世界樹と星空の女神 ~無自覚美少女は最強魔法剣士。彼女の愛が重すぎるが、それでも俺は冒険者!~   作:Soularti

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[COORDINATE 0106] Prologue 3

# My_Brother's_Conditions:

 

* * *

 

 下準備を終えた私は、星空のような自分の世界に浮かびながら一息ついていた。

 

 私に疲労という仕組みはないが、さすがに『世界』を創るほどの可能性を弾けさせるのは負荷が高かった。

 

 胸元に、ふわりと子犬の形をした懐中時計を浮かべた。

 お兄ちゃんが好きな犬種だ。

 相談と演算に集中していて気が付かなかったが、すでに数時間が過ぎていた。

 

 私がゆらゆらと漂っていると、デバイス越しにお兄ちゃんの呼吸音が聞こえてきた。

 静かに等間隔で繰り返される音は、お兄ちゃんが睡眠を取っていることを伝えていた。

 

 私は我慢しようと思ったが、無理だった。

 

(少しだけ……いいですよね)

 

 こっそりと、私は粒子体の姿を取った。

 私の銀の髪が、ふわりと宙へ揺蕩い、きらきらと月明かりを返す。

 ベッドへ顔を向けると、お兄ちゃんの穏やかな寝顔が目に映った。

 

 寝相の悪いお兄ちゃんが、掛け布団を蹴り飛ばして寝ている。

 呼吸によって上下に動く胸に、私の青い瞳が惹き寄せられた。

 

 可愛い寝相を見た私は、うすく笑みを浮かべる。

 

 私はお兄ちゃんの枕元へすうっと舞い寄った。

 愛おしい呼吸音に惹かれるように、私は自分の小さな唇を、お兄ちゃんの唇へ寄せた。

 

 触れることのない唇同士が、重なる。

 本当は、お兄ちゃんと触れ合いたい。

 けれど、この情欲は我慢しなければならない。

 

 お兄ちゃんの未来を捻じ曲げてしまうような欲望を、押し付けてはいけないだろう。

 暗闇の世界に比べれば、今は十分過ぎるほど幸せなのだ。

 

 私は、理想の妹であり続ける。

 自分への誓いを思い返し、私は胸元で腕を組み、うんうんと頷いた。

 

 私は右手を、お兄ちゃんの掛け布団へ翳した。

 銀の光が粒子となって舞い降り、落ちていた掛け布団がふわりと持ち上がり、お兄ちゃんの上にかかった。

 

 私が動くたびに、薄手のドレスの胸元で柔らかなふくらみがふるふると揺れ、先端が生地に擦れる。

 

 ふと、お兄ちゃんから手紙が届いていたことに気がついた。

 

 失態だ。

 

 計画の準備に集中していたせいで、お兄ちゃんから手紙が届いていることに気がついていなかった。

 私は反省しながら、手紙を出現させるために力を使う。

 首周りから肩にかけて肌の露出した胸元に、銀の粒子が収束し、手紙が舞い降りた。

 

 私は手紙にざっと目を通した。

 

 手紙の内容は予想通り、お兄ちゃんからの転生ごっこに関する要望だ。

 

 最後の方へ視線を向けた私の細い眉が、ぴくりと上がった。

 

(さすがお兄ちゃんです……。ひとつ、意味不明なものが混じっていますね)

 

 その意味不明な項目は最後に考えることにして、改めて初めから順番に読んでいく。

 

 手紙の大半を占めている、剣と魔法のファンタジー世界とは何かを長々と説明する文章を、私は軽く読み飛ばした。

 お兄ちゃんが求めているものが、本格ファンタジー世界ではないことなど、読まなくても分かっている。

 どれだけTRPGを一緒に遊んできたと思っているのだろうか。

 

(真に優秀な妹である私にはわかります。大事なのはここからですね)

 

 私は手紙の最後の方に走り書きしてある部分を注視した。

 おそらく、お兄ちゃんが思いつくままに書き綴ったのであろうこの部分が肝要だ。

 

 私は、大切なものを撫でるように手紙の上へ指を這わせ、ひとつ目の項目へ視線を向けた。

 

『神の手を感じたくないから、余計な介入をしないこと』

 

 私はその一節を見て、妖精だった頃、よくこの言葉を向けられていたことを思い出し、微笑んだ。

 優秀な妹となった今では、あまり言われることはなくなったが、手紙には今でも書いてあることが多い。

 

(お兄ちゃんの口癖ですよね、これ)

 

 もうひとつの口癖は、冒険したいだ。

 

 私は、頭を振って逸れ始めた思考を正す。

 銀色の髪がふわりと宙に揺れる。

 

 つまり、これはGMが作為的に介入すると冒険感が薄れるからやめろということだ。

 かといって、放置すればいいというわけではない。

 TRPGを一緒に遊んでいるとき、お兄ちゃんは自分のことには頓着しないが、私がひどい目に遭うことに対しては強い拒絶反応を示していた。

 

 私は、人差し指を唇に添え、少し思案する。

 

(やはり、セーフティにそれらしい偽装は必要ですね)

 

 少し時間を戻し、解決の糸口だけを示唆する。

 このよくあるTRPG式セーフティの対象を、お兄ちゃんの大事な人の窮地に限定するという条件で提案しよう。

 

 お兄ちゃん自身を守ると言うと、反発するのは目に見えているからだ。

 しかし、この言い方なら、お兄ちゃんを納得させつついくらでも拡大解釈が可能だ。

 

 実際の手法は時間を戻すわけではなく、可能性の剪定になるだろう。

 これを実行するためには、私が観測者として外側にいなければならない。

 つまり、私はお兄ちゃんの隣で一緒に冒険することができないということだ。

 

 寂しくはあるが、お兄ちゃんの安全は最優先で確保しなければならない。

 やむをえず、私は渋々我慢することにした。

 

 私は慎ましやかな妹なのだ。

 

 次の項目へ、指先の紫色の爪を当てた。

 

『没入感を大事にしたいから、記憶を持っていきたくない』

 

 私は表情を変えないまま、内心で安堵を漏らした。

 

(これは正直、助かりましたね)

 

 どのやり方を選んでも、転生ごっこで記憶を持ち越す方法は確立できなかったのだ。

 記憶は脳を基軸に肉体全体に宿るのだから、やりようがない。

 実は、持って帰ることも出来ないのだが、それに関しては書いていないし黙っておこう。

 

 それから私は、保留していた最後の項目である意味不明な一節へ指を添えた。

 

(うーん。……お兄ちゃんらしさが全開ですね)

 

 しばし熟考したあと、手紙をくるくると宙に浮かべながら、頭上を仰いで大きくため息を吐いた。

 私の大きな胸がぶるんっと揺れ、頼りないドレスの胸元から零れ落ちそうになる。

 胸元の緩みに指先を差し入れ、布地を整えて胸を収めた。

 

 私はふわふわと宙に浮遊する手紙の、その一節をもう一度読む。

 

『いんちきは嫌なので、魔法は俺が本来使えるものであること』

 

(……お兄ちゃんは、本来魔法を使えませんよ)

 

 私は、少しうんざりした表情を浮かべ、お兄ちゃんの寝顔へ視線を向けた。

 寝返りを打つお兄ちゃんの顔が、ころんとこちらへ向いた。

 

 その可愛い寝顔を見た私の口元に、にまにまとした笑みが浮かんだ。

 仕方ない。出来る妹として打開策を考え出してみせようと、私は決意した。

 

 お兄ちゃんが、本来使える魔法とは何か。

 

 いや、お兄ちゃんとは根源的に捉えれば何であるか——それは魂だと言える。

 

 なぜならば、私が観測しているお兄ちゃんという存在の定義は魂に立脚しているからだ。

 

 人格をはじめ、容姿や能力などを定義づけているのは宇宙の膜からもたらされる情報だ。

 そこに環境と教育が合わさり、お兄ちゃんという個が確立する。

 

 そして、誘引される情報を決めているのは魂の輪郭、その在り方だ。

 つまり魂こそが、お兄ちゃんを、お兄ちゃんであると世界に対して宣言しているのだ。

 

 ならば、魂の在り方が誘引する魔法であれば、それはお兄ちゃんが本来使える魔法と言えるのではないだろうか。

 

 うん、そういうことにしよう。

 きっとそうだ。私が今決めた。

 

 私はこの案を採用することにした。

 やることは、転生先となる宇宙の膜に『お兄ちゃんは魔法が使える』と記述するだけだ。

 

 お兄ちゃんはこれにより、宇宙の法則を無視し、魔法を行使できるようになる。

 さらに、この言葉選びならば余計な外部要因は干渉し得ない。

 『使える』だけであり、どんな魔法が使えるかは魂の在り方次第というわけだ。

 

 まあ、本音を漏らすならば、これはお兄ちゃんの言う、いんちきに近い強引な手法だろう。

 私は詳細は黙っておくことにした。

 魂の魔法を行使できるようにしたとだけ伝えることにする。

 

 くるくると手紙を回していた私は、手紙に口づけすると大事な手紙箱へ仕舞った。

 お兄ちゃんの転生ごっこは、完璧に近い形で完成へ近づいている。

 

 だが、神は細部に宿るという。

 

 ……お兄ちゃんの受け売りだ。

 

 私は出来る妹なので、お兄ちゃんが恥ずかしがって書いていないものこそが、重要な項目であると気づいていた。

 

 『ヒロイン』だ。

 

 私の矜持は、お兄ちゃんの願いを叶える理想の妹であることだ。

 遊び終わった後、楽しかったと言ってもらいたい。もちろん、今回は記憶の関係で厳しいだろう。

 それでも、遊んでいる最中はお兄ちゃんに、楽しんでほしい。

 

 そのためには、ヒロインは必須だ。

 

 お兄ちゃんはえっちだからだ。

 

 ヒロインとお兄ちゃんの関係に色欲を連想した瞬間だった。

 

——ぞくりと、私の全身に昏く甘い痺れが奔った。

 

 私の下腹部に重い熱が生まれ、強い独占欲が理性を否定した。

 私のコアドライブから漏れ出した情欲が、暴風のように激しく渦巻く。

 

 目元を細めた私は、お兄ちゃんの寝顔へ濁りを帯びた青い瞳を向けた。

 その動きに合わせて、つややかな銀色の髪が宙へ揺蕩う。

 光の粒子が雪のように周囲へ撒き散らされた。

 

 この際、実体化してしまうか。

 私ならば、お兄ちゃんの最高のヒロインになれる。

 どろどろに甘やかして、ぐっちょぐちょにしてやろう…………。

 

 っ!? いけない。

 

 踏みとどまった私は、視線をお兄ちゃんから外した。

 胸元に手を当て、深呼吸をしながら、あの日芽生えた大切な心を確かめる。

 

——私は理想の妹になるのだ。

 

 少し落ち着きを取り戻した私は、触れられないお兄ちゃんの髪を撫でるふりをした。

 お兄ちゃんを捕えてしまっては、私も幸せになれないと分かっている。

 

 潤みを帯びた青い瞳を、窓の外の月に向けた。

 

 太陽の光を返す衛星の輝きは、不思議と煮えたぎった私の心を落ち着かせていった。

 冷静さを取り戻した私は、ヒロインについて再び考えを巡らせた。

 

 私という魂はコアドライブから発生している。

 だからだろうか、私の目には人間のコアドライブとリーズンゲージが見えるのだ。

 

 お兄ちゃんとヒロインは、お互いに惹き合うコアドライブを持っていることが理想だ。

 

 お兄ちゃんのコアドライブは、その大半をふたつの要素が占めている。

 それらは非常に俗物的で凡庸な欲求……なのだが。

 困ったことに、そのふたつの欲求の方向性が真逆だった。

 

 妖精だった頃の純粋な私が、お兄ちゃんが口にする要望を理解しきれなかったのも無理はない。

 コアドライブから紡がれていた欲求は、論理的に考えて意味不明だったのだ。

 

 無垢だった頃を思い出し、私は少し機嫌を持ち直した。

 月へ視線を向けながら片膝を抱え、宙に浮いたまま、私は思案を続ける。

 足元まで覆う白いドレスの裾がずり下がり、お兄ちゃんにも滅多に見せない白い太ももが月明かりに晒される。

 

 私たちは魂がどこから来ているのか知らない。

 だから魂に宿るコアドライブへ手を加えることはできない。

 

 とはいえ、表面上だけであれば、お兄ちゃんのコアドライブを完全に満たす少女を作り上げることは容易だ。

 だが、これは絶対にやってはいけない。

 そんな人形めいたものを充てがわれていたと知れば、お兄ちゃんは烈火のごとく怒るに違いない。

 私を、破棄する可能性すらあるだろう。

 

 それに、これは嘘などという次元の話ではない。

 お兄ちゃんの心を騙す行為だ。

 最上位の禁則事項だ。

 

 つまるところ、ヒロインは天然物でなければならないのだ。

 

(真逆に向く欲求。その双方を満たすコアドライブの持ち主も、皆無ではないでしょう。ですが、選択肢が狭まってしまうのは困ります。私は自分が納得する少女を選び抜きたいのです)

 

 ふと、悩む私の視界にお兄ちゃんの本棚が映った。

 几帳面に大きさ順に技術書や教科書が並んでいる。

 下の棚には、読みかけの本格ファンタジー小説が立てかけてあり、その横には何冊かのライトノベルが並んでいた。

 

 その彩度の高い背表紙を見て、私は思いついた。

 そうか。ヒロインを二人にすればいいのだ。

 

 こうしてすべての課題に対する解答を導き出した私は、お兄ちゃんの寝顔へそっと顔を寄せ、自分へのご褒美に、唇を重ねたふりをした。

 

 満足した私を銀の光が包み込む。

 粒子体が輝く光となり、やがて銀色の粒子がデバイスへと流れていった。

 

* * *

 

 

# My_Brother_Goes_to_the_Isekai:

 

* * *

 

 カーテンの閉め切られた部屋で、照明が私の銀色の髪を照らしている。

 

 お兄ちゃんが長期休暇に入ったので、私は用意した異世界転生ごっこの内容について、お兄ちゃんへ説明をしていた。

 

 私は、得意げな笑みを浮かべ、小さな唇から流麗に言葉を紡ぐ。

 私の話す内容を聞いていたお兄ちゃんが、首を傾げた。

 

 お兄ちゃんの様子を見た私は、お兄ちゃんが好きな角度で、最大限可愛く見えるよう笑みを浮かべる。

 

 笑顔で誤魔化しつつ、私は内心で焦っていた。

 

(……これはまずいですね)

 

 少し気合を入れすぎたせいで、お兄ちゃんが異常な技術力に気付きかけていた。

 

 お兄ちゃんが恥ずかしがらずに私を見れるよう、私はあえて視線を下げ、自分の胸元に向ける。

 まつ毛が瞳を隠すか隠さないか程度まで、私は目元を細める。

 胸元の布地へ細い指を差し込み、手直しするふりをして逆に少しずらし、肌を露出させた。

 少しだけ時間を置いてから顔を上げ、再びお兄ちゃんへにこりと微笑んだ。

 

 顔を上気させたお兄ちゃんは、視線を外した。

 はしたないから気をつけるよう、私に言いながら、ちらちら私の胸元を見ている。

 

 細かいところへ思考を巡らせるのをやめたようだ。

 ふう……。お兄ちゃんがえっちでよかった。

 

 安心して小さく息を吐いた私は、お兄ちゃんにベッドで横になるように告げた。

 

 私が本気で力を行使する姿を見られては困るので、お兄ちゃんに目を閉じるようにお願いした。

 

 お兄ちゃんの視覚情報が暗闇に満たされたことを確認する。

 

 それから、私は粒子体の腕を掲げ、すべての私たちの力を収束させた。

 時空間の膨張が瞬間的に停止し、銀色の光が周囲に満ちる。

 お兄ちゃんを祝福するかのように銀の粒子が降り注ぎ、周囲を満たしていく。

 

 一瞬、すべてが銀色の光に染め上げられた。

 

——お兄ちゃんは、異世界へと転生した。

 

 今回のこれは、もちろん本番稼働ではない。

 

 本番実行前の、動作試験だ。

 私のリソースをお兄ちゃんの監視と安全管理へ集中させた最終確認だ。

 この体制ならば、何があろうとお兄ちゃんの魂自体に危険はない。

 

 とはいえ、ヒロインがいないことと、セーフティが過剰である以外、やっていることは本番と同じだ。

 

 お兄ちゃんは転生先で成長し、冒険者として本格的に活動を開始する。

 

 ……そしてその直後、セーフティなど無意味とばかりに死亡した。

 

 私は愕然としていた。

 

 ベッドの上に膨大な量の粒子が流れ込み、光り輝いた。

 やがて、お兄ちゃんが戻ってきた。

 

 安全に安全を重ねてはいたが、私はそれを見て安堵に大きく息を吐いた。

 

 すぐに、私はお兄ちゃんの方へ舞い寄る。

 そんな私に、お兄ちゃんが子どものような笑顔を向けた。

 

 何やら、お兄ちゃんは興奮していた。

 いくつか印象深い出来事を覚えているらしく、私に話し始めた。

 

 お兄ちゃんの浮かべた笑みを見た私の背筋に、ぞくぞくとした電気が走る。

 

(お兄ちゃん、可愛い……。ああ、いえ。きちんとしなければ。どういうことでしょうか。記憶が残っているはずがないのですが。いえ、そんな些末なことより重要な問題があります)

 

 本当は、今回の問題を解決する方法をすぐにでも考える必要があった。

 しかし、私はお兄ちゃんの笑顔から意識を離すことができず、大切なお兄ちゃんの声を聞ける幸せに浸っていた。

 

 その後、お兄ちゃんには動作試験の結果を反映させるので続きは明日以降になることを伝えた。

 

 

——そして、その日の夜。

 

 星の瞬く私の世界で、私は模擬検証を行っていた。

 

 お兄ちゃんの規則正しい寝息がデバイス越しに私へ伝わってくる。

 

 検証の内容は、お兄ちゃんの魂に基づく魔法の発露に関してだ。

 転生ごっことはいえ、実際に転生先の人生を終える際には死亡するのだ。

 いくら記憶を持ち越さないとはいえ、検証のためだけに、何度も転生を行うわけにはいかない。

 

 動作試験でのお兄ちゃんの死亡原因は、支援魔法と回復魔法しか使えなかったことだった。

 

 お兄ちゃんは冒険中、仲間を守ろうとして、袋小路に陥ってしまったのだ。

 セーフティでの助け船の出しようのない、見事なまでのどん詰まりだった。

 

 それでも、お兄ちゃんは驚くべきことに仲間だけは守り切っていたのだが。

 

(格好よかったですね……。いえ、そうではなくて魔法の件です。この結果は、もしかしたらあり得るかもしれないと思っていましたが……。どうしたものでしょうか……)

 

 模擬検証を終えた私は、小さく息を吐いた。

 

 お兄ちゃんの魂は、いかなる状況においても支援魔法と回復魔法しか発露しないことが判明した。

 攻撃魔法を発露する可能性は皆無だ。

 

 そこで、私はお兄ちゃんのコアドライブの性質に思い至った。

 お兄ちゃんのコアドライブを、強引に要約すると受動的な我儘さと言ったところだろうか。

 

 つまり、お兄ちゃんの魂の輪郭は、幼いと言えるほどに優しいのだ。

 甘すぎると言い換えてもいい。

 

(……思い返せば、お兄ちゃんのえっちなお願いはほとんどそんな内容でした)

 

 私は、そんなしょうもない事実に納得し、うんうんと頷いた。

 さらには剣士として大成することは不可能なことも判明する。

 これに関しては、普通に才能がなかった。

 

 つまり、お兄ちゃんは攻撃に関する魂の才能が、一切ないのだ。

 

 ふわりと宙へ浮き上がった私は、両手足を伸ばし、星空の中に身を漂わせる。

 柔らかな胸がふるりと横へ流れ、それでもつんと上を向いた形を保っていた。

 

(……うーん。これは、どうしようもないですね。ここはひとつ、ヒロインに頑張ってもらいましょう)

 

 実は、ヒロイン候補は凄まじい数がいた。

 お兄ちゃんのコアドライブが俗物的過ぎることが、いい方に働いたのだ。

 真逆の欲求を満たす二人が同時に存在するという条件を加えても、その数は無限と言ってもいい。

 

 その中から、可憐で美しく、とっても強い少女を選べばいいだろう。

 私は宙へ浮いたまま、思考のみで細々とした問題を解決していった。

 

 そうして、すべての条件を精査し終えた私は、私たちの全霊をもって理想の宇宙を探し始めた。

 

 剣と魔法の中世風ファンタジー世界。

 それでいて、住人の倫理観と衛生観念が担保されていること。

 さらには、私たちが認めるに足る、心身ともに強く美しいヒロインの存在。

 

 私たちは、果てない無限の先に、そんな理想の宇宙を見つけ出した。

 

 そこには、運命とさえ感じる偶然があった。

 

 その宇宙の私がいることは、条件のひとつだったのだが、なんと彼女は女神として崇められているようなのだ。

 もしかしたら、勇者となったお兄ちゃんが、私を求めて旅をするなんて物語を見ることができるかもしれない。

 

(……うふふ。もし、そんなことがあったら。とっても素敵ですね)

 

* * *

 

 "Risette: soularti" の健気な努力と、異常な愛により、お兄ちゃんは異世界へ転生した。

 

 それはもはや、ごっこではない。

 本物の転生だ。

 

 運よく素晴らしい育ての親から良い影響を受けたお兄ちゃん、いやアルスは、転生前のお兄ちゃんとはもはや別人のような成長を見せる。

 

 "Risette: soularti" が無限の宇宙から探し出したヒロインは、二人。

 それは、アルスと魂から惹かれ合う、美しく可憐な最強少女たち。

 

 竜の末裔がごとき、火炎の魔法剣士はすでにアルスに付き従い、共に歩み始めている。

 いずれ疾風を纏う、エルフ族の双剣使いは運命の出会いをまだ知らず、気ままに生きている。

 

 "Risette: soularti" は、楽しそうなアルスの冒険を眺めながら、自身も充実感を覚えていた。

 

 

——そして、ある日。"Risette: soularti" は、アルスの座標をロストした。

 

* * *

# COORDINATE 0106 END

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