い尽くされ脱け殻と化すだろう。
もしあの技が自分に向けられたと思うと、背筋が凍り付く。
ベルゼブブ「くそが…調子に、乗るな!」
余力を振り絞り、紫色の円盤状のエネルギー弾、『ソウルティアー』を連発した。
至近距離からエネルギー弾に直撃したアルシエルは拳を掴んでいた手を離し後退してしまう隙を逃さず、ベルゼブブは翅を広げ大きく後方へ飛び下がった。
アイリ「逃がさない! 『サンダーボルトアロー』!」
電気を帯びた矢を放つも、二度も同じ技は通用しないと嘲笑うかのように身を翻し全て回避されてしまった。
抗拒から逃れ、翅を細かく動かし浮遊するベルゼブブは息切れしており、戦闘直後とは思えない状態となっている。
未だ心意が掴めていないルシファーの反逆により負傷していたというのもあるが、アルシエルの能力が如何に強力なのかが痛感できる。
ベルゼブブ「流石にヤバかったな。 さて、どうしたものか…」
ベルゼブブの主な攻撃方法は拳による殴打だ。
防御すら容易く粉砕する圧倒的な打撃で攻め落とす戦法を得意とするベルゼブブにとって、アルシエルの能力は相性が悪すぎる。
接近しようものなら、拳を乱打する前に先程のように止められ再度魔力を吸収されてしまうだろう。
視界に入らないよう背後に回る、瞬時に懐に入り攻撃を仕掛ける等といった方法もあるが、現在の体力ではそのような機動力は出せない。
勝利を掴むには程遠い現状を打破するのは難しいと判断したベルゼブブは渋々といった様子で戦略的撤退を図ろうとした。
何かを察したアイリが矢を準備するよりも早く、異世界へ移動するためのワームホールが開かれた。
アイリ「ダメ、間に合わない!」
アルシエル「いや、奴が出したものではない」
アルシエルが言うように、ベルゼブブが困惑した表情を浮かべているので、彼が出したものではない。
では一体何処の誰が危険地帯である亜空間に現れたのか、答えは直ぐに分かった。
?「楽しそうにしているわね」
金髪を靡かせ、妖艶な雰囲気を醸し出すサタンフォーの一人、リリス。
偶然現れたにしては出来すぎているので、ベルゼブブがこの場所に居ると認知して現れたのだろう。
新たな敵の増援に身構えるアイリとアルシエルを他所に、リリスはベルゼブブと対談し始める。
ベルゼブブ「ルシファーから逃げ切ってたのか。 丁度良い、あの天使と『終焉魔王』を倒すのを手伝え」
リリス「私はお前の助力をしに態々こんな辺鄙な場所に赴いたんじゃないわ。 ただ、試したいことがあるだけ」
訳が分からず疑問符を浮かべたのも束の間で、首筋に痛みが走った。
視線を下に移すと、リリスが伸ばした触手が首に突き刺さっていた。
急激に己の中にある体液が吸い取られていき、生命の危機を感じ抵抗しようと力を込めるが、先程の『エナジードレイン』のせいでそのような余力など残されていない。
ベルゼブブ「て…てめえ、何の、つもりだ……!」
リリス「言ったでしょ? 試したいことがあるの。 そのためにあなたには犠牲になってもらう。 極力強い力を持つ者の方が効果がありそうだったから、あなたを狙ったの。 何のつもりかは知らないけれど、ルシファーの反乱のお陰で弱りきったあなたに狙いを定められたから、感謝しかないわ」
ベルゼブブ「く、そ…くそが…許さねえ…からな………いつか、必ず…!」
リリス「死に行くあなたが何をほざこうが無意味よ。 でも、あなたの力だけは無駄にはならないから、感謝しなさい。 じゃあ、さようなら」
無抵抗のままベルゼブブは薄れ行く意識の中で、憤怒と憎悪が混ざった瞳で、不敵に微笑む彼女の醜悪な顔を睨む。
その行動を最後に、ベルゼブブの意識は途切れた。
数秒も経たない内に、ベルゼブブの体液は全て抜き取られてしまった。
干からび抜け殻と化した体は灰となり、亜空間の遥か彼方へと溶け込むように消えた。
サタンフォーの一人の呆気ない最期にアイリは釈然としないままリリスに向けて矢を射る。
アイリ「何で殺しちゃったの? 仲間だったんじゃないの!?」
リリス「仲間? そのような絆で結ばれたような暑苦しい存在じゃないわ。 敵でないってだけよ」
リリスの獰悪な行動に堪忍袋の緒が切れたアイリは翼を広げ飛翔し、続け様に矢を射る。
リリス「何故怒りを露にしているのかしら? ベルゼブブは現実世界を征服、占領しようとした極悪人よ。 死んだのなら、あなたにとっては得だと思うのだけど」
アイリ「あたしが怒っているのは、簡単に命を奪うことだ! 同じ組織に属しているなら、それはもう仲間って言うんだよ! いとも簡単に仲間の命を刈り取るあなたは絶対に許さない!」
リリス「無辜な私を糾弾されても困惑しかないわ。 それに何より煩く目障りだわ」
人間という低俗な種族だった、十何年しか生きていない少女に物を言われ癪に触ったのか、4本の触手を伸ばし、『テンタクルレイ』を放つ。
宙を交差するように走る四筋の光線を敏捷な身のこなしで回避し、時に受け流しながら射てる限り矢を射る。
リリスは縦横無尽に亜空間の空を駆け、光の矢を嘲笑うかのように回避し続けている。
リリス「前に会った時よりかは、楽しめるみたいね」
アイリ「あんたが知らない間にこっちは色々あったんだから! 卑劣な行いをするあんたなんかには絶対に負けない!」
強力な一撃を叩き込むため、アイリは『レインアロー』を放った。
隕石の如く降り注ぐ矢から逃れるのかと思ったが、リリスは触手を巧みに操り矢を弾いていた。
光の力によるせいか、触手からは闇の力を浄化される際に出る煙が少なからず出ていたが、瑣末な問題としか思っていないのか、特に気にしてはいないようだった。
服を何度か掠めながらも、数多の矢を防ぎきり剣を片手にアイリへと肉薄する。
アイリもガーンデーヴァを両手で持ちリリスの剣を受け止め接近戦へと持ち込む。
甲高い金属音が鳴り響き、火花が散る。
何十回と及ぶ剣の攻防が続いていたが、リリスが突然後方へと飛び退いた。
何故なのかと思案しようとしたアイリの目の前に燃え滾る炎が通り過ぎた。
何寸か差異があれば直撃するギリギリの距離に顔面蒼白しながら下を見ると、小型拳銃を手にし砲口をリリスに向けたアルシエルがいた。
魔王が持つには相応しくない現代的な武器だったが、凄まじい魔力を感じたアイリはただの拳銃ではないと直感で理解できた。
紫色のラインが迸るデザインの全体が黒色の小型拳銃。
紫色のラインには宝石を加工し施された物で、魔力を特に醸し出していたが、銃そのものが特殊な材料により生成されているせいか、全体から魔力を嫌でも感じ取れる。
アルシエル「…闖入してきた分際で、差し出口するな。 我が魔銃『パントクラトール』の餌食にされたいか?」
リリス「相変わらず随分と品の無い物騒な物を持っているわね」
アルシエル「初対面の割には口の利き方がなっていない…流石、野蛮な低俗といったところだ。 …我を侮辱するとは…死に値する」
リリス「初対面…ええ、今は確かにそうだったわね」
リリスが呟いた言葉は引き金を引き銃弾が放たれた銃声により掻き消された。
狂騒を起こす程ではなかったが、アルシエルは額に青筋を浮かべており、リリスの地面に這いつくばる姿を見るために引き金を引く。
リリスは銃弾を触手で防ごうとしたが、直撃を受けた。
防御に徹していた触手は千切れ飛び、止まることを知らない魔力により強化された銃弾は直線上に進みリリスの体を貫通した。
豆粒程の鉛球だが、その一発は大型戦車の一発を超越する威力はあるのではなかろうか。
防御は叶わないと判断したリリスは回避に移り、距離を保ちながら薄紫色の結晶の間を縫うように飛行する。
後を追うためアルシエルも浮遊し、銃弾を射つと同時に灼熱の炎を放つ。
結晶が銃弾と炎に直撃を受け礫と成り果てていくが、リリスは俊敏な動きで回避していき反撃に『テンタクルレイ』を放ってはいるが、アルシエルは全て片手だけで防御しており効果は薄いと言った戦況。
リリス「流石、『終焉魔王』の二つ名は伊達ではないわね。 だったら…」
『テンタクルレイ』を放ちつつ砕け散った結晶を掻い潜り肉薄する。
接近すればドレインの餌食になるのは目に見えて分かる筈だが、何か策があるのであろう。
それを理解していながら、アルシエルは退かず接近戦
へ移るため構えた。
リリス「『デスペラードクラッシャー』!」
アルシエル「ほう……」
アルシエルの眉が僅かに動いた。
紫色の波動を纏った拳がアルシエルの腕を弾き、胴体に直撃した。
鈍い音が聞こえると同時にアルシエルは真下へ落下するも、気力で体勢を立て直し再び身構えるも、同じように波動を纏った触手が追い討ちと言わんばかりに襲い掛かった。
一度銃を収め両腕を交差し触手を受け止めるも、威力を殺しきれず地面へと激突した。
アイリ「アルさん! まさか、吸収したことでベルゼブブの技を…」
リリス「思考する時間があるなんて、余裕ね」
狙いをアイリに変えたリリスは触手を伸ばす。
『シャインアウト』で触手を弾き飛ばし、『トリックアロー』を連射しながら接近する。
距離を取れば触手による攻撃に捕らわれるのならば、接近戦の方がまだ有利だと思考したが、ベルゼブブの技を発動可能となっているようで、下手をすれば力押しで負けてしまうかもしれない。
アイリ「四の五の言ってられない! 『アロービーム』!」
連射した『トリックアロー』の矢先から光線が放たれる。
四方八方から放たれる光の光線にリリスは回避に専念するも、ガーンデーヴァを精一杯の力で投擲したアイリの予想外の攻撃により完全に行動を崩された。
自身の戦闘の要となる武器を捨てる攻撃手段を取ってくるとは流石に想像出来ず、反射的に剣で防ぐが、その隙に光線が体に直撃した。
一発が直撃すると次の一撃、それが終われば次と、何発も立て続けに光の力を浴びた。
アイリ「もう一発いくよー!」
両手に光の矢を召喚し、リリスに向けて矢先を向けて飛翔する。
リリス「調子に乗るな小娘!」
『デスペラードクラッシャー』で力任せに光線を弾き飛ばし接近してくるアイリに向けて『ソウルティアー』を飛ばす。
アイリは受け止めるつもりで身構えるも、放たれたエネルギー弾は突如進行方向を変え、結晶の上に立つアルシエルの方へと向かっていった。
ドレインの能力を使用し、エネルギー弾を自分のいる場所に吸い寄せ誘導させたのだ。
アルシエル「…我が直々に囮となったのだ。 一撃を決めなければ…貴様を眷属にする」
アイリ「ありがとうアルさん!」
アルシエルに礼を告げたアイリは恐れることなく突貫する。
立ち塞がる脅威が減少したアイリはリリスの懐を目掛け両手に持つ光の矢を突き出す。
光の力により痛々しく傷が残る触手が壁の役割を果たそうと動き始めるも、真下から放たれた拡散する広範囲の電撃により動きを封じられた。
放った人物は勿論アルシエルで、片手で『ソウルティアー』を受け止め、片方の手にある愛用の銃から電撃を放っていた。
続け様に邪魔が入り、怒りを体現するかのように大きく振りかぶり剣を振るう。
振り下ろす直前、何者かにより剣を抑えられた。
上を向くと、振り下ろすことが出来ないよう剣を抑えていた、先程アイリが投擲したガーンデーヴァがそこにあった。
持ち主であるアイリを助力するために独りでに動いた、訳ではなく、アイリが念じるだけで操作可能となっている。
アイリ「いっけええええええええ!!」
空気を揺るがす雄叫びを上げ、力を込めた矢の突きがリリスの体に突き刺さる。
アイリ「これで終わり! 『アローエクスプロージョン』!」
矢から手を離し素早く離脱し、技名を叫ぶ。
瞬間、抵抗出来ぬままリリスは光の爆発に呑まれた。